第25話:クレア、核心に迫る……!

 物分かりの良いトレントの爺さんは、クレアに枝を伸ばして、ブドウを取らせてあげていた。


 友好関係を築こうと思ったのか、謝罪の意味があるのかはわからない。


 しかし、その光景を見ている俺が一番ビビっている。


 急にトレントの爺さんが牙を剥き、クレアを食べようとしないか、不安な思いで胸がいっぱいだった。


 一方、花粉で誘惑されたことを覚えていないクレアは――、


「木のおじちゃん、ありがとう」


 などと言い、嬉しそうにブドウをもらっている。


 優しく微笑むトレントの爺さんのことが、どうしても不気味に見えてしまうが、襲いかかるような仕草を見せなかった。


 今後、ウサ太が魔物を討伐した際には、トレントの爺さんの食事用として、拠点まで持ち運ぶことにしよう。


 本来であれば、テイムした魔物の餌を用意することは、俺がやるべき仕事だと思うから。


 まあ、打算的な考えもあるが。


「トレントの爺さんが作る果物、めちゃくちゃおいしいんだよなー」


 一足先にブドウを味わう俺は、早くもそのおいしさの虜になっていた。


 果肉が瑞々しく、甘みと酸味のバランスが絶妙で、とても爽やか。


 一粒一粒に小さな幸せが詰まっているといっても過言ではないほど、味わい深い果物である。


 これには、収穫したばかりのブドウを食べるウサ太とクレアも大喜びしていた。


「おいしいね」

「きゅーっ!」


 新鮮な完熟フルーツが毎日食べ放題なんて、最高に贅沢なことだ。


 食料が不足しやすい山では、果物は健康管理に欠かせない貴重な栄養源であると同時に、娯楽でもある。


 トレントの爺さんがいてくれるだけで、異世界生活が充実するような気がした。


 まあ、それはお互い様でもあるが……と思いながら、トレントの爺さんにお礼の栄養剤をあげていく。


 相変わらず、温泉にでも入っているかのような恍惚の表情を浮かべるトレントの爺さんにとっても、これは食事でもあり、娯楽でもあるはずだ。


 思っている以上に俺とトレント爺さんは、良い関係を結んでいるのかもしれない。


 こんな和やかな日々に戻り、のんびりと過ごせるようになればいいんだが……。


 大きな問題が生まれているのも、また事実である。


「早急に物資を調達しないと、マズいことになりそうだな」


 今回の一件で、イリスさんが差し入れてくれた日用品を一気に消費している。


 これからのことを考えると、物資の不足で頭を抱えるようになるのは、明白なことだった。


 アーリィが意識を取り戻したとしても、すぐに活動できるのかわからないので、俺とクレアの分も含めて、三人分の食事を用意しなければならない。


 安静にできる場所を確保するために、ベッドを清潔な状態のまま維持しようとしたら、新しい包帯やタオルを用意する必要もあった。


 しかし、ウルフに襲われたばかりのこの時期に、街に向かうのはリスクが高い。


 出会ったばかりの二人に対して、そこまで面倒を見る必要があるのか……と、自問自答したくもなる。


「……まあ、いろいろと思うところはあるが、良い機会なのかもしれないな」


 乗り掛かった舟という言葉もあるし、どのみち街に足を運ぼうと思っていたところだ。


 右も左もわからない異世界を一人で散策するよりも、同行者がいてくれた方が助かることもあるだろう。


 それにクレアみたいな子供であれば、余計なことを勘繰られる心配も少なくなるからな。


「アーリィの容態を考えると、早いうちに街に買い出しへ行きたいんだが、クレアはこのあたりに詳しいのか?」

「ううん、このあたりは初めてだよ。私もアーリィも他の地域から移ってきたの。でも、あちこち旅をしてるから、だいたいのことはわかると思うよ」

「そうか。それなら、クレアに街の案内を頼もうかな。俺はあまり街に詳しくないんだ」

「うん、いいよ。でも、なんか変だね。トオルはこんな場所に住んでるのに、近くの街のことも知らないなんて」


 クレアの何気ない言葉と、純粋な疑問を抱くようなキョトンッとした表情を見て、俺は言葉を失ってしまう。


 急に痛いところを突かれると、咄嗟の言い訳も思い浮かばない。


 まだまだ子供だと思い、油断していた。


 実は異世界から来たんだ……などと言えるはずもなく、どうやって誤魔化そうか悩んでいると、クレアが何かを察したように笑顔を向けてくる。


「トオルって、恥ずかしがり屋さんの寂しがり屋さんなんでしょ? だから、こんな場所に住んでいても街のことを知らないし、見ず知らずの私たちに良くしてくれるんだよね!」


 子供らしく可愛いらしい発想だが、オッサンにはかなり重い設定だ。


 クレアの言い分が事実だとすると、完全にこじらせていると言えるだろう。


 ただ……昨晩はアーリィとクレアを見て、安心感を抱いていただけに、俺は強く否定することができなかった。


「ま、まあ、そんなところだな」

「やっぱり~! そうだと思ったんだよね! だって、魔物を飼っている人がいるなんて、昔話以外に聞いたことがないんだもん」


 重大な秘密を守った代わりに、大人としての尊厳を失ったような気がする。


 ただ、子供を相手にするなら、逆にそれくらいの方が好印象を抱かれるかもしれないとも思ってしまうのであった。

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