第4話 ザコモブ、ゾンビを撃退してしまう
ザコモブの僕が今回避できている理由は『一万時間』という膨大なプレイ経験があるから。
正直ゲームならゾンビキャットなんて全く怖くない。
せいぜい最悪のパターンにハマった時に時折死ぬ程度。
だって僕は以前、『オールステータス1』という超鬼畜改造MODを使ってもこのゲームをクリアしている。
それに気付くと、どんどん僕の心に余裕が生まれてきた。
当たれば即死する攻撃が何度も目の前を掠めているのに微笑すら浮かべてしまう。
(こいつの攻撃方法は基本3パターン。
『突進』と『飛びかかり』と『爪攻撃』。
そのうち『突進』と『飛びかかり』は中長距離じゃないと使ってこない。
つまり近距離に居れば必ず『爪攻撃』で僕を切り裂こうとしてくる。
そしてこの『爪攻撃』はいわゆる『自機狙い』。
自機狙いってのはシューティングゲームとかでよくある『自機の今いる座標を正確に狙ってくる攻撃』なんだけど、その正確さゆえにちょっとでも動けば当たらない)
そう考えている間にも2回3回4回5回。
次々襲い掛かる爪の攻撃を、タイミングを合わせるように後ろに退くことで躱し続けた。
これを続けていれば当たる事はない。
ただ不安もあった。
攻撃が早すぎて……いや、僕の動きが遅すぎて反撃ができないのである。
(クソ。
染井なら『受け流し』とか使えるのに)
クズ山に転生してしまった事が悔やまれる。
クズ山の速度では左右に躱すことも難しい。
幸い廊下はかなり奥の方まで続いているので、その間でなんとかできるとは思うけれど……。
「こっちだ!」
なんて僕が考えていると、突然近くで染井の声がした。
振り返る間もなく腕を引っ張られる。
染井が僕を空き教室に引っ張り込んでくれたのだ。
そういえば染井に助けられたっけ。
敵の攻撃躱すのに夢中で忘れてた。
なんて僕が思っているうちにも、染井がドアを閉め鍵をかける。
直後。
バッグォンッ!
間近でショットガンでもぶっぱなしたような音がした。
ゾンビキャットがその巨体でドアに体当たりをしてきたのだ。
でもドアは壊れない。
ドアの真ん中にある窓ガラスが割れただけだ。
それも恐らく演出。
このゲームの仕様で、ゾンビキャットがこのドアを壊すには5回攻撃する必要がある。
バッグォンッ!
なんて思っているうちにも2回目の攻撃がドアを揺らした。
まだ時間はある。
そう思った僕は落ち着いて対処法を考え始めた。
傍に立つ染井を見る。
彼は両手でバットを構えていた。
(2対1なら、より安全にゾンビキャットを倒せる。
さっき僕を助けるために染井がやったのを繰り返せばいい)
仲間が押し倒された時を狙って横から叩く。
それがチームで戦う際の対ゾンビキャット戦の必勝法だ。
ゾンビキャットは動きが素早く攻撃を当てづらいが、攻撃直後の硬直が若干長い。
そこを突く。
(ただこの場合、僕がもしプレイヤーだったらクズ山を囮にする。
なぜなら染井の方が一発の攻撃力が高いし、素早いから打ち漏らしが少ない。
だけど)
ゾンビキャットの3回目の攻撃がドアを揺らす。
(僕が囮になるのはいいとして、染井がしっかり攻撃できるか心配。
ここは染井に囮になって貰った方がいいかな)
そんな風に僕が考えていると、
「俺が囮になる」
言って、染井が僕にバットを手渡してきた。
え。
僕は一瞬驚く。
まさか自分から提案してくるとは思わなかったからだ。
「アイツはめちゃくちゃ速い。
普通にやっても攻撃は当たらないだろう。
だけどさっきみたいな状況なら確実に殴れる。
俺が囮になるから、攻撃されてる所をバットでぶん殴ってくれ」
コイツ頭いいな。
僕は思う。
実際にその作戦でゾンビキャットを殺しまくっている僕とは違って、染井にはゲーム知識が一切ないはずなのだ。
にも関わらずこの短時間でその作戦を思いつき、更には自分の命まで賭けてしまうなんて流石主人公である。
リアルでもこういう奴が主人公なんだよな。
モブとしては、イケメン過ぎてちょっぴり嫉妬しちゃう。
バッグォン!
なんて内心呟いているうちにも、4度目の攻撃がされてドアが半壊状態になった。
もう持たない。
「頼んだぜ相棒!」
染井がドアの直線上に立って言った。
「うん!」
僕も答える。
直後、ついにドアが打ち破られた。
ドアは壁の一部ごと崩され、体長2メートル近いゾンビキャットが教室に侵入してくる。
奴は軽快なステップで、一直線に僕を狙ってきた。
予想通り。
「こっちだ!」
その脇腹に染井が『キック』を食らわす。
途端にゾンビキャットのターゲットが変わって、染井の方を向いた。
染井は走って逃げようとする。
その背を目がけてゾンビキャットが飛びかかった。
「グアッ!?」
鋭い爪の一撃を受け、染井が床に倒されてしまう。
ゾンビキャットが、即座に止めの一撃を食らわそうとする。
そんな奴の背後に走り込んで僕は、
「死ねッ!」
ゾンビキャットの尻に狙いをつけ、冷静にバットで殴った。
「ギャゥンッ!?」
すると、ゾンビキャットがこれまでに出した事のないような弱い悲鳴を上げた。
実はコイツの弱点は尻。
尻尾の付け根辺りにドクドクと脈打つ心臓のようなものが浮き出ているのだが、それを攻撃するのが一番ダメージが大きい。
(もう一発!)
ゴスン!
だが、僕の振り下ろしたバットは床を叩いた。
間一髪でゾンビキャットが横に跳んで躱したのだ。
「ギャルウウウウウッ!!」
ガチャアアンッ!!
ゾンビキャットは怒り混じりの咆哮を僕に吐きつけると、教室の窓ガラスを割って外に逃げていった。
ゾンビキャットは瀕死状態になると全力で逃げようとする。
逃がすと全回復するうえAIが学習して賢くなるので、できれば逃がしたくなかった。
次からは必ず止めを刺したい。
「ハア……ハア……!」
荒い息を吐いて、その場にしゃがみ込む。
疲労が限界だった。
ただでさえすぐにスタミナが尽きるのに、限界まで動いたからだ。
そのせいで、ゾンビキャットにした二度目の攻撃を外してしまったのである。
次からはこの辺りも修正したい。
そう思いながら息を吐く。
(よかった生き残れて。
でもまだ序盤なんだよな……!)
正直、序盤でこのレベルの苦戦はマズい。
敵もヤバイのが沢山出てくるし、状況もどんどん悪化する。
早いところ拠点確保して物資を調達しないと。
後は仲間も増やしてスキル強化もしたい。
その方が圧倒的に楽になる。
そんな風に僕が先の事を考えていると、
「すげえなお前!」
染井が僕の肩を叩いて言った。
「え?」
僕は染井を見上げる。
彼の目は輝いていた。
まるで
「さっきの動きさ!
まるで敵の動きが分かってるみたいだった!
格闘技かなんかやってんのか!?」
染井はやや興奮気味にそう言いながら、シュッシュと後ろに下がって見せる。
日頃褒められた事のない僕は、なんて答えればいいのか分からなくなる。
「あ……爪攻撃よけた時のこと?」
「そう!
カンフーの達人みたいな動きだったぜ!
今の戦い方もすげえ冷静だったし!
とても同い年とは思えねえよ!!
歴戦の傭兵みたいな感じ!!」
染井が僕に言ってくる。
ストレートな誉め言葉を掛けられ、僕は顔が熱くなるのを感じていた。
こんな風に真っすぐに褒められたのはいつぶりだろう。
幼稚園のお遊戯で1位取った時以来じゃないか。
「ま、まあ歴戦って言えば歴戦ではあるかな。
いちおうこのゲーム一万時間プレイしてるし……」
むず痒い気持ちになりながら答える。
ゾンビキャット程度なら正直怖くない。
「一万……何の話?」
すると染井が釈然としない顔で尋ねてきた。
しまった。
この世界がゲームだって知ってるの僕だけだった。
「あ、一万時間ぐらい色々やってて!!」
「なるほど。
一万時間もトレーニング詰んでたのか……!
そりゃつええわけだぜ……!!」
僕が慌てて誤魔化すと、「しかしあの葛山がな。こんな強かったなんて」染井がしみじみと言った。
あながちウソじゃない。
僕の正体だけど、バレたときにどんな問題が起こるか分からないから隠せるうちは隠しておこう。
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