第40話:幸せとは
拠点の中に戻ってきた俺は、調理システムを起動させて、アップルパイ風トーストを作り始めた。
といっても、レシピを選択するだけなので、待っていればいいのだが……。
「見てみて、アーリィ。リンゴがどんどん変わってくよ」
「本当ね、不思議なスキルだわ」
今度は俺のスキルに興味を持ったアーリィとクレアがキッチンに立ち、自動で調理されるところを観察していた。
そんな二人と共に暮らそうとしたら、今の拠点だとかなり狭く、プライベートな空間がなくなってしまう。
子供のクレアはともかく、年頃の女の子であるアーリィには可哀想な気がした。
別に街から通ってもらっても構わないが、まだアーリィも病み上がりだし、クレアには住み込みで働くようにお願いしている。
衣食住を提供すると約束した以上、責任を持って用意してあげることが大人というものだ……などという言い訳は、ただの口実でしかない。
実際には、またウルフが襲ってくる恐れがあるので、現役冒険者のアーリィに居座ってもらいたい気持ちが大きかった。
「アーリィの言い方だと、盗賊の毒さえなければ、ウルフは簡単に倒せるみたいな印象を受けたからな……」
「ん? 呼んだ?」
「いや、気のせいだ。何でもないぞ」
こんな独り言も聞こえるような状態では、俺も肩身が狭い。
できるだけ早く増築を検討するべきだろう。
本来であれば、急に部屋を増やしたいと思ったところで、そんな簡単にできることではない。
しかし、【箱庭】には『拠点レベル』が存在しているため、増築できそうな気がしている。
「問題があるとすれば、大量の木材が必要なことなんだよな……」
すでにアイテムボックスの中にかなりの木材があるため、それなりに材料は確保できている。
しかし、これはウサ太の小屋を作るために集めていたものなので、拠点レベルを上げるためには使いにくかった。
現在の状況を踏まえれば、ウサ太の小屋づくりを後回しにして、先に拠点レベルを上げるべきだろう。
最近はクレアとウサ太が一緒に寝ているため、小屋を作る必要性も薄くなっている。
よって、俺は朝ごはんのニンジンを頬張るウサ太と交渉することにした。
「ウサ太。ウサ太用の小屋を作るのはやめて、拠点の中で一緒に生活する形にしても大丈夫か?」
「きゅ~ん……」
ちょっぴり悲しそうな表情を浮かべるウサ太だが、嫌なわけではないらしい。
眉間にシワを寄せて、ニンジンをボリボリ食べながら悩んでいる。
「今はトレントの爺さんも外にいるし、小屋の中にはアーリィもいる。わざわざウサ太が外で畑を守る必要はないと思うんだ」
「きゅ~ん……」
畑のことが心配なんだと思っていたが、どうやら問題はそこじゃないみたいだ。
もしかしたら、単純に自分の小屋が欲しかっただけなのかもしれない。
それなら、別のものを作ってやればいいんじゃないだろうか。
「ウサ太が小屋を諦めてくれたら、後で専用の小さな風呂を作ってやるぞ」
「きゅー?」
「ああー……、魔物には風呂の文化がないのか。風呂っていうのは、疲れを癒す場所のことだな。温かい湯で体の汚れを落とすから、毛並みが綺麗になるぞ」
「きゅーっ! きゅーっ!」
「よしっ、交渉成立だな」
やっぱり自分だけのものが欲しかっただけらしい。
風呂の提案を受け入れて、小屋の建設を諦めてくれた。
これで近いうちに拠点レベルを上げる目途が立ったから……、後は無事に増築されることを祈るしかない。
「トオル~! パンが焼きあがったみたいだよー!」
クレアに呼ばれたため、キッチンの方に向かうと、小麦の良い香りが漂っていた。
今回は蜂蜜も使用したことで、イリスさんと食べたアップルパイ風トーストから進化している。
リンゴやパンにしっかりと照りが出ていて、とてもおいしそうな見た目をしていた。
「良い感じの出来だな。じゃあ、焼き立てのうち食べるとするか」
「うんっ!」
「あ、ありがたくいただくわ」
高級食材に戸惑うアーリィがぎこちない動きでパンを手にする中、俺とクレアは勢いよくかぶりつく。
「リンゴと蜂蜜が合わさると、一段と味わい深いものになるな。甘ったるく感じないのも、食べやすくていい」
「トオルが作るパン、私大好きだよー。だって、おいしいんだも~ん」
「クレアがそう言ってくれると、俺も嬉しいよ」
「えへへっ」
すでにハニートーストを食べていたこともあり、クレアは遠慮することもなく、モグモグと食べ進める。
その姿を見たアーリィは、ゴクリッと喉を鳴らした後、恐る恐るアップルパイ風トーストを口にした。
「~~~!! 至福のひと時ね……」
アーリィが気に入ってくれたのは間違いなく、とてもだらしない表情を浮かべている。
すると、その姿を見たクレアが、俺の方に顔を寄せてきた。
「アーリィね、いつも食べ物には興味ないんだよ? 食べられれば何でもいいからって、パパッと済ませることが多いの」
「なんとなくその姿は想像できるぞ。だが、今のアーリィの表情からは想像できないな」
「うん。あんな顔、初めて見たもん」
すっかりと自分の世界に浸っているアーリィは、アップルパイ風トーストしか見えていないみたいで、おいしそうに食べ続けている。
高額な品を使っているから幸せを感じている……というより、金に困っているみたいだったので、単純に食費を切り詰めていただけのような気がした。
「クレアは今までどうしていたんだ? アーリィに合わせて、簡易的な食事で済ませていたのか?」
「ううん。子供は食べなきゃダメって怒られるの。大人になると、食べる自由を選択できるんだって」
どうやらクレアにちゃんと食べさせるために、自分の食費を削っていたみたいだ。
その反動が――、
「ふわぁー、幸せね……」
これである。
まあ、そんなことに気づいても、クレアに伝えることはできないので、適当に誤魔化すとしよう。
「アーリィくらいの年頃だと、体重が気になっていたんだろう。ひそかにダイエットを頑張っていたのかもしれないな」
「そう? アーリィは太ってないと思うけど」
「自分の評価と周りの評価は違うもんだ。こういうことは、本人には内緒にしておこうな」
「は~い」
納得したクレアが再び朝ごはんを食べ進める中、アーリィはため息を漏らした。
「幸せだわ~♪」
その姿は、たくましい冒険者ではなく、ただの女の子にしか見えなかった。
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