第5話 ザコモブ、ヒロインと遭遇してしまう
「とりあえずこれからどうしようか。
ここにいつまでも居るのは危ないと思うけど」
僕は話題を逸らした。
染井が思案顔をする。
「そうだな。
他にも生存者がいれば、生き残り易いと思うんだが」
(生存者。
あれ、たしか会長が二階に居るって言ってたような)
言われて僕は思い出す。
トイレを出た後、ゾンビキャットが来なければ会長と一緒に合流するはずだったのだ。
僕は会長の死も含め、染井にその事を伝えた。
「……大変だったな」
染井はポンと僕の肩に手を置き、真面目な顔で言ってくれた。
確かに大変だった。
まさか会長が殺されるなんて思わなかった。
ただゲームのキャラだって思ってるせいか、不思議と動揺は少ない。
正直『もったいない』とも思う。
仲間は一人でも多い方が楽でいい。
「きっと二階にいる連中も困ってるはずだ。
行って合流しようぜ」
染井が言って教室を後にしようとした。
僕もすぐ後を追う。
(このゲームは仲間が多ければ多いほど楽にクリアできるし、そもそも仲間がいないとクリアできない仕様にもなってる。
まあバグ技とか使えればその限りでもないんだけど。
ソロプレイRTAとかもよくやってたし)
そんな事を考えながら、教室を出た矢先。
「「「シャアアアアアアッ!!!」」」
背後からまた嫌な声が聞こえた。
振り向けば3体。
女子高生ゾンビがこちらに向かって走ってくる。
「やべえ!?
逃げるぞ!!」
染井が走り出した。
僕も走る。
「「「グシャアアアアアアアッ!!」」」
だが正面の廊下からも3体のゾンビが走ってきた。
その奥にも数体見える。
恐らくさっきのゾンビキャットとの戦いの喧騒を聞きつけて集まってきたんだろう。
この場で戦うのは面倒そうだ。
いったん逃げるか。
「1階はまずい。
2階に急ごう!」
僕がそう呼びかけると、先頭の染井が左に曲がった。
ちょうど階段の登り口だ。
目の前の階段を二段飛ばしで駆け上る。
「!」
だが、2階に上がった矢先、僕は立ち止ってしまった。
2階の廊下は学生服を着たゾンビだらけだったのだ。
10……20体は居る。
そいつらが一斉に僕たちを見た。
「こっち!」
直感的に僕はゾンビが少ない方……階段から見て右の廊下……に向かって走った。
後から染井がついてくる。
廊下に出ると、先で沢山の机が積まれているのが見えた。
あれは恐らくバリケードだろう。
(もしかして……ッ!?)
確信に近い思いでバリケードに近づくと、教室の中に誰か居るのが見える。
明らかにゾンビではない。
「ッ!?」
僕はゴクリ、と生唾を飲み込んだ。
教室の中にいたのは、腰まで伸ばした長い金髪が目立つ、グラビアモデルのようにスタイル抜群な女子高生だった。
もちろん彼女の事も知っている。
(『
彼女こそは、このゲームで僕が一番好きなヒロインだった。
父は百合園グループという大企業の社長であり、母が英国の公爵家の娘という超エリート家庭の生まれ。
ハーフらしく金髪で切れ長の碧眼をしており、スリーサイズは驚異の95・59・90で股下も80センチ。
もちろん頭もいいしスポーツも万能。
とりわけ『フェンシング』では国内三位の実力者だった。
しかも女子高生にして自分のファッションブランドを持つ女社長でもある。
スペックに関しては非の付け所がなかった。
藤原会長と同様、彼女の同人誌も何冊買ったか分からない。
って違う!?
助けを求めるんだ!
つい性欲が勝りがちな自分を反省しつつ、僕は思う。
百合園は戦闘においては染井の次に強いキャラだ。
染井に加えて彼女も加わってくれれば、生き残る可能性はかなり高くなる。
教室の前には大小2つのバリケードがあり、2つ目のバリケードは隙間が板やガラスで埋められていて、向こう側に行くにはよじ登る必要があった。
僕は1つ目のバリケードの隙間を抜けて、2つ目によじ登ろうとする。
「百合園さん!
追われてるんだ!
助けて欲しい!」
同時に僕は叫んだ。
すると僕の声に気付いたのだろう。
教室の中に居る百合園がこっちを向いた。
彼女は傍に立てかけてあったフェンシング用のエペを掴むと、ツカツカとローファーの音を高くしながらこちらに歩み寄ってくる。
(よかった。
これで何とかなる)
僕が安心したまさにその時。
ドン!
半ばバリケードを突破しかけていた僕の胸を、百合園がエペで反対方向へと突き飛ばした。
「うッ!?」
廊下に腰を打ち付けた痛みに顔を歪めながら、僕は百合園を見上げた。
彼女の目つきはとても冷たい。
まるで道端に吐き捨てられた吐瀉物でも見てしまった時のよう。
これに比べたらゾンビの方がまだマシな視線を向けられるだろう。
そんな目だった。
「アナタ、まだ生きてましたのね。
さっさと死んでくださる?」
百合園が僕に言い放つ。
ショック過ぎて何も考えられない。
なんで好きな人からこんな事言われなくちゃいけないのか。
全く分からない。
「百合園おまえ、何してんだよ!?」
染井が言った。
既にバリケードを乗り越えており、百合園の傍に立っている。
「染井。
アナタはよろしいですわ。
わたくしのチームに加えて差し上げます」
「俺だけじゃなくて!
葛山も助けてやってくれよ!
同じ学校の仲間だろ!?」
「仲間?」
そう言うと、百合園がその高い腰に手を当てて僕を睨みつけた。
「絶対イヤですわ。
助けてもどうせ裏切りますし」
「葛山はそんな事しねえよ!
俺もさっきコイツに助けられたんだ!
だから!」
「あり得ませんわね。
どうせ何か企んでるに決まってますわ」
初対面なのになんでこんなに嫌われてるんだ。
思った傍から僕はクズ山の設定を思い出す。
学園長の息子であるクズ山は父親の金や権力を振りかざして『やりたい放題』やっていた。
その『やりたい放題』の中に百合園への強引なアプローチも入っている。
クズ山は百合園を散々ストーカーした挙句、いざ告白してフラれるとその腹いせに金で雇った生徒を使ってSNSで『百合園が取引先相手に枕営業してる』という噂を流しまくったのである。そのせいで百合園本人の名誉はもちろん会社の株価も一時暴落した。
誰が聞いても最悪だった。
逮捕されても当然レベル。
だからイベントが発生してブザマにゾンビに食い殺されるんだけど、今はそんな事考えているヒマはない。
ガッシャアン!!
振り返れば、僕が今抜けてきたバリケードの向こうにうじゃうじゃゾンビが居た。
ざっと見て2…30匹は居る。
そいつらが両腕を振ったり体をぶつけたりして、バリケードを壊そうとしていた。
突破は時間の問題。
このバリケードが崩されれば、10秒掛からず僕は食い殺されてしまう!
「お願い!
もう二度と酷い事しないし、したことは謝るからッ!!」
僕は机に手を突くと、頭を擦り付けるようにして百合園に謝罪した。
次の瞬間。
シュバァンッ!!
百合園が手に持っていたエペの切っ先で僕の手の甲を突く。
「ううううッ!?」
一瞬、自分の手が吹き飛んだかと思った。
それ程の痛みに僕は身もだえする。
百合園のエペは真剣ではなかったが、先端が固い金属で加工されていた。
突かれた手の甲の皮が裂けて血がボトボト床に落ちる。
「そこでお死になさい」
百合園が勝ち誇った顔で言う。
「葛山!?」
染井が叫んで、再びバリケードによじ登ろうとした。
だが百合園が許さない。
彼女は染井の背後に回ると、「ぐあッ!?」その足を掴んで引きずり下ろした。
格闘技の嗜みもあるのだろう。
その細くて長い足で、地面に横たわった染井の背中を足で踏みつける。
「……ッ!」
染井は苦悶の表情を浮かべている。
恐らくゾンビキャットからの連戦でスタミナを使い切っているのだろう。
満身創痍で起き上がれない様子だった。
このゲームの仕様的に『しゃがむ』や『眠る』といった回復のアクションをしない限り、スタミナは復活しない。
更に百合園はスカートのポケットからスマホを取り出し、
「いい事を思いつきましたわ!
アナタの食べられる様を全世界に拡散しましょう!
何人見てるか分かりませんけれど、復讐ですわ!」
そう言って僕にスマホを向けてきた。
(は……!?
僕の死にざまを動画に撮って曝すつもりかコイツ……ッ!?)
この世界で動画サイトがまだ生きてるのか知らないが、怒鳴る訳にもいかなかった。
先ずこの場を何とかしなければ。
「アハハハハハッ!!
面白い余興ですわ!!!」
背後から高笑いが聞こえてくる。
ってか、クズ山もだけど百合園も相当のクズだな!?
ゲームではもうちょっとマシだったのに。
その辺も『インフェルノ』みたいになってるのか?
分からないけど。
そんな事を考えながら、僕はもう一度バリケードを登ろうとした。
だが打たれた手が痛過ぎて机をよじ登れない。
そんな事をしている内にも、
ガシャアンッ!!!
ゾンビたちがバリケードに突進してくる。
今にも崩れそうだった。
奴らが体当たりをするたび、机と机とを留めているガムテープやビニールテープやらがブチブチと音を立てて引き裂けていく。
マジでヤバイ!
このままじゃ僕殺され……ッ!?
そう思った時だ。
ふとゾンビの挙動が気になった。
ってか……なんでこいつらバリケード壊そうとしてるんだ…!?
普通に机の足と足の間を這いずって来れば抜けられるのだ。
そもそも僕がそうやって入ってきたし。
なのに、どのゾンビもバリケードを破壊する事に集中している。
幾ら脳みそ腐ってるからって一人ぐらい入って来てもおかしくない。
更に、
(呼吸……!)
僕は呼吸が回復している事に気付いた。
足の疲れもウソみたいに消えている。
さっきまでへとへとで立っている事すら辛かったのに、8時間熟睡した後みたいに体が軽くなっていたのだ。
現実世界ではあり得ない。
(そっか。
僕は今しゃがんでいた。
難易度や状態異常にもよるけど、この疲労状態は10から20秒ほどしゃがんで待機していれば回復する……!)
僕の一万時間のプレイ経験がどんどん答えをはじき出してくれていた。
僕はバリケードの向こうに群がるゾンビたちを冷静に観察する。
(落ち着け。
僕はこの世界のことを知ってる。
もちろんゲームと完全に同じってわけじゃない。
ステータス画面とかなさそうだし、
マップも少し変わってるような気もするから。
だけど、少なくともゾンビの挙動はゲームと全く同じだし、さっきボスも撃退している。
クズ山はザコモブだけど、全然なんとかなるはずだ)
落ち着いて、脳内でこの状況をシミュレーションし始めた。
僕の見立てでは、この状況でオールステータス1のキャラを使用した場合での生存確率は『99%』。
敵は殆どが最弱の女子高生ゾンビだし、こいつらの挙動はシンプルなものが多い。
バグみたいのもあるけど、僕なら逆にそれも利用できる。
むしろ死ぬ方が難しいくらい。
僕は再度バリケードの向こうを見た。
そこには相変わらず染井の背中を踏みつけたままの百合園がスマホをこちらに向けている。
逆に言えば、アイツに僕の実力を思い知らせる絶好の機会とも言える。
「百合園。
お前のニヤケ面を驚き顔に変えてやる」
僕は百合園に向かって言い放った。
クズ山にも悪いところはあるけれど、コイツのさっきの態度は目に余るものがある。
少し分からせてやろう。
「フ……!
見ものですわね。
せいぜいブザマに食い殺されてしまいなさい」
百合園は勝ち誇った顔で言う。
そういえばクズ山が死ぬはずのイベント発生しないな。
わりかし冒頭で発生するんだけど、会長のイベントとかも無かったし、色々変化が起きてるのかも。
なんて一瞬思う。
「ふざけんな百合園!?
葛山が死んじまうッ!!」
「「「グワシャアアアアアア!!!」」」
染井が叫んだ直後。
最後のテープが引き裂かれ、バリケードが崩壊した。
無数のゾンビたちが僕の肉を貪ろうとして雪崩れ込んでくる。
本来なら地獄のような光景。
だが僕は前へと足を踏み出した。
恐れる事は何一つない。
「よっしゃああああああああッ!!!!」
僕は嬉々として叫び、ゾンビの群れに突っ込んでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます