第33話:冒険者ギルドⅢ
「ご提案いただいた形で、買い取りをお願いします」
「ありがとうございます……!」
「こちらこそありがとうございます」
フィアナさんが手で小さく丸を作ると、祈っていた先輩の顔つきが変わり、すぐに何かの書類を取り出した。
貴族向けの品を買い取ったのであれば、先方のスケジュールを押さえて、商談を持ち掛ける必要があるんだろう。
リンゴが傷まないうちに、早く交渉したいのかもしれない。
まあ、冒険者ギルドに売却した俺には、もう関係ないことのようにも思えるが……。
今後の売却のことを考えると、なかなかそうも言っていられなかった。
希少価値が高いものとはいえ、トレントの爺さんに栄養剤をあげるだけで、毎日食べきれないほどの量を収穫することができる。
それを値崩れを起こさないように売却できれば、俺の異世界生活は明るい未来が保証されると言っても過言ではなかった。
なぜなら、自由気ままに過ごしていても、金に困ることはなくなるのだから。
大きな収入源を得たと確信した俺は、快適な異世界生活が送られると確信して、すっかりと気分を良くしていた。
一方、フィアナさんは疑問に思うところがあったのか、浮かない顔をしている。
「差し支えなければで構わないのですが……。冒険者ギルドで売買されようと思われた理由をお聞きしてもよろしいですか? これほどトレントの果実をお持ちであれば、普通は商業ギルドに持っていかれると思うのですが」
冒険者でもない人間が、高額取引をするために冒険者ギルドを訪れていたら、そう思われるのも無理はない。
ただ、蒸し返しても良い気持ちにはならないし、フィアナさんに愚痴っても仕方ないことでもあった。
「実は、先に商業ギルドに足を運んだんですが、納得のいく対応じゃなかったんですよね……」
「そうでしたか。商業ギルドのギルドマスターが代わってから、そのような話を聞く機会が増えたので、探りを入れてみるのもいいかもしれませんね」
商業ギルドの経営方針に変更があったのか、一部の人間の対応が悪いだけなのかは、わからない。
ただ、この街を利用する者としては、上の立場の人がまともであることを願うばかりだった。
「俺も一つ質問させていただいてもよろしいですか?」
「どうされましたか?」
「フィアナさんは、貴族の方ですか? 家名を名乗られていましたよね」
「そうですね。私は、ルクレリア公爵家の一人娘になります。ただ、冒険者ギルドに勤務している時は一職員に該当しますので、お気になさらないでください。街に住む方だと遠慮される方も多いのですが、私としましては、身分に関係なく働いているつもりです」
フィアナさんのカウンターが空いていたのは、そういう理由があったからなのか。
貴族令嬢に接客してもらうなんて、一般的な感覚からすれば、恐れ多い気持ちを抱いても不思議なことではない。
まさに、高嶺の花、という言葉がピッタリだと思った。
しかし、フィアナさんは冒険者ギルドの同僚を『先輩』と呼び、身分の差を感じさせないほど打ち解けている。
公爵家という高い地位でありながらも、
「では、硬貨を用意いたしますね。冒険者登録していただけますと、硬貨をお預かりすることも可能ですので、よろしければご検討ください」
そう言ったフィアナさんは、トレントの果実を持って、受付の奥に向かっていった。
冒険者登録を勧めてくれたことはありがたいが、一人で魔物を討伐できない俺にできることではない。
ただ、大金を持ち運び続けるのもリスクがあると思う。
今後も大きな取引を続けるのであれば、なおさらのこと。
変な輩に目を付けられないように注意した方が良さそうだなーと考えていると、人だかりができていた受付カウンターでどよめきが起こる。
「マジかよ……。やっぱり本物の
「一人で討伐するとか信じらんねえよな」
「それよりも売却益を孤児院に全額寄付する方が驚きだぜ」
どうやら向こうの大きな案件にも進展があったみたいだが……。
確かイリスさんが、コカトリスは頻繁に姿を現す魔物ではない、と言っていた。
じゃあ、この人だかりの原因を作った人物は、もしかして……。
聞いたことのある魔物の名前に疑問を抱いた俺は、その冒険者がどんな人なのかを確認する。
同業者からの注目を集め、どや顔を決めて悦に浸る人物。
それは――、
「強き者が弱き者を守るなんて、当然のことよ」
初めて出会った頃のように大人っぽい印象を抱く女性、イリスさんである。
こんなところで何をしているんだろう、と疑問に抱いたのも束の間、すぐに人だかりができていた理由を察してしまった。
「この力は、
「「「おおー……!」」」
イリスさんの言葉に大勢の人が感銘を受ける中、俺だけは真顔になり、心の中で突っ込みを入れていた。
いったいどんな気持ちでその言葉を口にしているんですか、と。
確かに、彼女の言葉に嘘はない。
女神様から授かった力を用いて、コカトリスを討伐したはずだ。
ただ、その女神様がイリスさんである以上、完全に自作自演と言い換えることができる。
まさか自分にチート能力を付与して、俺TUEEEEEを楽しんでいるわけが……いや、さすがにないか。そんなはずはないよな。
女神に対する信仰を広げるために、わざわざ下界で活動しているんだろう。うんうん、そうに決まっている。
まあ、理由は何であれ、彼女の正体を知っている者としては、この光景は見てはならないものだ。
フィアナさんから硬貨を受け取ったら、イリスさんに気づかれる前に冒険者ギルドを離れよう。
しかし、一人だけ浮かない表情を浮かべていた影響か、すぐにイリスさんと目が合ってしまった。
「あっ……」
「ど、どうも……」
こうして俺たちは、互いに望まぬ形で再会を果たすのであった。
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本作をできるだけ長く執筆していきたいなーと思っており、カクヨムコンが終わっても更新を続けられるように頑張っています。
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