第3章
第16話:見晴らしのいい景色を遮る魔物
窓から差し込む日差しで目が覚めた俺は、拠点の外に出て、爽やかな朝を迎えていた。
「ああ~、ぐっすりと眠れたなー」
昨夜はイリスさんが差し入れをしてくれたおかげで、食事をしっかり取り、気持ちよくベッドに入ることができた。
まだ筋肉痛は残っているものの、体を動かす分には何の問題もない。
一晩ぐっすりと眠るだけでも、かなり疲労が取れた気がする。
そのため、朝一番で畑の様子を見に来たのだが――。
「ウサ太は早起きだな」
「きゅーっ!」
すでに雑草を掘り起こし、畑仕事を始めるウサ太の姿があった。
花の栽培を手伝っている影響か、手慣れた様子で雑草を抜くウサ太は、テキパキと働いている。
しかし、人間のように理にかなった行動を取るわけではない。
抜いた雑草を散らかしてしまう癖があるみたいなので、そのあたりは俺がフォローするしかなかった。
ウサ太の抜いた雑草を処分するため、それらを一か所に集めると、小さな山ができてしまう。
「急激に雑草も生えてくるみたいだから、やっぱり栄養剤の使い方には注意した方が良さそうだな」
昨日、畑に使った栄養剤は、すぐにニンジンの芽が出るほどの優れものだ。
山で暮らす以上、食糧問題を解決する方法を持っていても損はないとも思う。
ただ、これだけ一気に雑草が生えるのであれば、話は変わる。
使いすぎると畑の管理に苦労する恐れがあるので、副作用も大きいことを頭に入れておかなければならなかった。
そして、もう一つ頭に入れておきたいのは、ウサ太の労働力である。
なぜなら、本格的にウサ太が畑を管理しようと考えている可能性が高いからだ。
「ウサ太、移住を始めてるな?」
「きゅーっ、きゅーっ」
簡易的ではあるものの、明らかに引っ越し作業をした形跡があった。
昨晩、ウサ太が拠点に来なかったのは、イリスさんが来ていた影響だと思い込んでいたが、どうやら違うらしい。
すでに拠点の近くに小さな穴が掘られていて、木の実やキノコ、野草などが集められていた。
きっと身近なところで畑を管理して、他の魔物や動物に取られないようにしたいんだろう。
畑の番犬……ならぬ、番兎として、活動してくれるのであれば、俺にもメリットが大きい。
「ウサ太用の小屋を作って、一緒に生活するか」
そんなことを考えていると、不意に誰かに見られているような視線を感じて、背後を確認する。
すると、見晴らしのいい景色を遮る一体の魔物を発見して、俺は驚きを隠せなかった。
「ト、トレントの爺さん!? どうして俺たちがここにいるとわかったんだ? いや、そもそも動けたのか?」
ニッコリと笑ったトレントの爺さんが詳細を教えてくれるはずもなく、優しい瞳で見つめてくるだけだった。
枝を自由自在に動かすことを考えたら、根を動かして歩くと言われても、納得がいく。
ただ、その姿を想像したら、途轍もないほどの違和感を覚えた。
「人みたいに歩くのか、蜘蛛みたいに歩くのか、それとも、ウサ太みたいに飛び跳ねて進むのか……。実際にトレント爺さんがどうやって歩いているのか、ちょっと興味があるな」
怖いもの見たさがあるが、どんっと構えているトレント爺さんは、動きそうな様子を見せない。
謎に包まれたトレントの生態を解明できる日が来るのか、異世界の楽しみが増えたような気がした。
少なくとも、自分で動く気力と体力が戻るほど元気になったみたいなので、嬉しい出来事ではある。
おそらく、また栄養剤をもらおうと思い、わざわざ移動してきたに違いない。
「移動できるくらい元気になったなら、もう心配はいらないみたいだな。よかったな、ウサ太。トレントの爺さんが元気になって」
「……」
「おいっ! ウサ太、大丈夫か!? お前、まさかトレントの爺さんが動くことを知らなかったのか?」
信じられない……と言わんばかりの驚愕の表情を浮かべたウサ太は、瞬きせずに固まっていた。
その姿を見る限り、今までトレントの爺さんは動くことがなかった……いや、衰弱して動けなかったのかもしれない。
どうやら本当にもう心配はいらないみたいだ。
「むしろ、ここまで移動してきたことを考えると、元気すぎる気もするな」
栄養剤が効きすぎたトレントの爺さんは、若返りを果たしている可能性がある。
今後は栄養剤の濃度を薄くして、様子を見ながらやっていくことにしよう。
あまり活発に動き回られると、こちらの心臓が持ちそうにないからな。
「夜中にトレントの爺さんが走り回っていたら、ホラー以外の何者でもないよな」
「きゅー……」
そんなことを思いつつも、俺は今日もトレントの爺さんに栄養剤をあげて、お返しのリンゴをいただくことにする。
「きゅーっ! きゅーっ!」
なお、ウサ太がリンゴを食べたそうにねだってきたので、一つだけあげることにした。
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