第9話 ザコモブ、ヒロインを助けてしまう

「僕ゴミじゃないんだけど。

 なんで雑巾やモップと一緒に暮らさなきゃいけないのさ」


 僕は百合園に不満をぶつけた。


 いくら何でも失礼過ぎないか。


「フン。

 それでしたら仕方ありませんわ。

 染井と一緒に出てってくださる?

 寝込みを襲われでもしたら最悪ですもの」


「そんなことしないでしょ……!」


「しますわ」「するよね」


 百合園と江西田が同時に言った。


 確かにクズ山ならするだろう。

 僕はクズ山じゃないんだけど。


「とにかくこれがわたくしたちの最低条件。

 これが呑めないのでしたら共同生活は無理ですわ」


 百合園が止めとばかりに染井に言った。

 流石の染井も難しい顔をしている。


「わかった。

 それでいいよ」


 染井が困ってるので、僕は頷いた。


「葛山。

 いいのか?」


「我慢できるかって言ったらできないけど。

 でもするしかないよね」


 僕は愛想笑いを浮かべて、染井の言葉に頷く。


 まあこれ以上なんやかんや言われるのも嫌だし、この際ロッカーでもいいから少し休みたい。

 

「すまねえ。

 しばらく一緒に居れば、皆もお前のことわかってくれると思うからよ」


 僕は頷いた。

 例え分からなくても分かって貰うつもり。


「ところでのっちんは?」


 僕の寝床が決まったところで、江西田が百合園に尋ねた。

『のっちん』というのは、このゲームのヒロインの一人『東野ひがしの きく』のことだ。

 戦闘は得意じゃないが、サポート要員として非常に重要なスキルを幾つも持っている。

 このゲームには仲間がいるので、ぶっちゃけ戦闘スキルは無くてもサポートだけでなんとかなる。

 そのためゲームの中級者は大抵この東野を使う。


「まだ戻ってないですわ」


「ウソ!?

 アタシより先に帰ったんだけど……!

 っていうかミサも帰ってない!?」


 ミサの本名は『美桜みさくら 夕衣ゆい

 東野と同じでこのゲームのヒロインの一人。

 彼女は染井の幼馴染でもある。


「美桜と一緒だったのか!?」


 染井が血相を変えて、江西田に尋ねる。


「う、うん……!

 三人で食べ物探してたら、途中でゾンビに襲われてミサがケガしちゃって。

 それでアタシが囮になって二人を逃がしたんだけど……!」


「マズイですわ!

 二人共ゾンビと戦えるような方ではありませんわよ!?」


「どこで別れた!?」


「に、二階奥の非常階段辺り……!」


「探しに行くぞ!」


 染井が早速教室を後にしようとした。


「お待ちなさい!

 一人で行くのは危険ですわ!」


 その背に百合園が叫ぶ。

 染井が立ち止った。


 僕もそう思った。

 いくら染井でも大量のゾンビに囲まれたら危ないし、何より東野たちを助けた後二人を連れて戻ってくるのが大変だ。

 東野と美桜はどちらも支援要員であり、戦闘に関するステータスが低い。


「たしかに。

 誰かと一緒に行った方がいいな。

 ちょうど四人いるし、二手に分かれて探そう。

 見つけ次第スマホで連絡しよう」


 染井が頷いて、僕らを見て言った。


 相変わらず判断が早い。

 頭のいい奴で助かる。


「賛成ですわ」

「うん!」


 染井の提案に、百合園に続き江西田も同意する。


「よし。

 それじゃ百合園は葛山と一緒に探してくれ。

 戦力的にそれが一番だと思う」


「は!?

 イヤですわよそんなの!!

 染井が責任取るって言ったのですから、アナタと葛山で行きなさいな!」


「俺は構わないけど、百合園は江西田と二人で大丈夫なのか?」


「う……ッ!?」


 染井に問われ、百合園が黙る。


 まあキツイだろうな。

 さっきの話を聞く限り、百合園に江西田を守りながら人を探せる余裕はない。

 となると僕か染井と組むしかないんだけど。


「それとも江西田が葛山と組むか?」


 なんて思ってると、染井が僕の代わりに聞いてくれた。


「ゼッタイ嫌!?

 こんな奴と二人きりになったらゾンビより先に襲われそうだもん!!」


 江西田はフルフルと横に首を振りながら答える。


 流石にクズ山でもこの状況なら……襲うかもしんないな。

『むしろチャンス!』とか思って。

 大体その後死ぬんだけど。


「……仕方ありませんわね……!

 たしかにわたくしなら、コイツに襲われてもカンタンにぶちのめせますし」


「よし。

 じゃあ俺と江西田は二階を探す!

 百合園たちは一階を頼む!」


「よろしいですわ!」


 染井たちは言い様走っていった。

 もし二人がゾンビに襲われているとしたら危ない。

 一刻も早く助けないと。




 □□




 五分後。

 僕と百合園は二人で一階に降りていた。

 今さっき会長が殺されたトイレの前を通ったけど、そこに会長の死体はなかった。

 ゲームの仕様か、はたまたゾンビがどっかに死体を持っていたのかもしれない。


「言っておきますけど」


 なんて思っていると僕の前方を歩いていた百合園が立ち止まった。

 かと思うと振り返り、


 ヒュッ!


 その手に持っていたエペの切っ先を僕に向ける。

 

「!」


 僕はとっさに百合園から距離を取った。

 百合園は僕を睨みつける。


「わたくしの言う事には絶対服従すること。

 いいですわね?」


「わかったって。

 いう事聞くから、その物騒なものは仕舞って」


 僕が頼むと、


「フン」


 百合園がつまらなさそうに鼻を鳴らした。

 そして、


「どうしてわたくしがこんなゴミと一緒に……!」


 ブツブツ呟きながら、前を向いて歩き出す。

 数秒置いて僕も後からついて歩く。


 ゴミっていうけど、百合園よりは役に立つと思うんだけどな。

 まあでもここは従っておくか。

 東野たちの命もかかってるし。


 前にもチラッと考えた事だが、東野は支援キャラとしてはかなり有能なスキルを持っている。

 ぜひとも仲間にしたい。

 一方の美桜は、東野に比べるとスキル的には若干見劣りするんだけど、死んだ時のデバフが酷い。

 染井が精神的に病んでしまうのだ。

 一度この『病み』状態になると回復が難しく、AIが協調性を失って、個人行動が増えたり最悪の場合自殺してしまう。

 美桜死亡からの染井死亡パターンは結構多かった。

 既に会長が死んでいる事も考えると、染井が死ぬのは余りにも危険である。

 後半の難易度は序盤とは桁違い。

 僕はともかく他の皆が死ぬ。


 そんな事を考えていると、


「グルワァアアアアアア!!!」


 突如、毒々しい雄叫びが聞こえた。

 廊下の反対側からだ。

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