第24話:ウルフの処理
朝ごはんを食べ終えて、すっかり元気になったクレアは、アーリィの顔を覗き込んでいた。
「アーリィ、まだ眠ってるね。いつもはこうやってすると、すぐに起きるんだよ」
早く目を覚ましてほしいのか、クレアはアーリィの頬をプニプニと触り始めた。
年齢的に考えると、アーリィが起こす側の立場のように思えるが、どうやら違うみたいだ。
そもそも、二人の関係性が気になるところではあるものの……、アーリィが訳ありなこと口にしていた記憶がある。
『心配しないで、クレア。大人になるまで、面倒を見る約束でしょ?』
複雑な事情があるかもしれないので、今は無理に聞かない方がいいだろう。
ひとまず、怪我人をプニプニするのはやめなさい。
「すでにポーションは飲んでいるし、顔色も良くなっている。心配はいらないと思うから、今はゆっくりと休ませてやろう」
「よかった……。ありがとう、トオル」
「俺だけの力じゃない。クレアが頑張ってくれたおかげでもあるし、ウサ太が手伝ってくれたおかげでもある」
「えへへっ、そうかなぁ。ウサちゃんもありがとね」
「きゅーっ!」
褒められたウサ太は、クレアに優しく頭を撫でられて、上機嫌になっている。
昨日、ウルフとの戦いで多大なる貢献を果たしたウサ太は、一番の功労者と言っても過言ではない。
しかし、一角獣を象徴する角が成長していないにもかかわらず、ウサ太がウルフに勝てたことだけは疑問だった。
もともとウサ太が強い魔物だったのか、それとも、テイムのスキルが何か影響を与えたのか……。
相変わらず、わからないことばかりで謎が深まる一方である。
ただ、そんな強い魔物が護衛についてくれるのは、ありがたい限りだ。
「よしっ。現在の状況を把握するために、外の様子を確認しに行くぞ」
「うんっ」
「きゅーっ!」
このままだとアーリィの眠りを妨げかねないので、邪魔をしないように、俺たちは拠点の外に出た。
ウサ太が周辺を警戒してくれているが、近くに魔物がいるような気配はない。
畑を荒らされた様子もなく、魔物の足跡も見当たらなかった。
雨の影響で魔物も身動きが取れなかった……のであれば、ありがたかったんだが。
どうやらそうではないらしい。
拠点の周辺で、明らかに異変が起きている。
「襲ってきた狼さん、いなくなってるね」
「ああ。他の魔物が来る前に処分しておきたかったんだが、遅かったみたいだな」
肉食の魔物が来ていたのか、鳥の魔物がくわえていったのかは、わからない。
ただ、別の魔物にまた襲われるという最悪の自体に至らなくてよかったと思った。
ありがたいことに、雨で魔物の血が洗い流されているため、嗅覚に鋭い魔物がニオイを嗅ぎつけてやってくることもないだろう。
後は軍隊蜂が来るのを待って、周囲の安全を確保できれば、危険は過ぎ去ったと判断しても……。
そんなことを考えていると、クレアの様子がおかしいことに気づく。
「ねえ、トオリュ~。なんだか、すゅごい良い匂いがしゅるよ……」
突然、呂律が回らなくなったクレアは、とある方向に吸い込まれるように向かっていた。
まるで何かに誘われているみたいだな……と不審に思っていると、衝撃的な光景を目の当たりにする。
何やら怪しい花粉のようなものを飛ばすトレントの爺さんが、枝に実らせた紫色の果実、ブドウを餌にクレアをおびき寄せているのだ。
どうして今日はブドウなんだ? と思ったのも束の間、足元に落ちているいくつもの骨に目がいってしまう。
大きさと数から推測すると、消えたウルフの死体を処理したのは、トレントの爺さんで間違いない。
枝を伸ばして回収した後、ペロリと平らげてしまったんだろう。
今まで栄養剤をあげていたから気がつかなかったけど、どうやら雑食の魔物みたいだ。
それを考慮すると、得られる栄養素の種類によって、実らせる果実が変わるのかもしれない。
「トオリュ~、おいしそうなブドウがありゅよ~」
いや、今は余計なことを考えるのはやめよう。
普段は穏やかな表情を浮かべるトレントの爺さんだが、今回は目が本気だ。
クレアが、獲物認定されている……!
「ちょっと待て、クレア。あのブドウはやめておきなさい」
「でも~、おいちそう~」
「落ち着いてくれ。トレントの爺さんもやめてくれ。この子は餌じゃないぞ」
必死の説得を試みると、案外すんなりと諦めてくれたトレントの爺さんは、怪しげな花粉を止めてくれた。
すると、すぐにクレアが正常に戻り、キョトンッとした表情を浮かべている。
「あれっ、トオル? そんな焦った顔をしてどうしたの?」
なお、本人は何も覚えていないみたいだ。
もし目を離している間にこんな状況が生まれていたかと思うと、背筋がゾッとしてしまう。
テイムしている影響なのか、言葉を理解している影響なのかはわからないが、話せばわかるという意味では、ウルフよりも危険度が低い。
ただ……、意外にトレントの爺さんは、怖い魔物なんだと思った。
今後は、無暗に人を襲わないようにしっかりと伝えておくとしよう。
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