第28話:人間と魔物

 軍隊蜂に護衛されながら山を下りると、一時間半ほどで麓までやってきた。


 ここまで魔物に襲われることはなかったものの、あまり楽観的に考えることはできない。


 道中には骨や毛皮の残骸がチラホラと見えて、戦闘した形跡が残っていた。


 おそらく、軍隊蜂が羽音を強く鳴らしていた影響で、戦闘を避けることができたんだろう。


 蝶や鳥といった動物も見ることもなかったので、周囲の魔物も怖じ気づき、姿を現さなかったみたいだ。


 そんな恐れられているであろう存在の軍隊蜂は、律儀な一面も併せ持っている。


 クレアの歩くペースに合わせて進んでくれていたため、快適な旅を過ごすことができていた。


 でも、それもここまで。先ほどから周囲に花が見られないので、軍隊蜂の縄張りから抜けているはずだ。


 必要以上に軍隊蜂の厚意に甘えると、今度は彼らが人間に襲われる可能性が出てきてしまうのだから。


「後は街道を歩いていくから、このあたりで大丈夫だ。助かったよ」

「蜂さん、ありがとう」

「きゅーっ!」


 街道が見えてきたこともあり、軍隊蜂に別れを告げた後、俺たちは街を目指して歩いていく。


 護衛役として同行してくれているウサ太も、魔物である以上、本当は軍隊蜂と共に別れた方がよかったのかもしれない。


 なぜなら、この世界に魔物と共に戦うテイマーという概念が存在するのかわからないからだ。


 そんなことで俺が戸惑っていると知らないクレアは、子供らしく陽気な雰囲気で、周囲をキョロキョロと見渡している。


「山を下りちゃったら、急にお花がなくなっちゃったね。大きな道に出ても、一つも見当たらないよ」

「街道の整備で手一杯なんだろう。さすがにこんな場所で花を栽培するのは、難しいと思うぞ」

「そうかな。アーリィと大きな道を歩いている時は、何度か綺麗な花を見かけたよ?」

「じゃあ、また運が良いと見られるかもしれないな」

「うんっ」


 ところどころ花が枯れたような跡が見られるので、クレアの言う通り、咲いているエリアはあるんだろう。


 ……まあ、不思議と花だけが枯れているような気がしないでもないが。


「それより、さっき言っていた昔話はどういう話だったんだ? 魔物を飼っている人がいる、とかいう話」

「あれ、トオルは知らないの? けっこう有名な話だよ?」

「俺が住んでいた地域では、聞いたことがないんだ。だから、クレアの知っている話を教えてくれ」

「別にいいけど、そんなに良いものじゃないよ。だって、魔物と仲良くなったお爺ちゃんが裏切られて、食べられちゃうお話だから」


 どうやら本当に良い話ではないらしい。


 魔物と仲良くなった人がハッピーエンドで終わるような話だと思っていたんだが、最悪のバッドエンドを迎えている。


「子供にそういう怖い話をするなんて、意外だな」

「アーリィは、子供に聞かせるためのお話、って言ってたよ。魔物は怖い生き物だから、近寄っちゃいけないことを教えるんだって」


 クレアの話を聞く限り、人類と魔物の間に大きな壁が生じているような気がする。


 魔物を悪だと教える文化が根づいているということは、テイムの能力自体が邪道であり、異端児扱いされるかもしれない。


 イリスさんが街から離れた場所に拠点を用意してくれたのも、そのことを考慮してくれた結果なんだろう。


 トレントの爺さんがクレアを誘惑していたのも、この世界では当たり前の光景であり、俺の考え方が間違っているんだ。


 魔物と人間が仲良く過ごせるはずがない、と。


「でも、トオルたちは大丈夫そうだよね。だって、とっても仲良しだもん」


 ……クレアは適応能力が高いんだな。俺は今、昔話が現実に起きるんじゃないかと、戦々恐々としているぞ。


 拠点に帰ったら、アーリィの姿が見当たらなくなっていた、などという状況に陥らないといいんだが……。


 本当にありそうで怖い。できる限り早く買い出しを終えて、拠点に戻ろう。


「クレアもウサ太と仲が良いから、てっきり魔物と交流したことがあるんだと思っていたよ」

「ううん。なんだかウサちゃんは、他の魔物と違う感じがしたの。普通の魔物って、もっと目が怖くて近寄れないんだもん」


 確かにウサ太は、初めて出会った時から落ち着いた様子だった。


 一方、軍隊蜂は警戒心が強く、俺も威嚇行動を取られた記憶がある。


 トレントの爺さんは死にかけで動けなかったから、出会い方が違っていたら……危なかったのかもしれない。


「こんなふうに魔物を育ててるのは、トオルくらいだと思うよ。アーリィといろいろな街に行ったけど、そんな人は一人も見かけなかったもん」

「そうか。あまり人と関わってこなかったから、知らなかったよ。一応、このことは内緒にしておいてくれ」

「うんっ、わかった」


 クレアの歩幅に合わせて、しばらく歩き進めていると、前方に街が見えてきた。


 魔物から街を守るためか、大きな防壁が建てられていて、威圧感がある。


 しかし、強度が不足しているのか、その防壁の補強工事をしている姿が見られた。


 他国と争っているのか、魔物との戦いを意識しているのかは、わからない。


 ただ、このままウサ太を連れて行くのは、危険な気がした。


 どうするべきか……と悩んでいると、突然、草むらから見知った魔物が飛び出してくる。


「にゃ~んっ」


 イリスさんの飼い猫、エレメンタルキャットだ。


 相変わらず懐いてくれている様子で、俺の足に頭をこすりつけてきている。


 街に着くまでに出会えたのは、運命の巡り合わせかもしれない。


 このままウサ太を連れて進むより、エレメンタルキャットに預けて、面倒を見てもらった方がいいだろう。


「イリスさんが街に行っている間、ここでお留守番をしているみたいだな」

「にゃんっ」

「お利口だな。そのついでと言っては何だが、しばらくウサ太を預かってくれないか?」


 急な話にウサ太が驚くものの、怒るような様子は見られない。


 エレメンタルキャットも状況が理解できているみたいで、ウサ太に顔を向けていた。


「にゃお~ん」

「きゅーっ」

「にゃうにゃう」

「きゅ、きゅーっ」


 何を話していたのかわからないが、うまく交渉してくれたみたいだ。


 凛とした姿を見せるエレメンタルキャットと共に、ウサ太は草むらの方に消えていった。


「さて、俺たちは街に向かうか。……ん? クレア、どうかしたか?」

「うん……。やっぱり魔物は苦手だなーって」

「そうか? エレメンタルキャットは、かなり可愛いらしい魔物だと思うんだが」

「アーリィも、見た目に騙されちゃいけないって言ってたよ。さっきの猫ちゃんは、近づいちゃいけないオーラが出てたし、目がキッとして怒ってたもん」

「どうだかな。クレアが魔物を警戒するように、向こうも同じような気持ちを抱いているだけかもしれないぞ」

「ええー。でも、油断して手を出したら、きっと痛い目を見ちゃうよ?」

「……痛いだけで済めばいい方だな、と思ってしまうあたり、魔物って本当に怖い存在だよな」

「それ、トオルが言う台詞じゃないと思うの」


 クレアの鋭いツッコミを受けながら、俺はクレアと共に街に向かっていくのだった。

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