第36話:リンゴジュース
山の麓まで歩き進めた俺たちは、その場でイリスさんとエレメンタルキャットと別れた。
イリスさんはウルフの件を探るべく、周辺の魔物の生態系を調査してくれるらしい。
しばらくはカルミアの街を中心にして、冒険者活動を続けるそうだ。
一方俺たちは、買い足してきた品を拠点に運ぶため、山の中を歩き進めていく。
すると、わざわざ待ってくれていたのか、すぐに軍隊蜂と遭遇した。
彼らも警戒心を強めているみたいで、表情が凛々しい。
周囲の安全を確認した後、ビシッと敬礼してくれていた。
「お勤めご苦労様だな。拠点まで安全に戻れるか心配だったから、帰りも護衛してくれるみたいで助かるよ」
「おつかれさまですっ!」
「きゅーっ!」
クレアも徐々に馴染んできたのか、ウサ太と共に軍隊蜂に素早く敬礼を返している。
今朝のように怯えた様子は見られなかった。
魔物に偏見のある世界で、こうして協力してくれる人が存在するのは、俺にとっても良い傾向だと思う。
たとえそれが、小さな子供であったとしても、嬉しい気持ちの方が大きかった。
***
軍隊蜂に護衛されながら山を登ると、無事に拠点まで戻ってくることができた。
こうして遠出したのは、異世界に訪れてから初めてのこと。
日帰りだったとはいえ、ようやく慣れ親しんだ場所に戻ってこられて、ホッとする気持ちで胸がいっぱいだった。
「慣れるまで買い出しは大変だな」
「そう? 蜂さんたちが守ってくれた分、私は楽だったよ」
「きゅーっ」
軍隊蜂に敬礼をして、護衛の礼を伝えた後、俺たちは拠点の中に入った。
まずは買い足してきたものを机に置き、すぐに使いそうにないものは、アイテムボックスに入れていく。
「ねえ、トオル。この箱、本当に手を入れても大丈夫? 箱の中が真っ暗だよ?」
「心配ないぞ。モノがいっぱい入るすごい箱なんだ」
「ふ、ふーん。なんだか変わってるね」
箱を覗くばかりで、一向に手を入れようとしないクレアを見る限り、アイテムボックスは珍しいものなんだろう。
おそらくイリスさんは、便利という理由だけで、この機能を付けたに違いない。
ありがたいことだけど、オーバーテクノロジーにならないか心配であった。
不穏なことを考えながら収納していると、俺たちの立てた音で目覚めたのか、ベッドで眠っていたアーリィが体を起こす。
思わず、クレアが彼女の元に駆け寄っていった。
「アーリィ、もう起きて平気?」
「うーん……、まだ頭がボーッとするわ」
「じゃあ、ちゃんと寝てなきゃダメだよ」
「これくらいなら、平気よ」
「ダ~メ。調子が悪い時は、お休みする約束でしょ」
普段から二人はこんな感じなのか、どちらが年上なのかわからなくなるほど、クレアが世話を焼いていた。
このままクレアに任せてもいいような気はするが、確認しておきたいこともあるため、俺もアーリィの元に近づいていく。
「クレアの言う通り、今はゆっくり休んでくれ」
「あなたは、えーっと……」
「トオルだ」
「そう、トオル。なんとなくだけど、覚えているわ。確か、ホーンラビットと一緒に助けてくれたのよね」
アーリィがそう口にした瞬間、呼ばれたと勘違いしたのか、ウサ太が勢いよく飛び込んでいった。
「きゅーっ! きゅーっ!」
「あっ、待って。ちょ、ちょっと、くすぐったい。あははっ」
……魔物は人類の敵ではなかったんだろうか。
異世界の住人であるアーリィと魔物のウサ太が、とても仲良くじゃれ合っている。
まるで、生き別れになった飼い主とペットが再会したような雰囲気だった。
もしかしたら、共にウルフと戦ったことで、互いに敵対意識よりも仲間意識の方が強くなっているのかもしれない。
「きゅーっ! きゅーっ!」
「あはははっ、本当に待ってってば。くすぐったいから」
どうしよう、真面目に考察するのが馬鹿らしくなってきた。
このまま放っておいたら、アーリィが笑い疲れる恐れがあるため、いったんウサ太を引き離そう。
「ウサ太のことは、置いといてだな。さっき街まで買い出しに行ってきたんだが、何か食べられそうか?」
「ああー……ううん。まだ食欲はないわ」
「そうか。じゃあ、適当にジュースを作るから、それだけでも飲んでくれ。さすがに飲まず食わずだと、回復が遅れるかもしれない」
「ありがとう。クレアもお世話になっているみたいだし、ベッドも独占しちゃってて、申し訳ないわね」
「気にするな。無理強いするつもりはないが、元気になったら、借りを返してくれればいいさ」
調理システムを起動して、トレントの爺さんからもらったリンゴと軍隊蜂の蜂蜜を使い、アップルジュースを作成する。
リンゴは『医者いらず』というくらい健康的な食べ物だし、蜂蜜は栄養価が高い。
おまけに軍隊蜂の蜂蜜には、薬用成分が含まれているため、回復を早めてくれるだろう。
そして、何よりもこのリンゴジュースで大切なのは――、
「これは俺の分。こっちはクレアとウサ太の分な」
「うん、ありがとう」
「きゅーっ!」
街に行って体力を使った分、俺が飲みたかったんだ。
早速、作ったばかりのリンゴジュースをアーリィに届けると、喉が渇いていたのか、すぐにそれを口にする。
「はぁ~……おいしい……」
よく五臓六腑に染みわたると聞くが、安堵のため息がこぼれるアーリィの様子は、まさにその言葉がピッタリだった。
実際にリンゴジュースを口にすると、彼女の気持ちがよくわかる。
爽やかな酸味とコクのある甘みだけでなく、リンゴと花の香りが鼻に抜けて、とても飲みやすくておいしいジュースになっていた。
「とても良い香りね。それに甘みが体に溶け込んでくるみたいで、不思議な感覚だわ」
「俺もそう思うよ。リンゴの品質が良い影響だと思うが、この蜂蜜も同じくらい良いものだよな」
「……蜂蜜?」
何か疑問を抱くことがあったのか、アーリィが首を傾げる。
それと同時に、今度は軍隊蜂が呼ばれたと思ったのか、窓に群がってきた。
きっと彼らは、リンゴジュースが欲しいわけではない。
花を守ったアーリィが目覚めたとわかり、わざわざ挨拶にやってきたのだ。
イリスさんに魔物の話を聞いた以上、アーリィが混乱しないように、順番に説明しようと思っていたんだが……、もう遅いかもしれない。
急激に血の気が引いたアーリィは、顔が真っ青になっていた。
「このジュースには、軍隊蜂の蜂蜜を使っているんだ」
「あっ、蜂さんだ。蜂蜜入りのジュース、おいしいよー」
「きゅーっ」
「……」
軍隊蜂が敬礼する中、冒険者ギルドで危険な魔物だと認定されている彼らを見たアーリィは、突然のことに意識を手放してしまうのであった。
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