第15話:突然の来訪者Ⅳ

「もう、仕方ないわね。じゃ、じゃあ……そこのリンゴを一つ買ってあげてもいいわ」


 リンゴのようにほんのりと頬を赤く染めたイリスさんは、恥ずかしそうにリンゴを求めた。


 その姿を見た俺は、もはや、幼い子供にしか見えなくなっている。


 だって、思った以上にリンゴがおいしかったんですもんね。


 さっきからテーブルの上に置いてあるリンゴをチラチラと見て、何個あるのか数えていたこと、気づいていましたよ。


 まあ、俺にとってもありがたい提案ですし、そんなことを口にして辱めるような真似はしませんけどね。


「その話に乗りましょう。いくらで買ってくださいますか?」

「そうね。金貨二枚でどうかしら」


 異世界の物価はわからないが、リンゴ一つで金貨二枚というのは、かなり高額なのではないだろうか。


 女神様が詐欺をするとは思えないし、イリスさんはなんだかんだで面倒見がいい方だ。


 きっとわざわざ高値で買おうとしてくれているに違いない。


 やっぱり女神様なだけあって、とても優しい人だよな。


「わかりました。それで売りましょう」

「ありがとう。じゃあ、交渉成立ね」


 そう言ったイリスさんにリンゴを一つ手渡すと、なぜか金貨も差し出されてしまう。


 疑問を抱いた俺が金貨からイリスさんに目線を移すと、彼女はどや顔をしていた。


「トレントの果実は珍しいから、本当はこれくらいが相場よ」

「……」


 どうしよう。信じていた女神様に、詐欺みたいな真似をされた……!


 結局、正規の値段で取引してくれているから、騙す必要はなかったと思うんだが……。


 イリスさんがとても嬉しそうなので、子供の遊びみたいなものだと察した。


 きっと『やったー! 初めて騙せた~! こういうの一度は成功させてみたかったのよね!』と、思っているに違いない。


 そんな彼女の心情が手に取るように伝わってくるほど、満面の笑みを浮かべている。


 なんだかイリスさんと関わる時間が増える度、どんどん子供っぽい姿が垣間見られるのは、気のせいだろうか。


 もしかしたら、久しぶりに人と関わることができて、気持ちが高鳴っているのかもしれない。


「治安が良いと言っても、こうした悪意のある行為は減らないの。むしろ、増えている気がするわ。街に行くのであれば、しっかりしなきゃダメよ」

「そうみたいですね。この世界は、意外に魔物の方が親切なんだと学びましたよ……」

「もう、冗談じゃない。お詫びに銅貨をサービスしておくわ。街に入るだけで金貨なんて出したら、処理が面倒で嫌な顔をされちゃうからね」


 なんだかんだで優しいイリスさんは、余分に銅貨まで手渡してくれた。


 そして、買い取ってくれたリンゴを片手に持ち、席を立ちあがる。


「じゃあ、そろそろお暇させてもらうわ」

「あれ? 帰られるんですか? 外はもう、真っ暗ですよ」

「あらっ、子供扱い? それとも、やましい気持ちでもあったりするのかしら」


 得意げに眉をクイクイとあげるイリスさんは、背伸びしたい年頃なのかもしれない。


 俺がもう少し若かったら、頬を赤くして『なっ!? そ、そんなことあるわけ……!』などという、羞恥心全開のリアクションを取っていた気がする。


 しかし、今となっては、親戚の姪っ子を見るような感覚になっていた。


「純粋に心配する気持ちですよ。夜道は危ないですからね」

「……あれ? そういう反応なの? ドキッとかはないのかしら」


 子供扱いしてしまって、すみません。


「まあ、いいわ。どのみち、もうそろそろお迎えが来る頃だから――」


 イリスさんがその言葉を口にした時、ポンポンッと、少しこもった音が扉から聞こえた。


 不思議に思って、扉を開けてみると……?


「にゃんっ」


 足元にエレメンタルキャットがいた。


「ほらっ、私のお迎えよ」

「素敵なパートナーが迎えに来てくれる予定だったんですね」

「ええ。だから、夜道でも心配はいらないわ」


 エレメンタルキャットがトラックを真っ二つにできるほどの力を持っているのであれば、確かに心配はいらないだろう。


 今となっては、お茶目な飼い主よりもエレメンタルキャットの方が信頼できるような気がした。


「にゃう~」


 相変わらず懐いてくれているみたいで、俺の足元に頭をこすりつけてくる。


 よしよしっ、ちゃんとイリスさんを安全な場所まで送り届けてくれよ。この人、放っておくと迷子になりそうだからな。


 シャキッとしたエレメンタルキャットと共に、暗い夜道を進むイリスさんの姿を見送った後、俺は拠点にあるモノを見つけてハッとした。


「イリスさん、荷物袋を忘れていってるぞ。これはどうするべきなんだろうか」


 大量にあったパンや大きな肉は、俺への差し入れだと思うが、他にも荷物が入っている。


 さすがに女性の荷物を勝手に確認するわけにはいかないので、このまま置いておくとするか。


 本当におっちょこちょいな方だなーと思いながら、荷物袋を持ちあげてみると、そこからいくつもの魔石がゴロゴロと出てくる。


「ん? こんなにも魔石を持ち歩くのは、さすがに不自然だよな。もしかして……」


 疑問を抱いた俺は、恐る恐る荷物袋の中身を確認する。


 すると、タオルや男ものの着替え、保存食……といったものが入っていた。


 どうやら荷物袋を忘れていったのではなく、意図的に置いていったものらしい。


 最初から異世界の情報と差し入れを渡すために、あえてこういう方法を取ったんだろう。


「少し抜けてるところはあるけど、なんだか憎めない人だよなー」


 女神様の優しさに触れた俺は、生活用品をアイテムボックスに入れて、ありがたく使わせてもらうことにするのだった。

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