第5章
第29話:商業ギルドⅠ
防壁までやってきた俺たちは、門兵さんに通行料を払い、街の中に足を踏み入れる。
「ここは豊かな土地が自慢の街、カルミアだ。ゆっくりしていってくれ」
「へえ~。それは素敵な街ですね」
「温暖な気候のアッシュリア地方の中でも、特に大地の恵みに愛されている地域なんだぜ。ガハハハッ」
気分の良さそうな門兵さんに見送られながら、俺とクレアは歩き進めていった。
門兵さんに教えてもらった通り、野菜や果物などの食料を取り扱う露店がいくつも並んでいる。
焼き立てのパンの香りまで鼻をくすぐるため、俺はいろいろな店に立ち寄りたい衝動に駆られていた。
「豊かな土地と自慢するだけあって、食べ物が有名な都市みたいだな」
「気候が安定している地域によくある光景だよ。どこのお店で買ってもおいしい印象かな。このあたりは、きっと商業区だね」
さすがに自分で旅慣れしていると言うだけあって、初めて訪れた街とは思えないほど、クレアは落ち着いた様子を見せていた。
一方、俺は日本と雰囲気が違いすぎて、ついついキョロキョロとしてしまう。
視界の中に店員と客のやり取りが入ってくるが、それらを見る限り、使用している硬貨は銅貨と銀貨ばかり。
ようやく金貨を出している人がいたと思ったら、食材をたくさん買い込んでいたので、この世界でも黄金は価値が高そうだった。
「思った以上に物価は高くないみたいだな」
今の俺の予算は、金貨十枚と数枚の銅貨のみ。
イリスさんの情報では、トレントの果実は一つあたり金貨十枚だ。
とてもではないが、それを露店で交渉して売却できるとは思えなかった。
そんなことを考えていると、お婆さんが営んでいるであろう服屋さんの前で、二人のガラの悪そうな中年男性が難癖をつけている姿が見えてくる。
「おいっ、ばあさん。こんな服が銀貨五枚なんて高すぎやしねえか?」
「バ、バカなこと言うのはやめとくれ。こっちは健全な商売をしているんだよ」
「ただの布切れだろ? 仕方ねえな、俺が銅貨一枚で買ってやんよ」
街の雰囲気を見る限り、あまり治安が悪いとは思えない。
どちらかといえば、二人の中年男性が浮いているように見えた。
その証拠に、見回りをしているであろう三人組の騎士が走ってくる。
「お前等! そこで何をしている!」
「やべえっ、警備兵だ! 逃げるぞ!」
「待てー!」
中年男性の逃げ足は速く、その場に商品を置いていくと、あっという間に人混みの中に消え去ってしまう。
それ見た騎士たちは、周囲に店や人が多い影響か、必要以上に追いかけ回すようなことはしなかった。
「まったく、迷惑な奴等だな。最近、ああいう奴が街を荒らすケースが増えてきていないか?」
「ああ。おかげで治安維持を守る警備の仕事が忙しくなる一方だぜ」
「不思議と減らないんだよな。この間も何人か牢に入れたばかりなんだが」
騎士たちが愚痴をこぼすものの、彼らがいてくれるおかげで、街の治安が維持できているのは間違いない。
その言葉は気になるが、俺は迷惑をかけないように、まともな道を歩むとしよう。
「先に商業ギルドで換金したいんだが、どこにあるかわかるか?」
「たぶん、大丈夫だと思うよ。だいたいどの街でも、商業区の真ん中に建っていることが多いんだって」
「じゃあ、とりあえずそっちの方に向かってみよう。道案内を頼む」
「うんっ」
***
クレアの案内を頼りに歩き続けていると、大きな建物が見えてきた。
「あれが商業ギルドだよ」
硬貨の絵柄が書かれた看板のある建物で、そこには煌びやかな服装をした人や執事やメイドさんの格好をした人が出入りしている。
マダムのような人もいるため、貴族階級の人たちみたいだった。
「なんだか入りにくそうな場所だな」
「私も入ったことはないかな。アーリィは、気分が悪くなるから嫌だって言ってたよ」
冒険者のアーリィが気分を害するということは、ある程度の地位や金を持っていないと、門前払いされる恐れがある。
トレントの果実を売買できる場所は限られていると思い、商業ギルドを訪ねたんだが……。
庶民の俺たちが入るのは、場違いなような気がした。
「まあ、物は試しだ。商業ギルドで交渉してから考えよう」
周囲から浮いていることを自覚しつつも、商業ギルドの中に足を踏み入れて、空いている受付の方に向かっていく。
すると、不機嫌そうな印象を抱く、青い髪の若い男性が迎えてくれた。
受付カウンターに片肘をつき、足を組んだまま座る姿を見る限り、とてもではないが、客をもてなす態度とは思えない。
挙げ句の果てには――、
「はあ~……」
と、大きなため息を吐かれる始末である。
ここまで露骨に嫌な態度を取られると、良い印象は抱くはずがなかった。
異世界の通貨や物価・価値観など、商業ギルドが一番まともな情報を得られると思っていたんだが、どうやら違うみたいだ。
「ああー……、俺はダラス・パルメシアだ。オッサンがなんの用だ?」
やっぱり庶民が来る場所ではないんだろう。
金にならない客の対応は面倒くせえ、と言わんばかりの態度だった。
めちゃくちゃ舐められている気がするが、彼が家名を名乗ったということは、貴族の可能性が高い。
文句を言おうものなら、俺が悪者になりかねない状況だ。
今後、商業ギルドと取引するかどうかは別にして、ひとまず換金することだけを考えよう。
「こちらのリンゴを換金したくて、商業ギルドを訪れました。買い取ってもらうことは可能でしょうか?」
荷物袋から取り出したリンゴを一つ手渡すと、一瞬、ダラスさんは真剣な顔つきになった。
しかし、すぐに呆れ顔を浮かべられ、大きなため息まで吐かれてしまう。
「サイズが小さくて、重みも足りない。まあ、せいぜい
「銀貨、一枚……?」
あまりにも足元を見られた金額を提示されて、俺は思わず聞き返した。
適性な買取額である金貨十枚とは大きく離れているため、これだと詐欺行為と言っても過言ではない。
無論、おっちょこちょいのイリスさんが相場を間違えた可能性もある。
しかし、急に目の色を変えて前のめりになるダラスさんを見る限り、不信感だけが募っていった。
「普通なら、銀貨一枚だ。だが、オッサンは運が良い。たまたま俺の知り合いがこういうリンゴを欲しているんだ。そこなら、金貨一枚で買い取ってくれるぞ」
こういう詐欺があると教えてもらっていなければ、俺はまんまと騙されていただろう。
まさかイリスさんのイタズラに感謝する日が来るとは。
早く換金したい気持ちはあるものの、詐欺に引っかかるなんて、絶対にごめんだと思った。
もはや、商業ギルドを信用することはできないから、まともに取引してくれるところを探そう。
「では、やめておきます」
「良い判断だな、オッサン。金貨一枚の買い取りを断……はっ?」
唖然とした表情を浮かべるダラスさんに対して、俺は凛とした態度を取った。
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