第17話:山の異変Ⅰ
移住してきたウサ太のために小屋を作ることにした俺は、近くの森で木材を調達していた。
使用用途が多い木材は、何度運んでも不足しがちで、余ることはない。
拠点のレベルアップにも必要な素材なので、積極的に集めるようにしている。
「ウサ太の小屋に使うのは、もったいないような気もするんだけどな……」
俺が暮らしている拠点で一緒に生活すれば、わざわざウサ太用の小屋を作る必要はない。
しかし、外で生活してきたウサ太にとって、ドアも窓も閉められた拠点の中で過ごすことになると、大きなストレスを受ける恐れがあった。
自分で巣穴を掘っていたくらいだし、これまで自由気ままに行動するところを何度も見たことがある。
今も木材の調達を手伝ってくれる様子はなく、ウサ太は別行動を取っていた。
まあ、体の小さなウサ太が木材を運ぶことは難しいから、仕方ないことだとは思うが。
今後は、雑草を抜いたり、野草を採取したりするような仕事を手伝ってもらうとしよう。
「力仕事は、俺の役目になりそうだな。他の作業の負担を減らせるのであれば、結果的にはメリットの方が大きくなるだろう。よしっ、今まで体に大きな負担がかかると避けていた丸太を運ぶとするか」
まだ少し筋肉痛の体に鞭を打ち、両手で抱えられるほど大きい丸太を抱えて、拠点まで運ぶことにした。
魔物たちが暴れてできたであろう丸太なので、尖っていたり、ゴツゴツしていたりしていて、持ちにくい。
それでも、雨で濡れていたり、腐敗したりしていないため、山暮らしには欠かせない貴重な資源だと思った。
「無理に力仕事をして、腰を痛めたらシャレにならないけどな」
水汲み作業といい、丸太運びといい、見た目以上に体に負担のかかる作業ばかりだが、愚痴をこぼしていても仕方ない。
そろそろ錬金システムでポーションを生成して、どれほど筋肉痛や疲労回復に効果があるのか試してみるのもいいだろう。
「……もし効果がなかったら大変だから、ほどほどにしておこうかな」
ちょっぴり不安な気持ちを抱きながらも、何度も運搬作業を繰り返した俺は、十分な資源を得ることに成功する。
これでウサ太の小屋を作っても、しばらく困ることはないくらい木材を集められたはずだ。
「後は鍛冶システムを起動させて、レシピを選ぶだけだ」
「きゅーっ!」
なお、作ってもらう本人は調子が良いもので、素材を集め終えたところで近寄ってきた。
小腹でも空いたのか、いつもと同じ野草をパクパクと口にしている。
「ウサ太はその野草、
「きゅーう?」
突然、以前のような不思議な感覚に襲われた俺は、ウサ太と共に大きく首を傾げた。
ウサ太をテイムした際、確かに地理と植物についての知識を得たが、かなり簡易的なものだったはず。
それなのにもかかわらず、属性や効果だけではなく、成分まで認識できるほどの詳細情報がわかるようになっている。
「いったいどうして……。いや、まさかな……」
ニッコリと微笑むトレントの爺さんの視線を感じた俺は、【箱庭】を起動させる。
そこには、ウサ太のアイコンと共に、トレントの爺さんのアイコンまで存在していた。
「どうやら栄養剤をあげた行為が、テイムの扱いになったらしい」
今朝のことを思い出す限り、畑の前でウサ太と話していた段階では、まだトレントの爺さんをテイムしていなかった。
なぜなら、ウサ太が移住するために運んできた木の実が何なのか、その時はわからなかったからだ。
しかし、今は『ムクロージーの実』という石鹸の代わりになるものだと、ハッキリと理解することができる。
おそらく、トレントの爺さんをテイムしたことで、植物の詳しい情報を得られるようになったんだろう。
「どうやらテイムが発動する条件があるみたいだな」
ゲームでよくある展開としては、戦闘で勝ったら仲間になるパターンだが、ウサ太もトレントの爺さんもそれには当てはまらない。
そうなると、一定以上の好感度を得られた場合にテイムが発動する可能性が高かった。
しかし、それが正しいテイムの仕方だとすると、一つの疑問が生まれてくる。
「どうして軍隊蜂はテイムされないんだ? 花の栽培を通じて、かなり親睦を深めているはずなんだが」
そんなことを考えていると、いつもと様子の違う軍隊蜂たちがやってくる。
みんなで鮮やかな淡黄色のバケツを持ち、中身をこぼさないようにゆっくりと移動して、俺の元にやってきた。
「これは……、蜂蜜か!」
淡黄色のバケツの中に並々と入っているのは、花の香りがとても強い天然の蜂蜜である。
バケツの素材に使われているのも、軍隊蜂たちが作ったであろう
異世界での価値はわからないが、ニホンミツバチが作る天然の蜂蜜は、かなり高価なものだった気がする。
それに類似するものをバケツいっぱいにもらうのは、さすがに気が引けてしまった。
なんといっても、軍隊蜂の蜂蜜はビタミンやミネラルといった栄養価が豊富で、花やハーブから抽出したエキスが溶け込んでいる。
その効果は幅広く、鎮痛作用や解毒作用だけでなく、炎症を抑える働きがあり、火傷や怪我に有効……って、情報量が多いな。
これもトレントの爺さんの知識のおかげか。
ブーンッ ブーンッ
呑気なことを考えていると、早く受け取ってほしい、と言わんばかりに羽音で焦らし始めてきた。
「本当にこんなにもらってもいいのか?」
軍隊蜂がコクコクッと頷いてくれているので、ありがたく頂戴するとしよう。
これもこの山のルール、持ちつ持たれつの一環なんだと思う。
「ありがとう。これからも花の栽培に尽力を注ぐよ」
軍隊蜂も納得したみたいで、蜂蜜を受け取ると、ビシッと敬礼してくれた。
トレントの爺さんのリンゴもそうだが、山で生活を続けていくのであれば、軍隊蜂の蜂蜜も貴重な食材になる。
イリスさんが持ってきてくれたパンとも相性が良いだろうし、とても素敵な贈り物だと思った。
今日の昼ごはんはこれで決まりだな、と思っていると、仲間を呼びに来たのか、遠くから一体の軍隊蜂がやってくる。
何やら慌てた様子の軍隊蜂は、身振り手振りで状況を伝えると、急ぎ足で仲間たちと共に森の奥に消えていった。
「あんな姿を見たのは、初めてだな。軍隊蜂の縄張りの中で、何か問題が起きたのかもしれない。今日は拠点の中で過ごした方が良さそうだ」
役目が分かれているこの山において、非戦闘員の俺が出しゃばるわけにはいかない。
あっさりとウルフを討伐するくらいには強い魔物なんだから、山の警備は軍隊蜂に任せて、大人しく過ごさせてもらうとしよう。
今の状況で俺が軍隊蜂にしてやれることは、不要な外出を控えて、迷惑をかけないことだと思うから。
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