ギャルの恋路を応援する気でいたら、なぜか俺が好かれた件

無ミュ

第一部 告白

第1話 ギャルと出会い

「赤井くんの顔が好き!」


 と、言ったのは、隣のクラス2-2のギャルだった。名前は知らない。五限の予鈴。廊下の窓のそばにいる俺とギャルを尻目に、続々と我が2-3の教室に入るクラスメイト。

 九月の陽気と風が窓の隙間から入り込み、ギャルのピンクに近い赤髪が揺れる。


「顔?」俺は思わず聞いた。


「顔!」


 正直すぎないか?

 今まで、俺の親友、2-4の赤井真希あかいまさきに告白したがるやつに理由を聞けば、「優しそうなところが好き」とか、「細いのに格闘技やってて素敵」とか「運動も勉強もできて憧れる」とか、そんなのばっかりだった。

 それは高校に入ってからも変わっていない。


「だって、しゃべったことないじゃんね? だから性格とかもわかんないし」


「確かに」


 だから、みんな結局顔なのだ。しゃべったこともないイケメンの顔が好きなだけなのに、かっこつけて理由をはぐらかしているだけだ。


「でしょー? だからさ、まずは仲良くなりたいと思って」ギャルが言った。「友だちに連絡先聞いてくる! って言ったら、『赤井くん警戒心強いからいきなりは止めたほうがいいよー』って言われたんだー」


 それでどうして俺のところに来る。

 というか真希、お前あんまり女の子のこと振るからいらぬ誤解を受けてるぞ。


「その友だちがね、赤井くんと知り合いたかったら野田くんに頼んだほうがいいよって」


 仲介業者か俺は。ただの陰キャだぞ。

 

「だからこれ渡しといて!」


 渡された紙の切れ端には、LIMEのIDと、八幡花菜やはたかなという古風な名前が、オレンジ色の小さな丸文字で記されていた。



 放課後。


「また真希のこと紹介してくれってやつが来たよ」


 2-4の教室から出てきた真希を捕まえた俺は、いつものように、事の流れを説明した。ギャルからもらった小さな紙を渡す。

 俺はネクタイを緩めてブレザーのボタンをはずした。


「あはは、ごめんごめん。そうにはいつも助けられてるよ」


 靴を履き替えたら、学校を出て最寄りの駅に向かう。毎日見ている代わり映えしない風景だ。


[プチストップ]


[郵便局]


[えび道楽]


「素直な子だね」駅の入口で真希が言った。


「あ?」俺は不意をうたれたように感じた。「ああ……真希の顔が好きっていった子?」


「そう」


「普通はそんなに直接的にいわないよな。思ってたとしても」


「面白い子だ」


「それは確かに」


「会ってみようか」と、真希。


「そうだな」と、いった俺が思わず立ち止まった。「マジで?」


 今まで真希がこの手の話に良い反応をしたことはない。

 だから、俺もまさか真希が会ってみようなんていうとは思わなかったのだ。しかもなぜか真希にやり込められて俺からギャルに連絡する羽目になったのにそのまま従ってしまい、30分後のファミレス。


「ありがとー! 超うれしー!」


 と、いってギャルは俺の横に座り、流れる動作で店員を呼ぶとドリンクバーを頼んだ。

 このギャルは、それから本領発揮だった。俺たちと初めて話すのに、真希とも俺とも昔からの友だちのように話してくる。

 真希が「八幡さん話しやすいね」なんて本人にいったくらいだ。あっという間に五時になり、時間を重ねて六時になった。

 偶然最寄りの駅まで一緒だった俺たち三人は、ファミレスを出た後同じ電車で帰ってきたが、


「道場で必要なもの買って行くから、ここで」


 という真希の一言で俺はギャルと二人になった。

 とりあえず、俺は真希の家が合気道の道場をやっていることをギャルに教えてやった。

 俺が歩き始めると、ギャルもその隣を少し遅れて歩き始める。コンビニの自動ドアに俺とギャルの横姿が映った。ギャルの身長は、男子の平均身長そのものの俺より五センチくらい低いが、並んで歩くと同じくらいに見える。


「家の方向こっちなの?」俺は聞いた。


「うん? そー!」


 いや。 

 真希とこいつを繋ぎ合わせるはずだったのに、どうして俺と二人きりになる? ギャルは機嫌が良さそうだが、俺は無言で歩いた。


「公園だ。ちょっと寄ってこうよ!」


 夕暮れが少しずつ降り始めた公園のベンチに座る。隣にギャル。


「めっちゃいい子だね」ギャルが口を開く。


「あ……真希?」


「そ。でもさ」ギャルはそこで言葉を切った。「付き合えなさそうだね!」


「なんで!?」


「え?」


「いや、すげー話はずんでたじゃん。真希が女子とあんなに楽しそうに話してるのあんまり見たことないぞ? いや、別に真希は女嫌いとかじゃないけど。ってかだいたい一回話しただけでそこまで判断できるのかよ?」


 てか真希は何考えてんだ?


「急にめっちゃ饒舌やん。真希くん大好きかよ」


 ギャルはケラケラ笑っている。


「真希くんて、友だちとしてはめっちゃ楽しく過ごせそうだけどさ。てか、あんなに下心ないイケメンってあたし初めて会ったかも。女兄妹いる感じ?」


「あ、ああ。お姉ちゃんと妹が一人ずつ」


「そか」

 

 沈黙。

 その間にも日が暮れていく。


「とにかく、真希のことが良いと思うなら、俺応援するからさ」

 

「野田っちが? なんで?」


「いや……」


 俺は黙った。理由など考えてものを言ってない。


「めっちゃ良いやつじゃん!」ギャルが俺を真っ直ぐに見つめる。


「はい?」


「めっちゃいいやつ! 野田っち」


 ギャル、謎の倒置法。


「……何で?」俺にはギャルのいっていることが理解できなかった。


「だって友だちの応援するってことでしょ?」


「まあ、ざっくりいえばそうだけど」


「ざっくりいわなくてもそうでしょ」


「俺の実益のためでもあるんだよ」俺はギャルから目を逸らした。「真希に彼女ができれば、告白仲介したりしなくて済む」


「ほほう」


 ニヤニヤ。


「何?」


「じゃあ野田っちはあたしを嫌々応援してくれる、と」


「いや! そういうわけじゃ」自分でも引くぐらい大きな声が出た。


「あはは、冗談だよ」


 ギャルはすっと立ち上がると、「野田っちって面白いね」


 そして、笑顔でいった。


「あたしが自分の恋を誰かに応援してもらうなんて考えたこともなかったよ」


「え、女子同士ってそういうのないのか?」


「女子って、ドロドロだから」苦笑するギャル。


「あー……」


「じゃあこれからよろしくね」ギャルは俺に手を振った。彼女の明るい髪が、夕陽を受けて輝いている。「期待してるぞ、野田っち!」


 俺は遠ざかってゆくギャルの後ろ姿を、ただ呆然と見つめるしかなかった。

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