第8話 ザコモブ、ヒロインと遭遇してしまうⅡ

 そんな風に思っていると、


「百合園、見ただろ?

 葛山が一緒に居てくれればきっと生き残れるぜ」


 染井が言った。


「絶対にイヤですわ!!」


 百合園がそっぽを向き、腕組みして答える。

 その窮屈そうに押し上げられた乳房が、今は非常に憎たらしかった。


 これだけ露骨に嫌悪感を出されると、さすがに嫌。


 なんて僕が思っていると、


「だったら俺も加わらねえぜ?

 葛山と居た方が生き残れそうだもんな」


 染井が意地悪そうに微笑んで言った。


 染井はあくまで僕の味方してくれるらしい。

 見た目が綺麗で中身も優秀な百合園よりも僕を買ってくれてるのは、ちょっと嬉しい。


「クッ!?」


 百合園がまた悔しそうにしている。


 そりゃそうだ。

 百合園たちは現在戦力不足。

 それに対して僕と染井は、生き残るだけなら何の問題もない。

 それでもお互い協力できた方が、ずっと楽にサバイバルできる。


「……仕方ありませんわね……!?

 でもリーダーはわたくしですわ!

 それだけは譲れません!!」


 百合園がキッと僕を睨みつけてそう言った。

 おかしな事をすれば追い出すとでも言いたいのだろう。


 僕的にはむしろ、百合園さんが何かしでかさないかの方が心配。


「俺はいいぜ!

 葛山はどうだ?」


「別に構わないよ」


 リーダーが誰かとかどうでもいい。

 僕が役に立つことが分かれば、百合園も黙るだろう。


「よっしゃ!

 だったら俺たち仲間だな!?」


 染井が僕の肩に手を回して言った。

 そのまま百合園の肩にも手を回そうとする。

 百合園は身を引いて染井の腕を躱した。

 明らかにイライラしている。


 この状況で自分のお気持ち優先できるとか、余裕だな。


 そんな百合園を見て僕は思った。

 彼女は未だこの世界の過酷さを知らない。

 知れば否応なしに協力する気になる。




 □□




 5分後。

 僕と染井は、百合園たちが拠点としている教室を訪れていた。

 室内は薄暗い。

 窓が全てガムテープと段ボールで塞がれているからだ。

 教室の四方の隅には机とカーテンで区分けされた小部屋のようなものが全部で4つある。

 うち一つには抜き身のエペがぶら下げてあった。

 危なっかしい。

 恐らくあれが百合園の寝所だろう。

 他の三つには、アニメキャラのマスコットや十字架のネックレス、花柄のリュックサックが吊るされている。

 その特徴から、この教室に寝泊まりしているのは全員女子……ヒロインキャラのようだった。

 絶賛思春期の僕としてはやりにくい。

 無駄に緊張してしまう。


 なんて僕が教室内を観察していると、


「たっだいま!」


 突然ガラッとドアが開いて、ピンクブロンドの髪をポニーテールに結んだギャルが入ってくる。

 僕は当然彼女も知っていた。

 彼女はこのゲームのヒロイン『江西田えにしだ うた』である。

 現役女子高生モデルにして、大人気ダンス系動画投稿者インフルエンサー

 クラスのムードメーカー的存在で、いつも明るい。

『人類皆家族。嫌いな人なんて居ない』が彼女の口癖だった。

 しかも……。


 そこまで考えたところで、僕は江西田の制服を見た。

 ミニ丈のスカートのベルト部分にアニメのマスコットキャラの人形(自作)が二つもくっ付いている。


 江西田はこう見えてオタク。

 クラブとかで踊ってるのに、かなりディープでネットミームにも超詳しい。

 ソシャゲもいくつかハマってるそうだ。

 毎月課金額がヤバいって話をよくしている。


 僕がそんな風に観察していると、江西田が僕に気付いた。

 途端に、


「は……!?」


 満面の笑顔がグシャッと潰れる。


「なんでクズ山いんの!?」


 さらに僕を指差して叫ぶ。


 そういや僕今クズ山だった。

 多分江西田からの好感度も最低だ。


「染井と一緒について来たんですの」


 百合園がため息混じりに答える。

 


「エ……!? まさか一緒に暮らすとか言いださないよね!?」


 江西田が百合園の前までツカツカ歩いていって尋ねた。

 百合園はチラ、と染井を見る。


「そのまさかですわ。

 わたくしは反対したんですけれども、染井が……」


「そんなの絶対イヤなんだけど!!

 アレ連れてきたの染井君!?」


 まだ百合園が言っている最中にも関わらず、江西田が叫ぶ。

 彼女は今度は染井に尋ねた。


 ちなみにだけど僕は完全に蚊帳の外。

 眼中にないらしい。


 いくら何でも酷くないか?


 一瞬思うが、それも仕方のない事だと思いなおす。

 クズ山が江西田にした事を僕は当然知っていた。

 大体百合園の時と似たような感じ。


 彼は江西田にしつこく付きまとった挙句、告白してフラれるとSNSに『江西田はパパ活してる』などと悪評を流しまくったのである。

 しかも盗撮した写真を加工してパパとイチャラブしてる写真まで用意するという周到振りだった。

 幸いクズ山の悪事はすぐバレたのだが、彼は名誉毀損で訴えられ裁判中だった。


 そんな状態だから好かれるわけがないのだが、正直堪える。

 それにこのメンバーでサバイバルしていく以上は、仲良くならなければならない。


「俺がお願いしたんだ。

 みんなで協力できれば生き残りやすくなる」


 染井が江西田に言った。


 ちなみにどうでもいい事なんだけれど、江西田の言動から察するに染井は既に仲間に加えられてるっぽい。

 それもそのはず。

 ゲームシステム的な話、染井は全ヒロインからの好感度が『好かれている』もしくは『惚れられている』からスタートする。

 プレイヤーがその気になれば、すぐに彼女たちを助けるなりなんなりして告白され、付き合う事ができるのだ。

 それどころか全ヒロインを従えてのハーレムプレイまでできる。


「勝手にお願いしないで!」


 現に江西田は怒り口調で染井に言っているが、そのほんのり赤らんだ頬を見る限り嫌悪の感情は見いだせなかった。 

 これ完全に『惚れられている』ってやつ。

 

 まあ僕も『惚れられている』まではいかないにしても、全ヒロインから『嫌われてはいない(つまり普通)』くらいの好感度は目指していきたい。


「ってかなんで染井君がこんな奴の味方してんの!?

 ありえないんだけど!?」


「葛山にも色々あったんだよ。

 今は反省してる。

 な、葛山?」


 染井が言った。

 僕は考える。


 とりあえずここは謝っとくか。

 クズ山のしたことを考えれば即刻謝るべきだろうし、早い段階で好感度を『嫌われてはいない』に持っていきたい。


 そう判断した僕は江西田達の前に立った。

 そして深々と頭を下げる。


「江西田さん、酷いことしてごめん。

 百合園さんも本当にすみませんでした」


「は!?

 謝ったぐらいで許されると思ってんの!?」


 だが謝った傍から、江西田から怒鳴られる。

 顔色を伺えば、さっきよりも怒っている様に見えた。

 百合園も似たような顔だった。


 反応は悪いが、ゲームシステム的には好感度が上昇しているはず。

 とにかく二人と会話したり助けたりして、好感度を稼いでいこう。

 仲間が多いに越したことはない。


「なあ、とりあえず追い出すのは止めにしないか?

 葛山のしてきた事は許されることじゃないが、今追い詰めてもしょうがないと思うぜ。

 百合園たちだって、一人でも多くの味方が必要だろ?」


「「……!」」


 染井からそう説得され、二人が同時に黙った。

 どうやら思っていた以上に生活が大変らしい。

 僕は教室内を見回す。


 まあ居住スペースを見る限り、残りの仲間も女子だろうからな。

 戦力不足は否めない。


 このゲームのシステム上、戦闘が得意な奴が最低二人は欲しい。

 探索(アイテム収集や付近に湧いたゾンビの駆除)と、拠点防衛(徘徊するゾンビに拠点を荒らされたりしないための防衛)で一人ずつ必要だからだ。

 いちおう江西田が鍛えれば戦えるようになるんだけど、どうやら全然鍛えてないっぽいし、戦闘面で最強の会長は既に死んでる。


 しかし会長が死んだことが惜しまれる。

 元はゲームなんだし復活させる手段とかないのか。

 いちおうネット協力プレイだとプレイヤーとして参戦すれば復活できるんだけど、そんな事できるのか分からないし……。


 なんて僕が思っていると、染井が僕の肩に手を回してきて、


「葛山は頼りになるぜ。

 なんたってゾンビを同時に三体も倒したんだからな!

 二人でライオンみたいなデカい奴もやっつけたし!」


 僕の活躍の話をしてくれた。


 いやお前は七体倒したけどな。

 ザコモブの僕と違って。


 内心で突っ込む。


「ウソ……ッ!?」


 すると江西田がビックリした様子で僕を見る。

 どうやらゾンビを三体倒すってのは相当凄いことらしい。

 百合園も忌々し気に僕を睨みつけてくる。

『あんなの偶然ですわ……!』とでも言わんばかりだった。


 僕からすると同時に三体倒せない方が驚くんだけどな。

 よく生き残ってる。


「葛山は俺が責任もって預かる。

 それがダメなら俺も出ていく。

 葛山を一人にはさせられないからな」


 染井がそれぞれ二人を見つめて言った。

 江西田は顔を背ける。

 嫌だけどしょうがない、という顔だった。

 百合園も同様の顔をしている。

 やがて、


 「ハアッ!」


 場の沈黙を吹き飛ばすかのように、百合園が一際大きな溜息を吐いた。


「まあ染井には仲間になって頂きたいですし、仕方ありませんわ。

 ただし」


 百合園はそこまで言うと、ローファーの踵をツカツカと鳴らして教室の奥へと歩いていった。

 僕が『なんだ?』と思っていると、


「クズ山はロッカーで暮らすこと!

 それが最低条件ですわ!」


 掃除用具入れ用のロッカーの扉をバンと叩き、再度僕を睨みつけて言ってきた。


「は?」


 僕は固まる。


 何言ってんだこいつ。


「おいおい!?

 幾らなんでもそりゃないだろ百合園!

 もう少しなんとかしてくれよ!」


「わかりましたわ」


 ガシャアンッ!!


 百合園がロッカーを蹴り倒した。

 そして横になったロッカーを踏みつけ、


「これで横になれますわね。

 少しは楽でしょう?」


 よく分からないことを言ってくる。


 ケンカ売ってんのか。

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