9話


「ハルト、お前今日は疲れただろう。もう客家で休め、あとの事は俺に任せとけ村長にも俺から話をつけてきてやる。フッ…お疲れさん!」


「ありがとう…ございます。」

 太く強靭な両の腕で背中を叩かれる。

ハルトも動かし辛い身体をエアリスに支えられてキンザンの背中に手を回す。


 背中を駆け抜けてくる痛みと同じくらいに心から込み上げてくるモノがあるが、それでも薄く開くことしかできない糸目に深い色のクマを作って、格上のモンスターと初めての実践的な戦闘、今までの平凡な少年にはあまりにも厳しい試練だった。

顔には数々の疲労感がシワやコケた頬の陰影として描かれている。


 しばしの間誰にも見えない、漢の涙を堪え合った二人は疲れた身体を引きずって村の門を越える。


キンザンは帰り道の途中で外れていき、ハルトとエアリスは一つの家に入って行った。

その後数時間、療養と生活が経ち、家の換気口から白いモクモクとした煙ではない、湯気が立ち上る。


 少しだけサッパリした雰囲気のハルトが村人達がきていた灰色の素朴な服を着て、ベットでなんとなく何もない天井を見つめるために寝転ぶ。


「疲れた、腕がもう上がらないのに、

それよりも…ずっとずっと気になってるんだ、あの時

グリーウルフとの戦闘中、あの大きな木に大きな傷をつける爪だ。体に当たりでもしたらその長さ分、容易く身体を切り裂き、命を刈り取る危険が情報として流れ込んできて、すぐ背後に見えていた、それなのに、


目を閉じていても見えていたのに、目を閉じたり、目を離すわけにはいかなかった。


自分より少し小柄な…光

あの光はまるで小さい太陽…みたいに暖かいモノ…だった気がする。」

ハルトの脳内には元の現実世界で既視感のある似た優しい光のような笑顔をした一人が出てきた。

願望も混ざった予想と同時に別の人間?人間というより獣、猫人間が出てきたが頭から振り払う。


「アレは何なんだ、あの光はなんのスキル?まさか何か別のパッシブ的なやつなのか?

……現状あるスキルの説明文を見てみるか

『ステータスボード:スキル』

『感知スキル』の説明は……自分の一番大切なものを示す?なんか曖昧な言葉だな。」


 そのステータスボードに書かれた一文に、今まで辛い事や苦しい事、互いが互いに自分から全部を共有して、人生を共にしてきた人がせいぜい数時間、命も助けてもらったが一度自分を殺したネコもどきと同じレベルに大切なはずはない、確実に違うと

悶々と漂っていた猫人間を完全に振り払う。




 無地の天井だからこそ綺麗に映っていた、半透明のステータスボードが半分しか無い、正確には半分ほどが何かに埋まっている。ベットの横に立っていただけのエアリスが隠していた。


「半分しか見えないですけど、エアリスさん?」

ステータスボードを半分隠しているのだ、当然埋まっていない方の残った半分がエアリスの顔を隠している、見えないはずなのに何か無言の圧を感じさせる。

「ハルトさん、少しお話が」


 エアリスは神妙な面持ちで顔も向けずに同じ方向を向く待合室みたいに座った。


 寝るための蝋燭のランプが、薄暗く影を作り、顔の前面がどうにも見えずらい、

でも唇だけは見えていた。

赤く明るい水々しい艶のある唇、何度かパクパクと話そうとしたり止めたりして、どこか掠れた声を発した。


「行っちゃうんですよね、」


「…ハイ、エアリスさんも言ってましたよね、あなたの旅の目的はって、」


「そうですね私自身、旅をしてこの村に行き着いた者ですから、言えるような立場ではないんですけど、


貴方が行ってしまうのが嫌です。


もっと長い時間、一緒に居たいです。

でもそれは私の永遠に叶わないモノなんでしょう。」

長い耳にかかった耳飾りをその細い指で触ると、流れのままエアリスからすれば普通の耳をクニクニと短くなるように曲げたり、摘んだりする。



「…こう言うのって言わないほうがいいのかな、ゲームだったら変なフラグが立ったり、後付けみたいな設定が盛り込まれそうな感じだけど、でもこの世界は……


エアリスさん!昏倒無稽な話なんですけど、

俺……俺異世界から来たんです。」


「えーー!!どういう事ですか?異世界って別の世界から来たって事ですよね?

じゃあじゃあ、

本当に勇者様かもしれないって事じゃないですか!」


両手を上に上げて後ろにたじろぐ、ギャグ漫画の住人みたいな驚き方をしてエアリスは『勇者』と言った、

そう言えばハルトが自分のスキルの異変を説明をした時に一度だけエアリスの口から聞いた気がする単語だった。


「いやいやそんな…フラグ的にはあり得るのかもしれない…でも勇者とか全然知らないですよ。」


興奮したエアリスが、今まで何を考えて、風呂上がりからずっと顔を見せないようにしていたのか、忘れたみたいで子供の無邪気な笑顔に戻っていた。

しばしの間エアリスの勇者トークが伸びて、

喋り疲れた様子で息を整えていた、その隙にハルトは大事な話をする。


「俺はコレから厳しい旅になりますよね。」


「なるね。

この世界のことを何も知らないしあのぐらいのモンスターに倒されることはなくても、格上はまだまだいるし、異人種の策にハマれば、多分キミでも。」


覚悟はしていたがいつも優しかったエアリスの経験者だからこその怒涛の責めに、挫けそうになった、それでも責め言葉は終わらない。


「自分のステータスボード変だって言ってたよね?」


「自分の事もわからないのは弱点ですよね。」


「そ、そんな事はないよ!気になったのはね、今の対人戦にはこの魔法、相手のステータスを開示する魔法が主に使われるの。」


白色の発光球が何個か現れると、

エアリスの目の前にステータスボードが現れる。

半透明だから反対からでもなんとなく見えた、圧倒的に少ない数字の量が自分のステータスと同期する。


「私は今日の森に行く途中試しに使って見たの、そこで見えたのは衝撃の2レベル。


なのに30のモンスターを倒した、流石にありえないのレベル差があると攻撃も通りづらくなるし、絶対的にレベル差があるとスキルも効きづらくなるし。


動きだってスキルを使ってたんだよね、でも通常の走りとか、到底2では出来ない動きをしてたの、

だから多分2にしか見えないのに実際は20レベル相当の力を持っている。


それは対人戦闘で騙す力になる。」


今までは自分の弱点だと考えていたものを、ここまで必死に力説されると、

ハルトがなんとなく今まで持っていた、漠然とした不安感がじわじわと知識の雫となって頭に溜まっていくのを感じる。


「だからむしろプラスの要素です。

それと嬉しい報せですよハルトさん、レベル見ましたか?」


「レベル?あ、そういえば!

3 3に上がってます!って事は…」



「多分30レベル。」


今までどんなに経験を積み成長を感じていたのに無慈悲にも変動しなかった、数字の2が変化して、まるで成長を認められた気がした。



『感知スキル』

情報収集、

周囲(練度に応じて変わる範囲)の情報を得て、直接脳にフェードバックする、範囲を拡大すればするほど脳への負担が上がるが、ダメージではなく気力、スタミナを減らすもの。


『再会』

自分の一番大切な者ヘ、の道を示す。


誰だー!!これ以上ハルトに変なフラグ立てる奴は!やめろーー!!

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