第10話 ザコモブ、ヒロインを助けてしまうⅡ

「なんですの!?」


 百合園がビクッとして振り返る。


 僕も振り返ると、見覚えのあるヒロインが血相を変えて走っていくのが見えた。

 小柄で黒髪おかっぱ。

 大きくてぱっちりとした目が愛らしく、『ナップサック』という専用アイテムを背負っている。


 彼女が『東野ひがしの』だ。

 優しく世話好きな性格から『このゾンビだらけの世界に咲いた一輪の花』と言われている。

 当然プレイヤーからの人気も高く、その慈愛の深さから同人界では『東野ママ』として有名である。

 かくいう僕もかなり好きなキャラだ。


 そんな東野のすぐ後ろを、中年教師らしきゾンビが追いかけてゆく。


(あっちはマズい)


 東野が逃げていく方向を見て、僕はある事に気付く。

 その先は防火シャッターが降りており、袋小路なのだ。

 傍に一つだけ入れる教室があるんだけど、そこは罠。

 中はガラス窓が全部板張りにされていてかつ反対側の扉も板で塞がれている。

 加えてこの難易度では、確実に東野は食い殺されるだろう。

 助けなくてはならない。


「今のは東野さん!?

 クズ山!

 追いかけますわよ!!」


「いや、今から走って追いかけたんじゃ間に合わない」


「それじゃどうしますの!?」


 百合園が血相変えて僕に叫ぶ。

 僕は廊下にある窓ガラスの向こうを見た。

 そこには中庭があり、中央にある噴水の辺りにゾンビたちが複数佇んでいる。


「中庭を通れば先回りできる」


 僕はそれだけ言うと、窓ガラスに足を掛けた。

 ついでに窓枠にはまっている『ガラス片』というアイテムを一つ取っておく。

 護身用だ。

 これから助けに行く場所は袋小路。

 恐らく必要になる。


 そんな事を考えながら僕が中庭に跳ぶと、


「クズ山ッ!?

 どこに行きますの!?」


 背後から百合園が声を掛けてくる。


「後から来て! 先に東野さんの安全確保しておくから!」


 僕はそのまま走った。

 噴水付近に居た学生ゾンビたちが一斉に僕に気付く。


「く……ッ!?

 誰に命令してますのッ!?」


 背後から百合園の怒声が聞こえてきた。

 だが構っているヒマはない。

 一刻も早く東野を助ける必要がある。


「グガアアアアアアアッ!!」


 ゾンビたちが一斉に僕に向かって走ってくる。


 ゾンビは全部で3体。

 男子高校生が1体と女子高生が2体。


 女子高生だけならまだしも、力が強く体力も高い男子高校生ゾンビが居た。

 加えて僕はオールステータスが『1』のクズ山である。

 ステータス平均値が『4』の東野ですら足手まといなのに、普通に考えれば無謀もいい所であった。

 だが僕は冷静にゾンビたちの接近を待ち、攻撃が来たところを『ドリブル』で躱す。


「グァウアアアアアッ!」


 うち女子高生ゾンビ1体の攻撃で『掴みバグ』が発生した。

 僕の目の前に、躱したはずのゾンビが現れて僕の首筋に噛みつこうとしてくる。


 発生確率が高いな。


 そんな事を考えながら、僕はポケットのスマホを取り出すことで硬直時間をキャンセルする。

 掴みかかってきたゾンビを突き飛ばし、そのまま全力で中庭を駆け抜けていった。


 上手く躱したとはいえ、ゾンビの方が足が速い。

 5秒も走れば追いつかれる。

 

 そう判断した僕は、5秒以内に東野が向かったであろう教室の窓に飛びついた。

 ギリギリでゾンビの追撃を躱し、教室の中へと入る。

 

 ちなみに中庭のゾンビだが、教室の中までは追ってこない。

 ゲームの仕様で行動エリアの判定処理がされているのだが、中庭に湧くタイプのゾンビは範囲が極端に狭く、一部の場所以外出入りできない。


 中を見ると、ちょうど東野が教室に駆け込んできた所だった。

 彼女は教室のドアを閉めようとしたが、ドアが閉まるよりも先に中年ゾンビがやってくる。


「ああぁッ!?」


 ゾンビのパワーで東野は吹っ飛ばされてしまい、教室の床に転がった。

 間髪入れずゾンビが教室に入ってくる。


「いやあああああッ!?」


 東野が悲鳴を上げる。

 クズ山の足だと間に合わない。


 ガッシャアアアアンッ!


 そう判断した僕は、咄嗟に近場のガラス窓を肘で叩き割った。

 思い切り力を入れたおかげで派手な音が鳴った。

 すると、


「ジャッ!?」


 東野を襲いかけていた中年ゾンビがこっちを見た。

 一瞬の硬直の後、僕目がけて走ってくる。

 こうなる事は分かっていた。

 もしゾンビが自然の生物だったなら、きっと東野を襲っただろう。

 だが奴の頭はAI。

 視界内に二人のプレイヤーキャラが居た場合、より弱い方を狙う。

 低難易度だとAIの頭が悪いため確実とは言えないが、高難易度なら100パーセントこちらを狙ってくる。

 クズ山の弱さもターゲットを取る分には役に立つ。


「とりゃああああッ!!!」


 僕は勢いのままに、ゾンビに対してジャンプキックをブチかました。

 これはダッシュ時限定攻撃の『ダッシュキック』というアクションである。

 威力はキックと変わらないが、人型よりも小さいゾンビの場合は『吹き飛ばし』の効果が出るというものだ。

 現実の僕ならこんな挙動はとてもできないけれど、ゲームのシステムのお陰なのか勝手に体が浮かんでドロップキックみたいな蹴りをブチかましてくれた。


「ガッ!?」


 ゾンビが派手にぶっ倒れる。

 だがもちろん死なない。

 クズ山ごときのキックで死ぬほどゾンビはやわではないからだ。

 だが。


「これでもくらえッ!!」


 僕は手に持っていた『ガラス片』を思いっきりゾンビの顔面に突き刺す。


「ギャウウウウウッ!」


 ゾンビが痛そうな声を上げて、後ろに倒れこむ。

 『ガラス片』は町の中ならどこでも簡単に入手でき、こうやって攻撃することもできれば緊急時にもタイミングよく使う事でゾンビの掴み攻撃をキャンセルできる。

 使うと一度で壊れてしまう事と、同時に二個持てないという制限があるものの非常に便利なアイテムの一つだった。

 恐らく製作者が武器を使い果たしてしまった時のために用意した救済措置アイテムの一つなのだが、有効に使わせて頂こう。


 なんて思っているうちにも、ゾンビが起き上がろうとしていた。

 僕は再度ダッシュキックを食らわせると、吹っ飛んだゾンビに追い打ちで室内にある『ガラス片』を何個も拾っては突き刺していった。

 やがてゾンビは動かなくなる。 

 どうやら倒せたらしい。


「大丈夫?」


 僕は教室内に立ち尽くしていた東野に声を掛けた。

 彼女はハッと我に返った顔で僕を見たかと思うと、


「く……クズ山さぁぁぁんッ!!」


 急に泣きながら僕に抱き着いて来た。

 彼女の柔らかな両腕が僕の後ろに回され、華やかな香りが僕の顔中を包み込む。


 や、役得ッ!?


 東野に抱擁され、僕は一瞬で舞い上がってしまう。

 何しろ異性から抱きしめられたのは生まれて初めての事だったから、鼻の下が伸びまくってしまったのだ。

 だがそれと同時に疑問が湧いてくる。


 ——東野ってこんなキャラだっけ?


 このゲームのヒロインは大半が男馴れしていない。

 一見遊んでそうな百合園や江西田にしてもそう。

 まして『委員長キャラ』で通っている東野である。

 いくら怖かったからといって、こんな風に男に抱き着くだろうか?


 好意の値が既に『好かれている』になっている、という可能性もあるが、少々不自然である。

 というのもクズ山は当然東野にも酷いことをしているのだ。

 百合園や江西田たちがアレだけ怒っていたのに、東野だけがクズ山を『好いている』のだろうか。

 しかも、疑問はそれだけではない。

 東野の怯えた顔を見ていると、なぜか親近感が湧くのである。

 まるで《この世界に来たばかりの僕》を見ているみたいで。


 そんな疑問が次々と生まれる。


 だが今はそんな事を考えているヒマはない。

 倒れていたゾンビが再び動き出したのだ。

 すぐにも起き上がってくる。


「東野さん。

 ゾンビは僕が何とかするから、中庭を通って教室に向かって。

 三体ゾンビが居るけど、それ以上は出ないから」


 僕は東野の肩を掴んで、引き剥がした。

 彼女は戦闘は得意じゃないから居ても足手まといになるだけ。

 中庭は序盤では三体以上湧かないし、その向こうの廊下には百合園が居るから比較的安全なはずだ。


「わ……わかりましたぁ!!

 クズ山さん、本当にありがとうございますぅ!!」


 東野は半オクターブ高い声でそう言うと、窓に向かって一目散に走っていった。


 感謝されるのって案外嬉しいもんだな。

 現実世界じゃ僕なんの役にも立てなかったから、人から感謝されたことないし。


 一瞬そんな事を思いつつ、僕は教室内に居るゾンビを見た。


「グウァアアッ!!」


 殆ど同時にゾンビが起き上がり、僕に襲い掛かってくる。


「ほれッ!」


 僕は得意のドリブルで躱して後ろに回るとゾンビの足を蹴った。


 コイツは深手を負ってるし、今のうちに倒そう。


 なんて思っている内に、


 ガラララッ!!


 教室のドアが開いて、「グアアアアアアアッ!!!」大量のゾンビが教室に入ってきた。

 恐らく東野を助けるときに窓ガラスを割ったせいで、この辺りのゾンビがみんな反応したんだろう。

 簡単には終わらせてくれないようだ。

 まあでもこれだけ引き付けておけば、東野が更に安全になるだろう。


 そんな事を考えながら、僕はゾンビの群れへと突っ込んでいく。

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