第31話:冒険者ギルドⅠ

 商業ギルドを後にした俺たちは、街中を歩き進めて、剣と盾の看板を掲げた大きな建物にやってきた。


「ここが冒険者ギルドだよ」


 旅慣れしているとはいえ、初めて訪れた街のはずなのに、クレアはどこに何があるのか理解しているように思える。


 そのことを聞いてみると――、


「アーリィね、実はすっごい方向音痴なの。いっつも目的地と違うところに着いちゃうんだよ。だから、私が宿や店の場所を覚えてるんだー」


 と、街を案内することがクレアの役割みたいだった。


「クレアがしっかりしているのは、そういうところが影響しているのか」

「ええ~。べ、別にしっかりしてるつもりないんだけどな~」


 あまり褒められ慣れていないのか、クレアは嬉しそうな表情を浮かべている。


 時折、大人びた言動を見せるものの、こういうところはまだまだ子供のように感じた。 


「ほらっ、トオル。こっちこっち。冒険者ギルドの中も案内してあげるから」


 急に子供らしさが増したクレアに手を取られ、俺は冒険者ギルドの中に入っていく。


 周囲の様子を見渡しながら、受付カウンターに向かっていくと、一か所だけ人だかりができている場所があった。


 何かのイベントでもあるのか、大勢の人がワイワイと賑わっている。


 その様子が気になるものの、リンゴの買取先が見つからないと死活問題に繋がるため、俺は売却を優先することにした。


 空いている受付カウンターに足を運ぶと、商業ギルドとは真逆の印象を抱く大人っぽい女性が迎えてくれる。


 綺麗な銀色の髪を背中まで伸ばし、冒険者ギルドの制服に身を包むスタイルの良い女性。


 落ち着いた物腰で、穏やかな表情を浮かべていた。


「冒険者ギルドにようこそ。受付を担当させていただくフィアナ・ルクレリアです。本日はどのようなご用件ですか?」


 ルクレリア、か。どうやらダラスさんに続き、この方も貴族のようだな……。


 俺の中に僅かな警戒心が芽生えたが、先ほどのダラスさんと比較すると、その差は歴然。


 周囲の人とも雰囲気が違うし、彼女の言動からは育ちの良さが感じられた。


 第一印象だけでも、圧倒的に冒険者ギルドの方が良いと思ってしまう。


 ……まあ、華のある女性だから、余計にそう思うのかもしれないが。

 

「冒険者ではないんですが、食材を買い取ってもらうことは可能でしょうか?」

「魔物に関連するものであれば、可能です。ただし、冒険者登録されていない場合、数パーセントほど手数料が発生します。一般的な食材でしたら、露店での交渉や商業ギルドに売買される方が多いですね」

「そうですか。では、問題ないと思います。一度、見積もっていただいてもよろしいですか?」

「かしこまりました」


 荷物袋からリンゴを手渡すと、フィアナさんが険しい表情を浮かべる。


「失礼ですが、こちらはどこで手に入れられましたか?」

「トレントの爺……トレントから、直接手に入れました」

「珍しいですね。現在のアッシュリア地方では、見かけることのない魔物と言われております。そのため、トレントの果実が市場に流通することは、滅多にありません。こちらはギルドの規則に則って、本物かどうか確認させていただきますね」

「わかりました。よろしくお願いします」


 フィアナさんが魔道具らしきものを使う姿を見て、俺はこう思った。


 これが正しい対応だよな、と。


 普通に考えて、真っ赤なリンゴというだけで、トレントの果実だと正しく判断できるはずがない。


 それこそ偽造された詐欺の可能性もあるため、本物かどうか確認する必要があるだろう。


 ここまでまともに対応してくれるフィアナさんより、ダラスさんに目利きがあるとも思えない。


 あの人、詐欺行為を働いていたが、逆に被害に遭いやすい人なんじゃないだろうか。


 そんなことを考えていると、クレアにちょんちょんっと服を引っ張られる。


「ねえ、トオル。さっきから不思議に思ってたんだけど、あのリンゴってそんなに高いものなの? 普通のリンゴだったら、銀貨一枚もしないよね」

「まあ、それなりにな。ちなみに、クレアは金貨がどれくらい価値のあるものか知っているか?」

「うんっ。アーリィの目の色が変わる硬貨だもん。あれが一枚あるとね、安い宿だと三日も泊まれて、おいしいものも食べられるんだよ」

「そうだな。クレアは物知りだなー」

「えへへっ、そうかなー」


 純粋な疑問をぶつけてきたクレアから、俺は硬貨の価値を確認することに成功した。


 まだ異世界の物価はわからないが、子供の価値観からすると、安い宿がカプセルホテルのようなものであり、おいしいものがチェーン店レベルのものだと推測する。


 大雑把に換算すると、金貨一枚で一万円程度の価値があると判断して、間違いない。


 つまり、トレントの果実一つで十万円もする計算になるため、貴族向けの品だと言えるだろう。


 この世界は、思った以上に貧困の格差が激しいのかもしれない。


 そんなことを考えていると、フィアナさんの確認作業が終わった。


「本物のトレントの果実だと確認できました。こちらは今の市場を考えますと、金貨の買取になりますが、いかがでしょうか」

「金貨、十五枚……? 金貨十五枚!?」


 聞いていた相場よりも高い金額をつけられて、俺は思わず食い気味に聞き返した。

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