第30話:商業ギルドⅡ

「では、やめておきます」

「良い判断だな、オッサン。金貨一枚の買い取りを断……はっ?」


 唖然とした表情を浮かべるダラスさんに対して、俺は凛とした態度を取った。


 きっとこの人は、田舎から来たオッサンなんてカモでしかない、と考えていたに違いない。


 随分と見積もりの甘い金額を提示してきたにもかかわらず、取引がうまくいかなかったことに心底驚いていた。


「金貨一枚なんですよね。では、他を当たるのでけっこうです」

「しゃ、しゃーねえな。金貨二枚で買い取ってやるよ」

「いえ、大丈夫です。リンゴを返していただいてもよろしいですか?」

「そこまで言うなら、金貨三枚だ。これ以上は無理だぞ」

「取引するつもりはありません。返していただけませんか?」

「わかったわかった。金貨三枚と銀貨一枚で許してやる。これでもう決定、取引成立だ」


 明らかに焦りの色を隠せていないダラスさんは、強引に買い叩こうとしてきた。


 商業ギルドの人間とは思えない愚行を、今すぐ訴えてやりたいところだが……いったん落ち着け、俺。


 ここで問題を起こすのは、さすがにが悪い。


 商業ギルドにまともな人間がいるとは限らないし、裏社会と繋がっている可能性がある。


 周囲の人たちも富裕層である以上、庶民の俺が問題を訴えたところで、イチャモンをつけていると勘違いされる恐れもあった。


 異世界の情報が不足している中で、軽はずみな行動を取るべきではない。


 今後もこの街で物資を調達する予定なんだから、トラブルを避けるに越したことはないだろう。


 幸いにも、まだ荷物袋にトレントの果実はいっぱいあるんだ。


 今回は良い勉強をしたと思って、諦めるとするか……。


 不満を抱きながらも、しぶしぶ身を引こうとした時だ。


 これまでの経緯を見ていたクレアが、頬を膨らませて前のめりになった。


「返してくれないなら、大声出すよ?」


 クレアの咄嗟の行動に驚きつつも、意外に最善の行動なのではないかと思ってしまった。


 子供の大声、それはオッサンが怒るよりも遥かに影響力が高く、ありとあらゆる大人を味方につける可能性があるもの。


 善意の心を持っていれば、たとえ貴族であったとしても、決して無視することはできないだろう。


 少なくとも、この場にいるたちが金儲けしか考えていない富裕層や商人ばかりでない限り、俺たちが不利な状況に陥ることはない。


 商業ギルドも印象が悪くなることは避けたいはずだから、ある程度キチンとした対応を取らざるを得なくなるはずだ。


 その時、詐欺をしようとしたことがわかれば、困るのは俺たちじゃない。


 強引に取引を成立させようとした商業ギルドだ。


「チッ、生意気なガキだな。早く持って帰れよ」


 クレアが機転を利かせてくれたおかげで難を逃れた俺たちは、すぐに商業ギルドを後にする。


 ダラスさんの悔しそうな表情を思い出して、俺はクレアと顔を合わせた。


「よくやったな、クレア。おかげで損しなくて済んだよ」

「ふふんっ。だって、明らかに怪しかったんだもん。あの人、絶対悪い人だよね」

「そうだな。あんな人に関わるべきじゃない。ただ、まずは商業ギルドに足を運ぶべきだと思っていたんだが、当てが外れたみたいだ。他にモノを買い取ってくれそうな大きな店を知っているか?」

「冒険者ギルドだったら、いつもアーリィが素材を買い取ってもらってるよ」

「じゃあ、そっちで相談してみるか。冒険者じゃなかったとしても、素材の買い取りを受け付けてくれることを祈るとしよう」


 僅かな不安を抱きながらも、商業ギルドよりはマシだと信じて、俺たちは街中を歩き進めていくのだった。

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