第32話:冒険者ギルドⅡ

「本物のトレントの果実だと確認できました。こちらは今の市場を考えると、金貨十五枚の買取になりますが、いかがでしょうか」

「金貨、十五枚……? 金貨十五枚!?」


 聞いていた相場の金貨十枚を超える金額をつけられて、俺は思わず食い気味に聞き返した。


 商業ギルドの最初の査定が銀貨一枚だったことを考えると、あまりにも差が大きい。


 先ほど『トレントの果実は市場に出回らない』と言っていたので、希少価値が高いと判断され、金額を上乗せしてくれたんだろう。


 日本円で換算すると、約十五万円。


 たった一個のリンゴでそんなに高額な取引を行なうとなると、逆に俺が詐欺行為を働いているのではないかと錯覚するレベルだった。


 ここまで大人しくしていたクレアも、さすがに動揺しているみたいで――、


「一枚……二枚……三枚……」


 明らかに現実を受け止めることができなくなり、両手で金額を数え始めている。


 そして、査定金額を伝えてきたフィアナさんも、なぜか動揺していた。


「ご、ご納得いただけませんか? さすがにこれ以上お出しすると、冒険者ギルドに利益が出ない恐れがありますので、買取が難しくなるのですが」


 フィアナさんは正直すぎるのか、交渉が苦手なのかはわからない。


 ただ、市場に流通しない品だからこそ、確実に買い取りたいと考えて、最初から大きな金額を提示してくれたんだろう。


 腹を探り合うような駆け引きをするよりは、ずっといい。


 現在の相場を反映させて、金額を上乗せしてくれたことにも誠意を感じる。


 よって、俺は冒険者ギルドで果実を売買することを決めた。


「実は、買い取ってほしいトレントの果実は一つじゃないんです。この場合だと、全部でいくらになりますかね」


 荷物袋に入っていたトレントの果実をすべて取り出し、一つ、二つ、三つ……と、合計で十三個ものリンゴをカウンターに並べていく。


 リンゴを取り出す度、クレアの手が慌ただしく動き、もはや正確な金額を計算することは不可能。


 今まで誠実に対応してくれていたフィアナさんでさえ、「はえ……」と、言葉にならない声が漏れ、挙動不審になっていた。


「こ、こちらはすべてトレントの果実……ですよね?」

「はい、そうですね。ご確認していただいても大丈夫ですよ」

「い、一応、規則ですので、確認させていただきますね」


 ぎこちない動きを見せながらも、すべて同じように鑑定したフィアナさんは、一気に慌ただしく動き始めた。


 希少価値の高いものをいくつも買い取る場合、どう対応すればいいのか、判断に迷っているんだろう。


 他の受付カウンターにいる同僚の女性を捕まえて、声をかけていた。


「先輩、ちょっといいですか?」

「どうしたの? 今はこっちで大きな案件を取り扱っているから、手が離せな――」

「こっちの案件も大きいんですよ。ほらっ、見てください。本物ですよ。本物のトレントの果実が山盛りです」

「あのね、受付カウンター内で騒がないのは、基本中の基本で――ハエエエエエエエ」


 フィアナさんよりも先輩が動揺したことで、挙動不審な動きが感染するように広がっていった。


 どうやら人だかりができている受付カウンターの方も大きな金額を取り扱っているみたいで、ギルド職員さんたちは、てんてこ舞い状態。


 しかし、誰よりも一番混乱しているのはクレアで――、


「十五枚が十五個……、十五枚が十五個……」


 頭がパンクしたらしく、もはや呪文のようにそれだけを唱えている。


 心配になってクレアの顔を覗き込んでみると、よだれが垂れそうなほど口元が緩み、目が金貨になっていた。


 子供のうちから金銭感覚をマヒさせるわけにはいかないので、無駄な買い物はしないようにしよう。


 まあ、クレアは他人の金を無駄遣いするような子ではないと思うが。


 しばらくしてギルド側の結論が出ると、フィアナさんが急ぎ足で戻ってくる。


「五個まで金貨十五枚、残りの八個は金貨十枚の買い取りでいかがでしょうか。本来いただくはずの買取手数料は、サービスさせていただきます」


 フィアナさんの鼓動が聞こえてきそうなほどの真剣な表情と、相談していた先輩が両手を合わせて祈る姿を見ると、彼女たちの本気度が伝わってくる。


 買取金額に不満もないため、これで断る理由はない。


 丁寧に対応してくれたことを考えると、ありがたい思いでいっぱいだった。


「ご提案いただいた形で、買い取りをお願いします」

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