第15話 ザコモブ、ヒロインと共闘してしまう

「ガアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 ゾンビキャットが再び突進してきた。

 僕はギリギリまで奴を引き付けて躱す。

 すると、


「グギャウウッ!!?」


 ゾンビキャットが痛そうな声をあげる。

 振り返れば、奴は百合園の寝所を踏み潰していた。

 そこに吊り下げてあった抜き身のエペを踏んで足が裂けている。


 目論見通り上手くいった。

 百合園は武器が無いと弱いので、寝所に武器を溜め込む性質がある。

 とりわけエペはすぐ使えるよう抜き身で保管しているのだ。


 しかもちょうど百合園の方に尻を向けている。

 このタイミングなら弱点に攻撃できるぞ。


 そう思い、百合園に指示を出そうとした時、


「イヤアアアアアッ!?」


 百合園の悲鳴が聞こえた。

 見れば、いつの間にか現れた女教師ゾンビに噛みつかれて押し倒されている。

 エペも落としていた。

『なんで拠点にゾンビが』と一瞬思うが、恐らくゾンビキャットが破壊した窓から入ってきたのだろう。

 百合園がやられたらアタッカーがいなくなるので倒すのに凄まじく時間がかかる。


「百合園ッ!」


 僕は突進後の一瞬の硬直に合わせ、百合園のエペを拾いながらゾンビに立ち向かった。

 クズ山の速度でギリギリの間合い。

 僕は百合園を押し倒していたゾンビの側頭部を木刀でフルスイングすると、その勢いで後ろに振り向いた。

 そして、


 ガィッ!


 鈍い音が教室内に響く。

 ゾンビキャットが『飛びつき攻撃』で僕を殺そうとしたのだ。

 今の立ち位置で僕が後ろを向いた場合、奴はほぼ100%この攻撃を仕掛けてくる。

 それが分かっていたから、僕は木刀を持つことで使用できるスキル『受け流し』で奴の攻撃を防いだのだが、

 

「ぐひぃ……ッ!?」


 痛すぎてヘンな声が漏れる。

『受け流し』は百合園が使えばノーダメージだが、それ以外のプレイヤーでは半分のダメージが入る。

 途端に僕の体から鮮血が噴き出した。

 片腕にも力が入らない。

 体力が半分近く持っていかれたからだ。

 そうなるとゲームの仕様で片腕が動かなくなる。


「グァルルルルルルルッ!」


 ゾンビキャットは、今度は僕と距離を取らず『爪攻撃』を連発してきた。

 一気に畳みかけるつもりだ。

 連続で後ろに下がって躱すが、速度の落ちたこの状況では躱し続けるのはかなり難しい。

 まあ僕なら問題ないけど。


 ちなみに、


「うう……」


 百合園は何をしているかというと、呻きながら床を這いつくばっていた。

 ゾンビから食らったダメージが大きすぎて歩けないようだ。


 ゾンビなら二体同時に戦えるんじゃなかったのか?


 なんて飽きれている内にも、僕がついさっきぶっ飛ばしたゾンビが立ち上がった。

 そして百合園ではなく僕を見た。


「グワアアアアアッ!!」


 両腕を振り上げ、こちら目がけて走ってくる。

 恐らく『百合園はいつでも殺せる』と判断したのだろう。

 だから手強そうな僕を確実に殺しに来たのだ。

 難易度が『インフェルノ』になると、敵がこういう判断もしてくるようになる。


 思いながら、僕は『スマホキャンセル』で自らの硬直時間を解いた。

 同時にこの状況を打破する方法を考える。


 アレの流れでアレとアレ。


 既に僕の中には勝利までの道筋がありありと描き出されていた。

 

 確かにそれなら勝てそうだ。

 100回やって97回は勝てる。

 後は僕が実行できるかだ。


「おらあッ!!」


 間髪入れず、僕はゾンビの方に向かって走り、手に持ったエペで相手の顔面を突いた。

 クズ山如きの攻撃力では、エペを使ってもなおゾンビすら倒せない。

 だが攻撃に一瞬怯む。

 直後。


「ギャアアアアアアアアアアアアアウウウウウッ!!!!」


 ゾンビキャットが耳をつんざくような大音響とともに、背後から突進してきた。

 一方僕は攻撃直後なので硬直している。

 このままでは直撃を免れない。


 僕は咄嗟にポケットのスマホを取り出した。

 スマホを取り出すことで『スマホキャンセル』を発動。

『攻撃』の硬直を軽減したのだ。

 だが今回は回避できない。

 クズ山の足が遅すぎるからだ。


 僕はゾンビキャットの方に向き直しエペを構えると、防御の姿勢に入る。


「ゥ……ッ!?」


 ダンプカーに追突されたような衝撃。

 それを感じた瞬間僕の意識が飛ぶ。

 どこが天でどこが地か分からないような感覚が一瞬し、直後に凄まじい激痛が胸部と後頭部を中心に電撃のように奔る。

 完全にひっくり返った天地と今自分が居る場所から、教室の後ろにあったロッカーに叩きつけられた事が分かった。

 突進の直撃を喰らったのだ。

 だが僕はまだ死んでない。


「ギャウウウウウウウウウウウウッ!?」


 ゾンビキャットが悲鳴を上げる。

 奴の顔にはエペが一本突き刺さっていた。

 同時に確認したが、僕に迫っていた女教師ゾンビも一緒に吹っ飛ばされたようで動かない。

 よく見ると頭が潰れている。

『突進』に巻き込まれ、ゾンビキャットに踏み潰されたのだ。

 よし。

 内心ガッツポーズする。


 今僕がやったのは『受け流しキャンセル』。

 一種のバグ技だ。

 敵の攻撃を受ける寸前に『スマホキャンセル』を行う事で、受け流し状態を維持しながら攻撃ができる。

 敵の攻撃が当たる前後の3フレームしか入力時間がないが、ダメージ判定を無視できるので吹っ飛ばされる前に追加で3フレームの入力タイミングができる。

 そこで僕はゾンビキャットにエペを突き刺したのだ。

 結果として僕は生き残り、かつゾンビキャットにダメージを与え、女教師ゾンビもゾンビキャットの『突進』に巻き込んで殺している。


 ただ、動けない。


 クズ山の体は既にボロボロ。

『瀕死』状態になっていた。

 頼みの綱のエペも手放してしまっている。

 一方ゾンビキャットは今の一撃で怒り心頭に達したのだろう。

 怒り混じりの唸り声を上げて、僕を睨みつけていた。


「ギュギュギャアアアアアアアアアアアアアオオオウウウウウウッ!!!」


 先ほどよりも更に甲高い咆哮を上げて突進してくる。

 勝利を確信しているかのような吠え声だ。

 確かにそれはそうだろう。

 クズ山に成す術はない。

 ただ黙って轢かれるのを待つだけ。

 この状態でゾンビキャットの突進を食らえば、僕の体は巨体と背後のロッカーに挟まれてハンバーグになってしまうだろう。

 ゲームで何度も見た光景だった。


 だが。

 僕は

 なぜならこの場には居る。

 今なら尻の弱点を狙い放題。

 最高の攻撃タイミングだ。


「百合園攻撃ッ!!」


 僕は少し遠くに立っていた百合園に指示を出した。

 すると百合園がハッと僕を見る。


「言われずともッ!!」


 瞬間、百合園が僅かに腰を落としたのが分かった。

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