第35話:良くない兆候
イリスさんにクレアを預けた後、俺はタオルや包帯といった日用品や消耗品を中心に買い足していった。
今日中に拠点に戻ろうと思うと、不用意な品を持ち運ぶことはできない。
山を登る必要があるため、できる限り身軽な状況を作ろうと、計画的に購入していった。
そんな荷物で両手が塞がり、買い出しを終えた俺は、街の外でウサ太たちと合流する。
大人しく待ってくれていたみたいで、魔物や人と争った形跡はない。
誰かに襲われないか心配だったが、取り越し苦労だったみたいだ。
ただ、寂しい思いをさせていたのは間違いなく――、
「きゅーっ、きゅーっ」
「にゃ~う、にゃ~う」
ウサ太もエレメンタルキャットも構ってほしいのか、二体とも俺の周りを駆け回っている。
買い出しの荷物で両手が塞がっているため、どうするべきか悩んでいたのも束の間、すぐにイリスさんとクレアがやってきた。
「見てみて、トオル。お洋服、可愛く仕立ててもらったよー」
今まで来ていた服にフリルを付けてもらったクレアは、イリスさんとすっかり打ち解けている。
とても嬉しそうな表情を浮かべながら、クルリッと回り、新しくなった服を見せてくれていた。
「可愛い服に仕上げてもらってよかったな。ちゃんとイリスさんにお礼を言うんだぞ」
「うんっ。イリスお姉ちゃん、ありがとう! 大好きーっ」
「どういたしまして。私もクレアちゃんが大好きよ」
二人の微笑ましい光景を見ていると、異世界は平和だなーと思ってしまう。
「きゅーっ、きゅーっ」
「にゃ~う、にゃ~う」
そんな感情に浸っている暇はないのかもしれないが。
さすがに街の近くで騒ぐわけにはいかないので、上機嫌のクレアにウサ太たちの世話を任せて、街道を歩き進めていく。
ウサ太と違い、エレメンタルキャットはツーンッとそっぽを向いているため、まだ心の距離は遠い。
しかし、チラチラとクレアの方を確認する仕草が見られるので、様子をうかがっているみたいだった。
意外にエレメンタルキャットは、用心深い性格なのかもしれない。
俺と心の距離が近いのは、あくまで助けようとした時の恩を感じているからだろう。
まあ、実際に助けたのは、転移魔法を使ったイリスさんなんだけどな。
そんなクレアたちを眺める俺は、街道を歩きながら、イリスさんにこれまでの経緯を説明し終えたところだった。
ただ、あまり納得していない様子で、彼女は難しい顔をしている。
「冒険者を追っていたとはいえ、あんな場所にまでウルフがやってきたのね」
「そうですね。異変を感じていた軍隊蜂も早い段階で警戒していましたけど、対応しきれなかった印象でした」
「おかしいわね。あのあたりは大勢の軍隊蜂が管理しているから、他の魔物に襲われるようなことはないはずよ。彼らなら快く受け入れてくれて、安全に暮らせると思い、わざわざあの場所を選んだのだけれど……」
おっちょこちょいな性格のイリスさんだが、あくまで女神様であり、基本的には思慮深い……はず。
それを考えると、イレギュラーな状況に陥っていると推測することができた。
「実際に山を下りてみて、軍隊蜂の縄張りはかなり広いと思いました。でも、数日前にも小屋の近くでウルフを見ているんですよね」
「う~ん……コカトリスの一件で終わりじゃなかったのかしら。何だか様子がおかしいみたいね。しばらく周辺を調査して、原因がないか探ってみるわ」
「お願いします。拠点の周辺でよければ、俺も手伝いますよ」
「ええ、その時はお願いね。どちらにしても、今は人為的な問題ではないことを祈るしかないわ」
イリスさんが不穏なことを口にすると、クレアがハッとした表情を浮かべた。
「狼さんに襲われる前に、盗賊なら会ったよ? もういなくなっちゃったけど」
突拍子もないことを口にしたクレアに、俺は思わず首を傾げる。
「盗賊に……? あの日、ウルフに襲われただけじゃなかったのか?」
「うん。盗賊をやっつけた後、すぐに狼さんに襲われたの。最初は獲物を横取りするつもりだったのかなーって思ってたんだけど、なぜかずっと追いかけられちゃって……あっ、ウサちゃん、待ってー」
「きゅーっ、きゅーっ」
走り出したウサ太を追いかけていったクレアからは、それ以上の情報を得ることができなかった。
それに、盗賊に襲われた話となると、子供のクレアには聞きにくい。
被害が出ていなかったとしても、良い話が聞けることはないだろう。
おそらく盗賊をやっつけたというのも、アーリィが命を奪ったという意味だから。
ただ、今の情報だけでも得られることはあったのか、イリスさんは大きなため息を吐いた。
「良くない兆候ね。軍隊蜂のような危険な魔物がいる地域に盗賊がいるなんて、普通なら考えられないことだわ」
「盗賊と見せかけた何かが動いている、ということですか?」
「どうかしら。本当に盗賊がいるだけかもしれないし、裏で糸を引いている人間がいるのかもしれない。現状では判断できないわ。ただ、人類同士の衝突であれば、あまり関与したくはないのだけれど……」
難しい顔で考え始めるイリスさんは、魔物の生態系に変化を与えている現状を危惧している様子だ。
それだけ魔物という生き物は、大きな影響を与える存在だと考えているとは思うんだが……。
「一つお聞きしてもいいですか?」
「どうしたの?」
「この世界には、テイマーと呼ばれる人はいないんですか? 街の中に入っても、魔物を使役するような人は見当たらなかったんですよね」
イリスさんに確認してみるものの、これまでのことを踏まえると、なんとなく想像はついている。
ただ、今後の生活にも影響することなので、ハッキリとした答えがほしかった。
この世界では、俺のように魔物と仲良くしようと考える方が異常なんだ、と。
「先に話しておくべきだったわね。ここまで早く魔物と打ち解けて、街に足を運ぶとは考えていなかったのよ」
「いえ、それは問題ありません。結果的にクレアからいろいろ話を聞けましたし、エレメンタルキャットも力を貸してくれましたので」
「それなら、ある程度のことは理解していると思うけど、ハッキリ言うわ。人類にとって、魔物は敵よ。それがこの世界の共通認識ね」
「そうですか……。なんだかちょっと寂しいですね」
「気持ちはわかるわ。でもね、そのおかげで人類同士の衝突が少ないから、悪い話ではないのよ」
共通の敵がいるうちは、人類同士で争っている場合ではない、ということか。
「もちろん、考え方が変わってきている部分もあるわ。カルミアの街のように、魔物と
「……カルミアの街が、ですか? 街中をウロウロしましたけど、魔物の姿なんてどこにも見当たりませんでしたよ」
「街に魔物はいないわ。共存関係にあるのは、近隣に生息する軍隊蜂のことよ。彼らの縄張りが近くにあるにもかかわらず、街の人たちは、干渉しないように暮らしているでしょう?」
人に害する魔物を駆逐してきた世界では、それと干渉しないことを共存と呼ぶらしい。
手を取り合って過ごすことを共存と考える俺とは、やはり根本的な何かが違う気がした。
「そういう感覚なんですね。人と魔物が手を取り合うような時代が来ることを願うばかりです」
「私は大きく進歩したと思うわ。軍隊蜂はね、それほど危険な魔物でもあるの」
「まあ、強い魔物だとは思いますけど、それ以上に接しやすくて優しい印象がありますね」
「甘い評価ね。群れで動く軍隊蜂は、数が多いほど危険だと判断される魔物よ。あれほど繁殖していたら、一国の軍隊に匹敵すると言われているわ」
軍隊蜂に対する人類の評価を聞かされて、俺は息を呑んだ。
何気なく接している軍隊蜂が、まさかそれほどの驚異的な魔物だったなんて……。
じゃあ、あれか? 俺は山を下りるだけで、一国の軍隊並みの兵力を引き連れていたとでもいうのか?
どうりで魔物や動物に襲われなかったわけだ……と思う反面、過剰な護衛依頼を頼んでいたと知るのであった。
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