第20話:山の異変Ⅳ

「きゅー!!」

「おいっ、ウサ太!」


 女性冒険者の攻撃をかわしたウルフが降り立った場所は、ウサ太と共に野菜を栽培している畑だった。


 その場所を荒らされると思ったのか、勢いよく飛び出したウサ太は、ウルフに向かって突進してしまう。


 どごーんっ


 まるで、猛スピードの鉄球がぶつかったような破壊音と共に、一体のウルフが吹き飛ばされる。


 その攻撃を見た他のウルフたちは、明らかに委縮して、動きが悪くなっていた。


「マジかよ……。一角獣って、そんなに強い魔物だったのか?」


 ウサ太の角はまだ未熟であり、成長が始まったばかりだ。


 地球の常識で考えても、ウサギが狼に勝てるはずがない。


 しかし、目の前の光景は違う。


 ウサ太のたった一度の突進攻撃で、ウルフは致命傷を負っていた。


 動物と魔物の違いは、思ったよりも大きいのかもしれない。


 憤慨するウサ太は攻撃を止めることなく、吹き飛ばしたウルフに追撃して、畑を守ろうとしていた。


 このままウサ太が押し切ってくれれば、女性冒険者と協力して、ウルフを倒してくれる可能性がある。


 しかし、受け身を取り続ける女性冒険者から、自発的に攻撃するウサ太に標的が変わってしまったら……。


 そんな最悪の未来を思い描いた時、俺は体にしがみついている女の子を自然と引き離していた。


「名前は、クレア、で合っているか?」

「……うん」

「わかった。俺はトオルだ。今から助けに行ってくるから、クレアはここでジッとしていてくれ。できるか?」

「……うん」


 小さな女の子を拠点に置いておきたくはないが、今はチャンスであり、ピンチを招きかねない状況でもある。


 ウサ太が戦いに向かった以上、飼い主である俺が指をくわえて待っているわけにはいかなかった。


 拠点に置いてあるクワを手に取り、女性冒険者の元に向かう。


 クワを大きく振りかぶって、ウルフに対して振り下ろすものの、ザクッと地面に叩きつけるだけ。


 ただ、敵の数が増えて警戒しているのか、二体のウルフは俺と女性冒険者から大きく距離を取り、様子を見ていた。


「大丈夫か?」

「なんとか、ね。普段ならもっと簡単に倒せるはずなんだけど、今はちょっと厳しいわ」

「無理のしすぎだな。俺の名前はトオル。戦闘は専門外で、魔物と戦うのは初めてだ」

「私はアーリィよ。思った以上に血を流したみたいで、見た目通りギリギリといったところね」


 アーリィは気持ちだけで戦っていたのか、やはり貧血に陥っているみたいで、ガタガタと手を震わせている。


 それは、先ほどまでウルフの攻撃をさばいていたことが不思議に思えるほど、ボロボロの状態だった。


「クレアをかくまってもらえる場所を見つけたら、気が抜けちゃってね。自分でも驚くほど情けないわ」

「じゃあ、ウルフを倒すまでは、もう気を抜くなよ。もし倒れるようなことがあれば、クレアが飛び出してくるぞ」

「わかってる。どのみち時間がないもの。少しの間だけでいいから、ウルフを一体引き付けてもらうことはできる?」

「善処するが、保証はできない。まあ、やれるだけのことはやってみるさ」


 魔物と戦って勝てると思うほど、俺は自惚れていない。


 生き残ることを最優先にして、身の安全を守り続けようと考えていた。


「できるだけ早く終わらせて、救援に向かうと約束するわ。だから、それまで耐えて。最後に一つだけ確認したいんだけど、あれはホーンラビットよね。味方……でいいの?」


 ウサ太は一角獣、いわゆるホーンラビットで間違いない。


 ただ、畑を荒らそうとしたウルフに対する突進攻撃は、とてもウサギとは思えない威力だった。


 そして、追撃の頭突きでウルフを圧倒する姿は、完全に魔物としか言いようがなかった。


「きゅー!! きゅー!!」


 今までウサ太をペットや動物というカテゴリーに当てはめていたが、今後は改めよう。


「ウサ太はうちの最大戦力だ。魔物だからといって、手を出さないでくれ」

「魔物を育てる人がいるとは思わなかったわ。でも、今はありがたい限りね……って、もう話している時間はなさそうよ。無事を祈っているわ、トオル」

「そっちも無事でいてくれよ、アーリィ」


 俺たちが気を引き締めると同時に、二体のウルフが動き出す。


 運動音痴のおっさんには厳しい試練だが、俺がウルフを倒す必要はない。


 あくまで時間を稼いで、ウサ太かアーリィが助けに来てくれるのを待つだけだ。


「ガルルルル」

「唸るなよ。怖いだろうが……よ!」


 牽制するようにクワを突き出すものの、絶対に深い追いすることはせず、すぐに手を引っ込める。


 下手に攻撃して隙を作ってしまっては、元も子もない。


 威嚇するウルフに対して、こちらも牽制する程度に留めていた。


 当然、こんな行動は時間稼ぎにしかならないし、ウルフが怯む様子は見られない。


 どれだけ必死に守り続けていても、ウルフがジリジリと距離を詰めて、着実に間合いを支配してくる。


 鋭い爪と牙に、瞬時に加速する脚力、そして、獰猛な唸り声。


「ガルルルル」


 ハッキリ言って、めちゃくちゃ怖い。


 情けないことだが、アーリィとは違う意味で手足が震えてしまっている。


 正直な気持ちを言うと、拠点でクレアと一緒に待っていればよかったと、早くも後悔していた。


 しかし、そんな後ろ向きな気持ちだけここrが埋め尽くされているわけではない。


 後悔と同じくらい大きな気持ちで、希望も抱いている。


 なぜなら、俺には小さな護衛が付いているのだから。


「きゅー!!」


 得意の突進攻撃で突っ込んでくるウサ太に対して、ウルフは警戒していたのか、宙に逃げるように高くジャンプする。


 その瞬間、俺は精いっぱいの力を入れて、無我夢中でクワを振り回した。


「あまりオッサンを舐めんなよ!」


 どごーんっ


 当たりどころがよかったのか、ウルフは勢いよく吹き飛んでいく。


 たまたま木に激突するというおまけ付きで、パッと見ただけでもわかるほど、ウルフは致命傷を負っていた。


 ウルフはぎこちない動きで起き上がろうとしているが、もう脅威的な存在とは思えない。


 追撃を開始するウサ太にトドメは任せて、俺は震えが止まらない自分の手を見つめる。 


「今のは、なんだったんだ?」 


 たった一度の攻撃でウルフを討伐できるほど、俺は力があるわけではない。


 しかし、ウルフに攻撃が当たった瞬間、押し負けることもなく、ほとんど衝撃を感じることもなかった。


 興奮状態だったから、自分の感覚がおかしくなってしまったんだろうか。


 これが火事場の馬鹿力というものかもしれない。


 どちらにしても、生き残れたことによる安堵感で胸がいっぱいだった。


「もう二度と戦いたくはないがな……。あっ、そうだ。アーリィは?」


 冷静になった途端、アーリィのことが気になり、そっちに目を向けるが――。


 ドサッ


 ちょうどアーリィも戦いを終えたみたいだ。


 満身創痍になりながらも、ウルフを討伐したアーリィが温かい視線を向けてくれていた。


「情けない姿ばかりを見せているわね。先を越されちゃったわ」


 お互いに無事で何よりだ……と思ったのも束の間、アーリィは膝から崩れ落ちてしまう。


 致命的な怪我を負った様子は見られない。


 ただ、とてもではないが、無事とは思えなかった。

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