第3話 ギャルと焼きそば


「おじゃましまーす!」玄関のドアを開けると、ギャルが勢いよく言った。


 家は片親だ。離婚した父親は単身赴任で滅多に帰ってこない。

 簡単な説明は、家に帰ってくるまでに済ませておいた。


「適当に座ってくれ」リビングのドアを開けて俺はギャルに入るよう促した。


 「ありがとー!」と言ってギャルはソファの端にボフッ、と座った。


「飯作るから着替えてくるわ」


「えっ、野田っちが作るの!?」


「……俺以外に誰が?」


「あ、カップラーメンとか?」


「カップラーメンではないけど、簡単の作るよ」


 俺はリビングを出て自室に向かった。簡素な2LDKの中で、一番安らげる場所だ。ハーフパンツとTシャツに着替える。


「痩せてんねー野田っち」


「……なんでいる?」


 すっかりリラックスしていたせいで、俺はギャルの視線に気付きもしなかった。

 俺はリビングにギャルを引っ張って行くとソファに座らせ、自分はキッチンで手早く料理を始めた。


 冷蔵庫からキャベツを取り出し、ざく切りにする。肉は冷凍してあった豚バラを使う。軽くレンジで解凍し、フライパンでキャベツと炒める。

 それを一度取り出しておいて、今度は薄く油をひいたフライパンに焼きそばを三玉、裏表に軽く焦げ目がつくまで焼き付ける。こうしておけば、麺がべちゃべちゃにならない。香ばしく麺の焼ける匂いがした。


「おおお……」カウンターキッチン越しにギャルが目を輝かせて俺を見る。


 あまり視線は気にせずに、料理を続けた。

 焦げ目の付いた麺の上に戻した肉とキャベツが次第に麺と混ざり合った。

 今日は付属のソースを使う気にはならない。ウスターソースと、味の調整にオイスターソースを入れる。

 煙を立てる焼きそばの匂いが、キッチンに充満した。

 手早くダイニングテーブルに配膳する。箸はコンビニでもらった割り箸。麦茶とコップ二つ。


「マジか……」


 一口焼きそばを口に入れたギャルは、もぐもぐ。そして、目に涙を浮かべた。


「ま、まずかったか?」


「いやマジでうまい……」


「何の変哲もないただの焼きそばだぞ」


「いやいや、天才っしょ野田っち」


 二口、三口と、焼きそばを食べては涙をぬぐうギャル。それと食事を共にしている俺。謎のシチュエーションだ。


「野田っち去年何組だった?」


 麦茶を一口飲むギャル。


「一年の時は三組」


「やっぱね! 三組って学園祭で焼きそば屋だったっしょ?」


「そうだったな」当事者だったのに、言われて思い出した。「俺も作った記憶がある。料理できないやつばっかでさ、三組は」


「あの時の焼きそばもおいしかったんだよなー」


 俺は、三組の教室で感動しながら焼きそばを食べるギャルを想像した。その絵がシュールで、俺はかすかに笑った。


「どした?」


「いや……」


 俺は麦茶を飲み干して、コップに半分新しくついだ。その間に、ギャルは焼きそばを食べ終えていた。麦茶も飲みきる。それに続いて俺も食べ終わる。


「いやー、うますぎた……」


「大袈裟な」


 と、いいつつ、俺はギャルに見られないよう食べ終えた皿を二つ、そそくさと流しに持っていった。そこまで褒められて喜ばない人間はいないだろ。


 皿を水に浸して振り向くとギャルが背後にいた。無言で1万円札を両手で俺に差し出す。その眼差しはきわめて真剣だった。


「……何?」


「これであたしに晩御飯作ってください!」


 ペコリ。

 ギャルはつむじが見えるほど俺にお辞儀をした。1万円札を改めて差し出す。


「はあ?」


「人助けだと思って」


「てかお前飯食う金あるじゃねーか!」


「いや、おかーさんはあたしのこと嫌いでご飯出ないんだけど、おとーさんが食費くれるんだよね」体勢を元に戻すと、ギャルは苦笑した。


「なんで使わないんだよ」


「申し訳なくて」


「なんで?」


「あたしおとーさんが好きで結婚したおかーさんに嫌われてるのに、なんかおとーさんに食費貰ってバクバク食べるのも違うと思って」


 それでバイトして食費は自分でまかなってるっていうのか。なんだよそれ、悲しすぎるだろ。

 ん? でも……。


「どしたの?」


「じゃあなんで俺に食費を払おうとするんだ?」


「いやー、なんかわかんないんだけど」ギャルは頬をかいた。「食費ってこういう食事のために使うのかなーって思ったんよ。温かい、心のこもった食事?」


「ただの適当に作った焼きそばだって」


「あたしは今まで食べたご飯の中で一番おいしいと思った!」ギャルの目が輝く。


「お、大袈裟な」俺は目を伏せた。「まあ……たまになら作ってもいいけど」


「はいツンデレいただきましたー!」ギャルが俺の顔を覗き込んだ。


「うっ、うるさいな!」

 

 俺は足早にキッチンを離れるとソファにどかっと座った。ついてきたギャルがテーブルを挟んでカーペットにペタッと座る。


「土日はバイトの賄いあるから無理だけど、平日は来れる時に来てもいい?」


「……たまになら」


「野田っちチョロいー、ウケるー」ギャルが口に手を持っていって笑う。


「飯作んないぞ!」


「うそうそ冗談だってー」


 しばしの沈黙。

 俺は足を組んでスマホを手に取った。どうも、こいつを前にすると調子を狂わされる。your tubeを開いて目についたオススメ動画を再生し、飛ばしたり10秒戻ったりしながら適当に流し見る。10分の動画が2分くらいで見終わる。

 ギャルをちらと見ると爛々とした目をしていた。なんだその目は。


「ねえねえ、ゲームとかしないの?」とギャル。


「え、帰るんじゃないの?」


「うっそ!」ギャルが驚愕の表情を見せた。「明日土曜だよ? 夜通し遊べるじゃん!」


「……いつも週末は家には?」


「帰らないねー。だいたいルーティーンでさ、三人くらい泊まりに行く友だちがいて。今日はこの子んちで来週はあの子んち、みたいな」


「ちゃんとギャルなんだな、お前」


「ちゃんとギャルってなに。はじめて言われたんだけど」


 ケラケラ笑うギャル。

 コロコロ表情が変わって、面白い。


「……さすがに泊まりはなしだぞ」


 時計を見ると八時前だった。

 俺だって高校生だし、対戦できるゲームの一つや二つはリビングに置いてある。軽く遊べば飽きて帰るだろうと、俺はテレビを付けてゲームの準備を始めた。コントローラーを二つ取り出す。


「あ、対戦できるゲームとかあるんだ?」


「煽ってんのか?」


「違う違う! 野田っち自分のこと陰キャって言ってたし遊ぶ友だちいないのかと思ってさ」


「だから煽ってんじゃねーか!」


 ギャルは、はっと息を飲んで胸の前で手を合わせた。


「そっか、真希くんと遊ぶ時ゲームするんだね。ごめんね」


「謝るとこそこじゃねーよ!」


 その後、俺たちは二時間あまりゲームをして過ごした。時計を見ると十時を回っていた。

 俺が帰るよう促すと、ギャルは意外にも駄々をこねることなく、素直に従ってくれた。身支度をして、リビングを出る。

 

「また連絡するね」と、靴を履きながらギャルが言った。


「ん」俺は軽く手を振った。


 そうして、扉の閉まる無機質な音が、響いた。

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