第3話 ザコモブ、ゾンビと戦ってしまう
何が起きているのか分からなかった。
さっきまで横に立っていたはずの会長が押し倒されている。
あんなに強かったのに無抵抗だ。
だって会長には首がないから。
それが意味するのはつまり……ッ!?
「う……ウワアアアアアアアアアアアア!?!?!」
僕は叫び声を上げた。
会長が殺された!?
頭の中が真っ白になる。
「ガッ」
すると会長を貪っていた獣が一瞬こっちを見た。
足が竦み上がって動けない。
なんて思っているうちにもムクリ、起き上がった。
「ヒ……ッ!?」
殆ど同時に僕も振り返った。
そして全力で廊下を走り出す。
(ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイいいいいいいいいッ!!)
そう思っている間にも、どんどん足が重くなる。
息も物凄い切れる。
確かに僕は運動が苦手だけど、幾らなんでももう少し体力があるはず。
(そうか!?
今の僕はクズ山ッ!
クズ山はモブキャラだからステータスの設定すらない!!
だからたぶんスタミナも最低の値になっているんだ!!
こんな体じゃ生き残れないッ!!)
——殺気ッ!?
僕は咄嗟に横に跳んだ。
一万時間のゲーム経験が、この状況で死んだことを思い出させてくれたのである。
時を跨がず、さっきまで僕が居た場所を鋭く巨大な何かが通り過ぎる。
振り返るまでもない。
そこに居たのは、さっきあの強い会長を一瞬でぶっ殺したライオンみたいなゾンビ。
逃げた僕を追いかけてきたのだろう。
僕から5メートルほど離れた場所に陣取り、サバイバルナイフみたいな牙が無数に生えた口をガパッと開けている。
こいつは通称『ゾンビキャット』。
体長およそ1メートル80センチ。
飼い猫がウィルスに感染したゾンビという設定だ。
元々は小さかったが、全身の筋肉が肥大したせいでライオンぐらいの大きさになっている。
スピードが凄まじく早く、通常のダッシュで逃げ切るのはまず不可能。
更にサバイバルナイフのように大きな爪を使った一撃は、当たれば即死。
しかもプレイヤーの視界に入ってない場合『全く足音がしない』というクソ仕様っぷりである。
僕は1万回ぐらい殺されてるのでなんとなく気配で察知したけれど、初見のプレイヤーは100パーセント背後から襲われて即死する。
いわゆる初見殺しってやつだ。
だから会長もカンタンに殺された。
(それはともかくとして!?
こんな所をうろついてていい敵じゃないぞッ!?
本来ボスとして登場する奴なのにッ!!)
ザコモブの体でボスに遭遇とか、どう考えても終了である。
(この世界にやってきていきなり僕殺されるのか!?
これなら現実の方がマシだ!!
山本くんに殴られた方が数倍いい!!)
「グアアアアアアアッ!」
なんて僕が思っているうちにも、ゾンビキャットが唸り声を上げて上体をかがめた。
(『飛びかかり』の姿勢!?)
それに気付いた次の瞬間。
ドンッ!
まるで鉄球でもブチ当てられたような衝撃が僕の肩を襲って、気が付けば床に押し倒されていた。
ズキンズキン! と肩が痛む。
太い爪が僕の肩に食い込んでいる。
そんな事を考えている間にも、ゾンビキャットの大きく開けた口から凄まじい臭気を放つ涎がボトボト垂れて……!
(あ死)
確定した死の光景に、僕は泣き叫ぶ事すらできなかった。
無限に引き延ばされた時間の中で事実のみを観測する。
僕の頭上全体を覆うように、ゾンビキャットの牙が綺麗に並んでいた。
腐って爛れた口内でそれだけがやけに美しい。
ギロチンの刃のようなそれらが、一斉に僕の頭蓋骨をグシャグシャにしようと降りてくる。
——葛山ァッ!!!——
その時、すぐ近くで僕の名を呼ぶ声が聞こえた気がした。
何かがマットレスに衝突したような鈍い音。
同時に視界一杯に広がっていたゾンビキャットの顔が数十センチ横にずれた。
僕の視界に新しく入ってきたのは血塗れの金属バットを持った背の高い男子高校生。
彼は続けざまにもう一発、ゾンビキャットの側頭部にフルスイングを食らわせる。
「グャルウウウウウウッ!?」
すぐさまゾンビキャットが後ろに跳んで距離を取った。
ダメージを食らって『怯み』状態になった時の挙動。
「大丈夫か!?」
黒髪短髪で背の高い男子が目の前に立ち、バットを構えて僕に言った。
彼の事も当然僕は知ってる。
彼の名は『
このゲームにおける男主人公的立ち位置をしており、あの会長と双璧を成す二大チートキャラにして、僕がこのゲームで一番嫌いなキャラだった。
だってカッコ良すぎる。
ゲームでプレイしていた時には普通くらいの見た目に思っていたが、いざ目の前にするとあまりのイケメンっぷりに震えるし、そもそもこのシチュエーションで助けにくるとかカッコ良すぎる。
彼を見ると僕は、ただでさえ無能な自分がもっと無能に感じてイヤになるのだ。
そんな事言ってる場合じゃないけど。
考えながらその場に立ち上がる。
体が軽い。
10秒経ったから、スタミナが戻ったのだろう。
どんなに疲れててもしゃがめば回復するってのはさすがゲーム。
「葛山!
動けるなら一緒に戦ってくれ!
コイツはヤバイ!!」
なんて思ってると染井が言った。
正直あんまり一緒に居たくない奴だけれど、僕の理性は染井と共闘することについて賛成していた。
染井と二人がかりなら、ゾンビキャットに勝てる確率が格段に上がる。
もとよりクズ山の足では逃げきれないし、ここは一緒に戦う他選択肢はないだろう。
一瞬でそう判断した僕は、
「わ、わかったよ!」
はっきり返事をして、立ち上がった。
ゾンビキャットは既に動き出そうとしている。
「来るぞ!」
「グギャアアアオオオウッ!!」
染井の声とゾンビキャットの唸り声が重なった。
ゾンビキャットは左の壁に向かって大きく跳躍したかと思うと、三角跳びの要領で僕目がけて飛びかかってくる。
僕を狙ったのはシンプルに僕の方が弱いからだ。
武器も持ってないし能力値が低い事も見た目で分かる。
考えているうちにもゾンビキャットの鋭い爪が僕を顔面ごと切り裂こうとして振り下ろされた。
「うわッ!?」
余りにも恐ろしい光景に、僕は情けない声を上げてしまった。
だが同時に僕は気づく。
(あれ……!?
避けてるッ!?)
こんな事を考える最中にも、ゾンビキャットは絶え間なく前足を何度も振りかざしてくるのだが、その悉くが当たらない。
クズ山の体は動きが鈍く、水中にでもいるかのように動作が遅いんだけど、それでも回避は容易だった。
なぜなら相手の次の行動が読める。
ゾンビキャットの呼吸。
攻撃のタイミングや方向。
速度と威力。
どう動けば安全に躱せるかまで、手に取るように僕には分かっていた。
まるで武術の達人にでもなってしまった気分。
(なんで……ッ!?)
そう自分に尋ねた瞬間、その理由にブチ当たる。
(そうか……ッ!
僕はこのゲームを知ってる……ッ!!)
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