第19話:山の異変Ⅲ

 窓から女性と女の子の姿を確認した俺は、詳しい状況を把握するため、目を細める。


 何かから逃げているかのように慌てていて、まっすぐこっちに走ってきていた。


 一人は十歳くらいの小さな子供で、魔法使いのような格好している。


 茶色い髪が肩まで伸びていて、手には金属製の杖を持っていた。


 もう一人は大人びた女性で、革で作られた装備を着用している。


 赤色の髪を後ろで結び、荷物袋と剣を持ち、何度も振り返って背後を警戒していた。


 やはり軍隊蜂が慌ただしく動いていたのは、山の異変を察知していたからで間違いない。


 すでに女性冒険者は戦闘した形跡があり、怪我を負っている。


 彼女たちが追われるように逃げているのであれば、まだ戦闘は終わっていないと考えるべきだろう。


 そんなことを考えていたのも束の間、遠方から三体のウルフが追いかけてくる姿を黙視することができた。


 以前、森の中で見たウルフよりも獰猛で、異様に興奮しているように見えるが……。


 今は余計なことを考えるべきではないな。


 耳をピクピクと動かして警戒し始めたウサ太を制止して、俺は拠点の扉を開ける。


「こっちだ! 早くこっちに来い!」


 ウルフとの距離は、まだある。


 こっちにウルフを追い払うだけの戦力がない以上、今は拠点に立てこもって、やり過ごすしか道はない。


 軍隊蜂が異変に気づいて、援軍に来てくれるまでの間であれば、何とか持ちこたえることができるだろう。


 ウルフを挑発して引きつけられれば、トレントの爺さんが逃げる時間も稼げるはずだ。


 しかし、俺の思惑通りの展開になることはなく、女性冒険者は立ち止まってしまう。


 無人の小屋ではないと知って安堵したのか、僅かに頬を緩めた後、再び表情を引き締めて背を向けた。


「おいっ、何してるんだ! 早くこっちに来い!」

「その子をお願い。私はウルフを仕留めるから」


 荷物袋を投げ捨て、剣を構えた女性冒険者は、ウルフと戦うことを選択する。


 一方、一緒に逃げていた小さな女の子は、不安な表情を浮かべて立ち止まった。


「アーリィ、一人はやだよ?」

「心配しないで、クレア。大人になるまで、面倒を見る約束でしょ?」


 ウルフが近づいてきているため、ゆっくりと話している時間はない。


 アーリィと呼ばれた女性冒険者の背中を少し眺めた女の子は、必死に涙をこらえて、俺の方に飛び込んできた。


「大丈夫か?」


 女の子はコクコクと頷いた後、手を震わせながら、俺の体にしがみつく。


「よしっ、強い子だ」


 少しでも落ち着くようにと、頭を撫でてやることしかできない。


 今は女性冒険者が戦いに専念できるように、この子をしっかりと匿っておこう。


「ウサ太も前には出るなよ。こっちにウルフが襲ってきたら、扉を閉めるからな」

「……きゅっ」


 警戒心を強めるウサ太を気にしている間に、状況は変化する。


 追いついたウルフが、勢いよく女性冒険者に襲い掛かった。


「はああっ!」


 正面から迎え撃った女性冒険者は、ウルフの攻撃をさばくものの、かなり押されているように感じる。


 どうやら腕や足に負った怪我の影響が大きいみたいで、本来の力を発揮できていない様子だった。


 防具にもたくさん血が付着しているので、貧血状態に陥っているのかもしれない。


 両手にグッと力が入る女の子も、かなり厳しい状況であることは理解しているように思う。


「アーリィ……」


 彼女を助けてやりたい気持ちはあるが、俺が戦闘に参加したところで、足手まといになるだけだ。


 ましてや、俺には獰猛な魔物を相手にする勇気なんて存在しない。


 いつでも拠点の扉を閉められるようにして、ウサ太と女の子と共に籠城する準備をしているだけだった。


 ハッキリ言って、勝ち目がない。


 このまま不利な戦況を見守っていれば、いずれ……。


 不吉な光景が頭によぎると、女冒険者が勢いよく振った剣に押され、一体のウルフが大きく距離を取った。


 その瞬間、状況が一変する。


「きゅー!!」

「おいっ、ウサ太!」


 攻撃をかわしたウルフが降り立った場所は、ウサ太と共に野菜を栽培している畑だった。


 その場所を荒らされると思ったのか、勢いよく飛び出したウサ太は、ウルフに向かって突進してしまう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る