第37話:目覚めたアーリィⅠ
太陽が沈み、疲れ果てたクレアとウサ太が眠る頃。
悪夢から目覚めるようにして、アーリィは勢いよく体を起こした。
「はあ~、よかった……。夢だったのね」
「どんな夢を見ていたのかは知らないが、おそらく現実だぞ」
起きたばかりのアーリィに、俺は現実を突きつけるようにリンゴジュースを手渡す。
彼女が驚愕の表情を浮かべているので、やっぱり悪夢だと信じたかったのは、軍隊蜂が集まってきた光景だったんだろう。
愛くるしいウサ太はともかく、一国の軍隊と同じ力を持つ魔物たちの姿を見て、楽観的な気持ちになれる人なんて、普通はいない。
その証拠に、リンゴジュースを口にしたアーリィは、現実だと理解して大きなため息を吐いていた。
「トオルはどういう生活しているの? いえ、されているんですか?」
「普通に接してくれて大丈夫だぞ。軍隊蜂は、俺が飼っているわけじゃないからな」
「それはそれで怖いんだけど」
でしょうね、と思いつつも、ここで嘘をついても仕方ない。
「俺は気が合った魔物と一緒に暮らしているんだ。だから、軍隊蜂は手懐けているわけではなくて、同じ山に住む仲間みたいなものだな」
「……トオルが口にした言葉の意味はわかるわ。あれほどの数の軍隊蜂に襲撃されていない時点で、それが事実だとも思う。でもね、まったく理解ができないの」
これまでの経験や知識では考えられない体験をしている以上、アーリィが混乱するのも無理はない。
ブツブツと呟き始め、「軍隊蜂が仲間なの? あの危険な魔物と?」と、悩み始めてしまう。
しかし、突拍子もない話を素直に受け入れようとしてくれるだけでも、アーリィは柔軟な思考を持っているのかもしれない。
少なくとも、軍隊蜂の大軍を目の当たりにしたにもかかわらず、錯乱するような様子は見られなかった。
「最初はクレアも戸惑っていたが、今は馴染んでいるみたいだったぞ」
「そう……。話を聞けば聞くほど不安になるけど、悪い話ではない、のよね?」
「たぶんな。どのみち体が治るまでは、遠出することができないんだ。少し気持ちを落ち着かせて、周囲を観察してくれ」
「ありがとう。そうさせてもらうわ。後、遅くなったけど、言っておきたいことがあるの」
真剣な表情を浮かべたアーリィは、下唇を噛み締め、俺に向かって頭を下げた。
「ウルフとの戦いに巻き込んでしまって、ごめんなさい。決して褒められた行為ではなかったと自覚しているわ」
どんな理由があったにしても、アーリィが謝罪するのは、正しい行為だと思う。
生死をかけた戦いを経験した身としては、全員無事だったからよかった、などと、軽はずみな言葉を返すつもりはなかった。
「謝罪は素直に受け取る。でも、責めるつもりはない」
今回の件に巻き込まれたことは不運だったが、結果的に俺は幸運に恵まれたような気がした。
軍隊蜂が街まで護衛してくれたり、商業ギルドでクレアが助けてくれたり、イリスさんに生態調査をお願いできたりと、大きな恩恵を受けている。
ましてや、俺とウサ太は九死に一生を得たといっても、過言ではなかった。
魔物に対する考え方を知らずにウサ太と街まで足を運んでいたら、どんな目に遭っていたかわからない。
もしも『魔物を従える悪魔だ』などと誤解されてしまえば、大変な状況に陥っていただろう。
だから、アーリィとクレアを責めるつもりはなかった。
「アーリィが眠っている間に、俺はクレアに助けられているんだ。だから、お互い様だな」
顔を上げたアーリィは、キョトンッとした表情を浮かべたものの、安堵したのか、大きなため息を吐いた。
「ありがとう……。そう言ってもらえるのであれば、お言葉に甘えさせてもらうわ」
「ああ、気にするな。今はゆっくり休んでくれ」
「ええ。でも、治療費はちゃんと払うわ。さすがに……時間はかかると思うけど」
「クレアも同じようなことを言ってくれたんだが、この山で採れるものを使っているだけで、大したものは使っていないはずだ。俺としては、簡単な仕事の依頼を引き受けてくれた方が助かるよ」
「ダメよ。お金のことはちゃんとした方がいいもの。依頼をくれるのはありがたいけど、それこれとは話が別ね」
アーリィの言いたいことはわからないわけでもない。
むしろ、彼女の言い分は正しいと思っている。
ただ……、本当に大したものは使っていないんだよな。
使用した日用品もイリスさんが差し入れてくれたもので、俺が買ってきたわけではない。
ポーションもベッドもスキルによる恩恵なので、これで治療費を請求する方が罪悪感を覚えてしまう。
値が張るものといえば、トレントの爺さんから採れるリンゴをジュースにして飲んでいる程度だが……。
栄養ドリンクを治療費として請求するのは、なんか違う気がした。
そんなことを考えていると、アーリィにグッと顔を近づけられ、詰め寄られてしまう。
「トオルが私の立場だったら、治療費を払わなくてもいいと言われて、納得できる?」
「……まあ、それもそうか」
「そういうこと。それにね、このジュースには軍隊蜂の蜂蜜が入っているんでしょう? あれは確か、
何気なく使用していた蜂蜜の価値を聞かされ、俺は驚きを隠せなかった。
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