第14話 ザコモブ、ゾンビと戦ってしまうⅢ

「百合園さん敵! 廊下!」

「えっ!?」


 咄嗟に僕は叫んだ。

 反射的に百合園が立ち上がる。

 彼女は自分のエペを取り、素早いステップで教室入口のドアの傍に立った。

 そこから廊下を見る。


 だが。


「誰もいないですわよ!?

 騙しましたわね!!」


 百合園が僕の方を見て叫んだ。

 こっちに歩いてくる。


 誰もいない?


 その事実を聞いた時、僕の背筋をゾッと悪寒が走った。

 イヤな予感という奴。


『廊下でガラスの割れる音』

『だが誰も居ない』


 するとこっちか!


「アナタどうなるか分かって……ッ!?」


 反射的に僕は目の前に居た百合園の腕を引っ張ると、そのまま彼女を抱き込むような形でさっき蹴り倒されて横になっていたロッカーの中に隠れた。

 この部屋で隠れられるのはこのロッカーしかない。


「な……ッ!?」


 そのまま驚く百合園の口を塞ぎ、


「敵」


 その耳元に囁く。


「え」


 百合園が切れ長の目を大きく見開いた、その時。


 ガッチャアアアアンッ!!!


「グアアアアアアアアアオオオオッ!!」


 グラウンド側の窓が壁ごと破られ、教室に巨大なライオンのようなゾンビが入ってきた。

『ゾンビキャット』だ。

 その凄まじい咆哮に、


「ひっ!?」


 百合園の体がビクン! と竦み上がる。

 恐らく無意識だろう、僕の体にギュッとしがみ付いて来た。

 一瞬彼女に気を取られつつも冷静になる。


 やっぱり。

 フェイントを入れてきた。

 以前に一回僕に敗れたからだろう。

 廊下から来ると見せかけて近くの窓から侵入し、不意を突いて僕を殺そうとしたのだ。

 難易度がインフェルノになると、こんな感じで敵の動きも変化する。


「……!」


 そこまで考えたところで、百合園が目だけで僕を見ている事に気付いた。

 たぶん『このままロッカーに居て大丈夫ですの?』という意味だろう。

 僕は頷くと、彼女の耳元でそっと「このままでいて」囁く。

 百合園は頷いた。

 さすがにこの状況では僕の言う事も聞いてくれるらしい。

 見つかったらほぼ即死という事が本能的に分かっているのだろう。


「ゥガルゥゥウウッ!」


 目の高さの所に開けられた通風孔の間から、ゾンビキャットが左右に首を振って、僕達の姿を探している様子が見える。


 ちなみにだけど、ゲームの仕様でこのロッカーは『緊急避難先』として設定されていた。

 『緊急避難先』に隠れた場合、かなりの確率で敵の追跡から逃れられる。

 ただし今の難易度は恐らくインフェルノ。

 奴が僕らを見失う確率は5割。

 5割の確率で僕らは死ぬ。


 ブーーッ……ブーッ……!


「……ッ!?」


 僕が死の危険を間近に感じていた時、不意にポケットで何かが振動した。

 スマホだった。

 振動が長いから、電話だろう。

 状況から言って染井だろうか。

 気になるけど、出る訳にもいかない。


 ロッカーの中は元々狭い。

 そこに百合園と二人で入っているわけだから、せいぜい指の先を動かすぐらいが限界だった。

 幸いゾンビキャットは音に反応していない。

 恐らくこれもゲームの仕様だろう。

 だが。


「……ア……ッ!」


 百合園が僕の耳元で吐息を漏らした。

 驚く間もなく原因に気付く。

 僕と百合園の足は現在絡み合っている。

 そのため、恐らくだが僕のポケットに入っているスマホが角度的にヤバい所に当たっているのだろう。

 気付けば百合園の表情が甘く切ないものに変わっている。

 体が敏感過ぎる。


「アッ……アッ、アッアッア……ッ!?」


 耳元で百合園の喘ぎ声を聞かされ、僕は焦り始める。

 性的な理由も勿論あるが、声出されているのはマズイ。

 ゾンビキャットに気づかれる。


 そんな風に僕が思っている間にも、ゾンビキャットがこっちを向いた。

 そして。


「グアアアアアアアアアッ!!」


 地獄のような咆哮と共に、僕達が居るロッカー目がけて走ってきた。

 隠れていることがバレたのだ。


「百合園さん!」


 僕は咄嗟にドアごと百合園を押し出す形で外に出た。

 同時にゾンビキャットがこちらに向かって突進してくる。

 僕は両腕でロッカーを持ち上げ、盾替わりにした。


 バッグォオンッ!!


「くっ!?」


 直後。

 ロッカーが拉げながら吹っ飛んだ。

 一緒に僕も吹き飛ばされる。

 冷静に受け身を取って起き上がった。

 百合園の姿を探す。


「クズ山ッ!?」


 百合園が僕に呼びかけてくる。

 よかった無事だった。


「百合園さんは距離を取って!

 僕が引きつける!」


 僕はそう叫んでゾンビキャットに向かって歩み出た。

 ゾンビキャットから逃げるのは至難の業だ。

 倒した方が早い。


「ッ!?」


 百合園が驚いた顔で僕を見たのが分かる。

 でも彼女を見ているヒマはない。


「グアアアアアアアッ!!!」


 ゾンビキャットが引き返してきた。

 事前の動作で次の攻撃が『突進』と分かる。

 直後、ダンプカーみたいな巨体が迫ってきた。

 相手と直角になるように真横に走る事でなんとか躱す。


「共闘しよう!

 僕はこいつの倒し方を知ってる!

 百合園は僕の言ったタイミングで攻撃して!」


 敵の攻撃を躱しながら百合園に指示。

 そんな事をしてる間にも、今度は『飛びかかり』。

 相手のジャンプするタイミングに合わせて後ろに跳ぶ。

 攻撃直後の硬直時間を狙いたかったが、クズ山では返り討ちに遭うので止める。

 至近距離になったため、てっきり『爪攻撃』が来ると思ったが、


「ギシャアッ!!」


 ゾンビキャットは背後に跳んで僕と距離を取る。

 奴の巨体によって、百合園のものらしい寝室スペースが潰れる。

 ビリビリに引き裂かれたカーテンの下に、百合園のものらしき抜き身のエペが数本見える。


 なるほど。

 中~長距離レンジでの戦い方に変えてきたか。

 前回爪攻撃を全て躱されたから。

 となるとクズ山のスタミナが切れた時点で跳ねられる。

 その後はお決まりの『押し倒しからの頭噛みつき』による即死パターン。


 ゾンビキャットの考えを読んだ僕は、少し離れた場所で棒立ちしている百合園を見やる。


「百合園さん!

 エペを構えて!

 奴の尻に心臓みたいな肉階があるから、そこを突いて欲しいんだ!!

 キミの『飛び込み突きフレッシュ』なら、スピードも威力も充分だから!

 三発も食らわせればコイツは倒せる!」


 僕は次々と襲い掛かってくるゾンビキャットの『突進』を躱しながら、百合園に指示を出した。

 だが彼女は相変わらず突っ立ったままだ。

 まるで信じられないものでも見ているような顔をしている。


 なにやってんだアイツ!?

 こっちは死にかけてんのに!?


「百合園ッ!!

 ぼさっとしてないでッ!!!」


 僕は敢えて怒鳴りつけるようにして叫んだ。

 すると漸く僕の声が耳に入ったのか、


「わ……ッ!?

 わかりましたわッ!!」


 百合園が慌ててエペを構える。


 よし。

 百合園と一緒にゾンビキャットあいつを倒す!

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