第18話:山の異変Ⅱ
拠点の中に戻ってきた俺は、丸太運びで腹を空かせていたので、軍隊蜂が持ってきてくれた蜂蜜でハニートーストを作っていた。
トレントの爺さんの知識によると、軍隊蜂の蜂蜜はとても栄養価が高く、美味なものである。
その人気がどれくらいあるかというと――、
「きゅーっ! きゅーっ!」
食べたことがあるであろうウサ太が催促してくるレベルだった。
もしかしたら、花の栽培に協力する魔物たちは、軍隊蜂の蜂蜜の虜になっているのかもしれない。
「ニンジンと蜂蜜は合わないような気がするが、蜂蜜とパンは相性がいい。そういえば、トレントの爺さんがくれるリンゴとも相性がいいんだよなー」
まだまだ食材の種類は少ないものの、甘味が手に入っただけで、ついついワクワクしてしまう。
疲れた時は、甘いもの。頑張ったご褒美にも、甘いもの。お祝い事にも、甘いもの。
今や女性だけではなく、男性も甘いものが好きな時代であり、人類は皆、甘いものが――。
「きゅー!!」
どうやら人類だけでなく、魔物も甘いものが好きみたいだ。
軍隊蜂の蜂蜜が早く食べたいみたいで、ウサ太は怒っているように見える。
本当はウサ太と一緒に食べようと思い、ハニートーストができるまで待ってもらうつもりだったんだが……、仕方ない。
あまり怒らせるわけにはいかないので、先にウサ太の分の食事を用意するとしよう。
受け皿にたっぷりと蜂蜜を垂らした後、その隣にニンジンを添えて、ウサ太に差し出した。
「きゅっ」
先ほどまでの苛立っていた姿は、いったいどこにいったのやら……。
目の色を変えたウサ太は、クンクンッと蜂蜜の香りを何度も確認していた。
危険があるものか判断しているのか、魔物の習性でニオイを確認しているのか、意外に食通で香りを楽しんでいるのかは、わからない。
ただ、蜂蜜の香りに納得したみたいで、小さな舌を出したウサ太は、可愛らしく舐め始めた。
「きゅ~……」
目を閉じて味わう姿は、幸せなひと時を過ごしているように見える。
殺伐とした戦いがある山の生活において、軍隊蜂の蜂蜜は、魔物も楽しみにするほどの癒し食材だったみたいだ。
ウサギは嗅覚の鋭い動物だから、蜂蜜から漂う花の香りに敏感で、余計に幸せを実感しているんだろう。
「きゅ~……」
そんな軍隊蜂の蜂蜜に癒されるウサ太を見て、俺も癒されるのであった。
魔物と一緒に暮らす生活っていいよなー……と、ウサ太を眺めていると、調理システムのカウントが終わり、ハニートーストが完成する。
「ようやく完成したみたいだ。どれどれ~……おっ、なかなかおいしそうだな。蜂蜜の照り具合が最高だ」
カリカリに焼かれたトーストが、光を反射するようにハチミツを纏っている。
小麦の香りが芳ばしく、シンプルながらも良い具合でできていた。
早速、一口ガブリッと食べてみると、何とも不思議な感覚に包まれてしまう。
花の香りが一気に広がるものの、決して草っぽい味ではなく、蜂蜜の甘みをしっかりと感じる。
パン全体に蜂蜜が染み込んでいることもあり、噛めば噛むほど優しい甘さと花の香りがにじみ出てきて、とても味わい深いものになっていた。
よく『春を食べている』という言葉を耳にするが、それとは少し違う。
広大な土地に咲く花々に包み込まれているような感覚で、花畑を独り占めしているような感覚だった。
「これはウサ太が催促する気持ちや、軍隊蜂が蜜を集める気持ちがわかる気がするよ」
「きゅ~」
蜂蜜の甘さと花の香りを楽しみつつ、ハニートーストを満喫していると、徐々に軍隊蜂のことが気になり始める。
小さな体をしているものの、群れで行動することが多く、とても強い。
ウルフが怯えて逃げようとした場面も目撃したし、あっという間にそれを退治するくらいだから、山に異変が起きていたとしても、心配する必要はないだろう。
「どちらかといえば、拠点の中に避難しているとはいえ、逃げ場のない俺たちの方が危険だよな……」
元サラリーマンの俺と、草食動物……もとい、ウサギの魔物である小柄のウサ太、そして、動けることが発覚したご老体のトレントの爺さんである。
控えめに言って、とても頼りないパーティだ。
戦闘コマンドが『逃げる』と『隠れる』しか思い浮かばない。
といっても、ウサ太とトレントの爺さんは、今まで無事に生き延びてきた実績がある。
俺はまず、自分のことを優先して考えるべきだろう。
異世界で素材集めを頑張っている分、徐々に体力と筋力はついてきていると思うが、それだけで戦闘力が身につくはずがない。
仮に軍隊蜂と戦おうとしたら、あっという間にやられてしまう気がした。
この山で持ちつ持たれつの関係を築いているのであれば、他力本願でもいいのかもしれない。
安全な異世界生活を送り続けるために、今以上に魔物と親しくなり、守ってもらうことに徹した方が安全に過ごせると思う。
「今まで以上に花の栽培に貢献して、軍隊蜂に護衛してもらう方が無難だな。ウサ太が護衛してくれると、一番ありがたいんだが……」
「きゅーっ!」
任せろ、と言わんばかりに表情を引き締めたウサ太に返事をされてしまうが、さすがにその役目を求めるつもりはなかった。
「冗談だ。ウサ太も守られる側だから、無理はするなよ」
「きゅー!! きゅー!!」
しかし、俺の言葉に反発するかのように、ウサ太が怒り始めてしまう。
魔物のプライドによるものなのか、頼りにされたことが嬉しかったのか、テイムされると守りたいという感情が芽生えるのかは、わからない。
実は、すでに護衛しているつもりだった可能性もあるので、不用意な発言は控えようと思う。
「じゃあ、これからはウサ太を頼りにさせてもらうよ」
「きゅーっ!」
ウサ太の機嫌が治ったところで、軍隊蜂が戻ってきていないか確認するため、窓の外を眺めてみる。
いつもと同じ景色が見えるだけで、特に異変を感じることはない。
あえて言えば、軍隊蜂や鳥といった生き物が見当たらなくて、寂しい印象だった。
「そういえば、トレントの爺さんが知らないうちに拠点の裏側に移動しているな。基本的には、木に擬態して身を隠しているだろうから、心配はいらないと思うが……んっ?」
窓から視線を外そうとした時だった。
遠くの方に、慌ただしく走る女性と女の子を見つけたのは。
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