第26話:軍隊蜂と交渉

 物資の調達をするため、クレアと共に街に向かうと決めたものの、すぐに大きな問題に直面する。


 頭突きでウルフを仕留める猪突猛進タイプのウサ太しか、戦闘できるものがいないということだ。


 一応、クレアは魔法使いみたいな格好をしているが……。


「クレアは魔法が使えるのか?」

「うん、ちょっとだけね。まだ戦闘で使えるほど上手じゃないから、アーリィには無暗に使っちゃダメって言われてるけど」


 まだ魔法を習い始めたばかりで、見習いの立場なのかもしれない。


 昨日のウルフとの戦いでも怯えてばかりで、戦闘経験があるとは思えなかった。


 無理に魔法を使わせて暴発すると、悲劇に見舞われる恐れもあるので、やめておいた方が無難だろう。


 ただ、街に向かうまでの間、すべての戦闘をウサ太に任せるというのは、さすがに……。


 そんなことを考えていると、荒々しい羽音を立てて、警戒心を高めた軍隊蜂がやってくる。


「ト、ト、トオル? な、な、何か来ない?」

「山の治安を維持している軍隊蜂だな。彼らは花を大切にする優しい魔物だから、大人しくしていれば、問題はないぞ」

「ぐ、軍隊蜂……?」

「ああ。今朝のパンに使用した蜂蜜も、軍隊蜂が分けてくれたものだ」

「きゅーっ」

「ほらっ。ウサ太も怖がっていないから、心配しなくても大丈夫だ」


 ウサ太が何気ない表情を浮かべる中、荒々しい羽音に怖がるクレアは、俺の体にしがみついてきた。


 子供だと蜂を怖がらない方が難しいよなーと思う反面、これはチャンスだとも思う。


 軍隊蜂は山の平和を守る軍隊であり、縄張り意識がとても強い。


 花を大切にする彼らの性格を考えると、条件次第では、街までの護衛を引き受けてもらえるような気がした。


 ガタガタと体を震わせているクレアには申し訳ないが、アーリィを治療するためには、軍隊蜂と友好関係を結んでもらう必要がある。


 彼らを恐れて逃げる方が危険だから、ここは頑張ってもらうとしよう。


 ウサ太と一緒にクレアをなだめていると、すぐに彼女は軍隊蜂に取り込まれた。


 ブーンッ ブーンッ ブーンッ


 昨日は森でウルフが暴れていたから、初めて見るクレアに対して、強い警戒心を抱いている。


 襲ってくる様子は見られないが、明らかに品定めしていた。


 一方、クレアは冷や汗が止まらない。


 決して軍隊蜂と目を合わせようとせず、必死に腕に力を入れて耐えていた。


 ここまで我慢していれば、軍隊蜂に敵対する気持ちがないことくらいは、十分に伝わるだろう。


 さすがにこのあたりで、助け舟を出してあげたかった。


「警戒する気持ちはわからなくもないが、この子に害はないぞ。俺だけで花の世話をするのは大変だから、しばらく手伝ってもらおうと思っていたんだ。花を荒らすつもりはない」


 襲われないなら何でもします、と言わんばかりに、クレアはウンウンッと頷いた。


 それで納得してくれたのか、僅かに警戒心を解いた軍隊蜂は、アーリィのいる小屋の方に視線を向ける。


「彼女は怪我をしているが、花は荒らしていない。逆にウルフの討伐に貢献して、


 本当はクレアを守ろうとしていただけだが……、物は言いようである。


 結果的に、畑や花を守っていたのも、事実なのだから。


 衝撃の表情を浮かべる軍隊蜂には効果的だったみたいで、一斉に小屋に向けて敬礼して、敬意を表していた。


 純粋な彼らを騙したと思うと、心苦しい気持ちはある。


 しかし、今は背に腹は変えられなかった。


 俺は、絶対に花の栽培量を増やそうと心に決めて、軍隊蜂と交渉を開始する。


「名誉ある負傷をした彼女のために、街に物資の調達に行きたいんだ。軍隊蜂の縄張りの範囲だけでもいいから、俺たちを護衛してくれないか?」


 きっと軍隊蜂にとっては、思いもよらぬ提案だったんだろう。


 みんなが一か所に集まると、身振り手振りで会話を始めた。


 なお、思いもよらぬ提案だと受け取った人物はもう一人いて、つぶらな瞳を向けてきている。


「アーリィのためでもあるんだから、頑張ろうな。クレアには、街の案内や荷物運びを手伝ってもらいたいんだ」

「……うん。がんばるぅ」


 重い荷物を持たせるつもりはないが、包帯やタオルを買い込めば、それだけで手が塞がってしまう。


 トレントの爺さんの一件があった以上、この場所に置いておきたくない、という思いもあった。


 話し合いを終えた軍隊蜂がビシッと敬礼してきたので、交渉成立と見て間違いない。


 涙目でぎこちない敬礼を返すクレアも、心を決めたみたいだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る