第21話:アーリィの治療Ⅰ
膝から崩れ落ちたアーリィを拠点に運んだ俺は、彼女の容態を把握するべく、桶に用意した水で傷口を洗浄していた。
真っ先に出血による貧血を疑ったが、意外に外傷は少なく、どこにも致命傷を受けた様子は見られない。
顔色は悪いものの、普通に呼吸しているため、命に別状はなさそうだった。
もしかしたら、アーリィの手足や防具に付着していた大半の血は、ただの返り血によるものだったのかもしれない。
戦っている最中、彼女が手足を震わせていたことは気になるが、本人も曖昧な表現をしていたことを思い出す。
『思った以上に血を流したみたいで、見た目通りギリギリといったところね』
実際のところはわからないが、アーリィ自身も大量に出血したとは認識していなかった。
ひとまず、衰弱していることは間違いないが、貧血は起こしていないと考えるべきだろう。
それなら、傷口から感染症が広がる方が容態を悪化させる可能性が高まってくる。
ベッドに寝かせるにしても、この拠点には物資が少なく、シーツの替えがない。
清潔な場所を確保するという意味でも、先に患部を洗浄した方がいいと思った。
そのため、身につけていた防具を脱がせ、血や土などの汚れを落とし、傷口を丁寧に洗っているだけなんだが……。
「ト、トオル~……! ダ、ダメなんだよ。寝ている女の人に、そ、そ、そんなことするのは……!」
やましい行為をしていると勘違いされて、手で目を押さえるクレアに注意されてしまう。
なお、目はほとんど隠れておらず、興奮気味に「ハァ~……!」と甲高い声を漏らし、凝視していた。
「きゅ~……!」
そして、なぜかウサ太がクレアの真似をしている。
いったい俺をどういう目で見ているんだ? と気になるところだが、クレアの心に余裕が生まれたみたいで何よりだと思った。
なんといっても、アーリィが倒れた時、一目散に拠点を飛び出したクレアは大粒の涙を流していたのだから。
どうやらアーリィが死んでしまったと誤解したみたいで、泣き叫んでいたのだが……。
まだ生きているとわかると、ゆっくりと落ち着きを取り戻して、今に至る。
「優しくしてあげないと、だよ……?」
顔を赤くしたクレアは、とても恥ずかしそうにモジモジとしていた。
いったい異世界の常識はどうなっているのか、管理者である女神様のイリスさんに問いただしたいところだ。
まだクレアが大人の会話をするのは早いだろ……と、ついついオッサンみたいことを考えてしまう。
「きゅー……?」
一方、ウサ太に関しては、あくまでクレアの真似をしているだけであって、言葉の意味を理解している様子はない。
簡単な言語は理解しても、遠回しの表現はわからない様子だった。
「一応言っておくが、これは怪我が悪化しないように処置しているだけだぞ?」
予め用意しておいたタオルを手に取り、アーリィの怪我した部位にそれを巻いて、包帯の代わりにしていく。
体に負担を減らすため、締め付けすぎないように注意して、丁寧な作業を心がけていった。
それを見たクレアは、治療行為だと理解してくれたみたいだが……。
「~~~ッ!」
今度は自分の過度な妄想に羞恥心を覚えたみたいで、悶絶するようにしゃがみこんでしまう。
こういう時、子供って難しいな。
下手な言葉をかけると、嫌われたり、セクハラ親父だと誤解されたりしそうで怖い。
まあ、誤解は溶けたみたいだから、俺が変に意識するのも良くない気がする。
ひとまず、クレアにも作業を手伝ってもらうとしよう。
「本格的にアーリィを治療するために、俺はポーションを作りたい。傷口にタオルを巻くだけだから、後のことはクレアに任せてもいいか?」
「えっ? あっ。う、うん。わかった。ありがとう、トオル」
「気にするな。今はアーリィを良くすることだけを考えよう」
「……うんっ!」
嫌われなくてよかったーと安堵した俺は、アーリィをクレアに預けて、作業台の前に立つ。
ウィンドウ画面に表示されるレシピを見る限り、傷を癒す薬は『ポーション』と『癒しの軟膏』の二つだけ。
塗り薬の方が効きそうな気はするが、材料不足で作れることができなかった。
今から素材採取に向かうにしても、まだ森にはウルフが迷い込んでいる可能性があるし、負傷しているアーリィと子供のクレアを置いていくわけにはいかない。
それに――、
「雨、か。山の天気は変わりやすいと聞くが、このタイミングで雨が降るとはな」
山の状況は危険だと知らせるように雨が降り始めたため、この場に留まるしかなかった。
今は余計なことを考えずに、アーリィの治療を優先するべきなのかもしれない。
ポーションのレシピを選択して、錬金システムを作動させる。
それと同時に、クレアとウサ太の声が聞こえてきた。
「ウサちゃん。もっとそっちを引っ張って」
「きゅーっ」
どうしてウサ太が協力的なのかはわからない。
でも、二人の息がピッタリと合っているので、気にしないでおこうと思った。
「さあ、俺ものんびり休憩していないで、アーリィの介抱を手伝うとするか」
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