第14話:突然の来訪者Ⅲ
スキルで作っていたアップルパイ風トーストが完成したので、椅子に腰をかけるイリスさんにそれを差し出した。
焼き目のついたトーストの上に、薄くスライスされたリンゴがいくつも並んでいる。
材料はパンとリンゴだけなのにもかかわらず、ちゃんとリンゴのコンポートのように煮詰められていて、フレッシュな香りが漂っていた。
「うんっ。こういう料理も良い感じに仕上がっているわね」
ご満悦のイリスさんを前にして、俺は僅かな違和感を覚えていた。
鍛冶システムで作ったジョウロも、錬金システムで作った栄養剤も、調理システムで作ったアップルパイ風トーストも、思っている以上にクオリティーが高い。
果たして、ここまでうまく作れるものが『普通』の領域なんだろうか。
「パンがサクサクしていておいしいわ。はぁ~、幸せね。やっぱり果物はいいわ」
子供みたいに足をブラブラさせて、おいしそうに料理を食べ続けるイリスさんを見れば、やはりおかしいと思わざるを得ない。
スキル調整に大きな問題が発生していることは、疑いようがない事実だった。
まだ拠点レベル1なのに、女神様を満足させる料理を作り出せるはずがない。
もしかしたら、イリスさんは人間の基準ではなく、女神様の基準でスキルを調整してしまったのかもしれない。
いや、エレメンタルキャットを助けられた喜びから、ついついサービスしてしまった結果、【箱庭】の性能が向上しすぎた可能性もある。
「ふっふふーんっ♪」
「お口に合ったみたいですね」
「ええ。とってもおいしくできていると思うわ」
「……それはよかったです」
しかし、このタイミングで『スキルのバランスがおかしいみたいなので、一度確認してもらえませんか?』と、相談するかと聞かれたら――。
答えはノー! 俺はその言葉を絶対に口にするつもりはなかった!
近年のソシャゲやカードゲームでも、愛用していたキャラやカードが下方修正されるほど、悲しいものはない。
ここで馬鹿正直に伝えて、せっかく手に入れたスキルが下方修正されてしまったら、そのありがたみも半減してしまうだろう。
そんなのは、絶対に嫌だ……!
俺は自分のことを、せこい大人だと自負しているので、このままコッソリと使い続けようと思う!
そのためにも、イリスさんにスキルがおかしいと悟られないようにしなければならない。
今はこのままおいしい料理を提供して、満足してもらうことだけを考えよう。
急に女神様の接待イベントが発生すると、イリスさんが何かに気づいたように表情が変わった。
「……随分と良いリンゴで作ってくれたのね」
トレントの爺さん、よくやった……!
爺さんの作ってくれたリンゴのおかげで、イリスさんがスキルの違和感に気づきそうにないぞ!
「イリスさんが持って来てくださったパンがおいしいおかげですよ」
ちゃっかりとイリスさんをヨイショした俺も、アップルパイ風トーストを口にする。
サクサクッと絶妙な焼き加減のトーストに、小麦の香りが口全体に広がり、芳ばしい。
中はモチモチとしたパンで、日本のものとあまり変わらないような印象を受けた。
そして、女神様に褒められるだけあって、トレントの爺さんのリンゴは、格別においしい……!
旨味がギュッと濃縮されたようなリンゴのコンポートは、香りも風味も強く、酸味と甘みが絶妙なバランスに整っていた。
思わず、アップルパイ風トーストに感動した俺は、大口で食べ進めてしまう。
「もう……、随分と大げさに食べるのね。
「いえ、
「えっ?」
「えっ?」
キョトンッとした表情を浮かべるイリスさんは、俺の言葉を理解できずに、疑問を抱いているみたいだが……。
俺は嘘をついているわけではない。
でも、イリスさんも間違えたことを口にしたとは思っていない様子だった。
僅かに拠点が静寂に包まれる中、これまでのことを思い返した俺は、とあることに気づいてしまう。
イリスさんは、意外におっちょこちょいな性格ではないだろうか、と。
地球にエレメンタルキャットがいたことも、【箱庭】スキルの調整をミスしていたことも、子供みたいな一面を併せ持っていることも。
どことなく抜けている印象があるので、俺を転移させる時間軸を間違えていても、不思議ではなかった。
本当は今日、転移初日を迎えて、何の不自由もなく食事にありつける予定だったのかもしれない。
スキルの詳しい説明をするために魔石を持ってきてくれたのも、そう考えると納得がいく……とは思うものの、彼女に文句を言うつもりはなかった。
魔物を倒しに来てくれたり、食材を調達してくれたり、街の情報を教えてくれたりと、良い神様であるのは間違いないのだから。
最初の女神様らしい淑やかな印象から、ポンコツ属性を持つ可愛らしい女神様になっただけのこと。
いろいろ善意で動いてくれているので、わざわざ時間軸を間違えていることを指摘しようとは思わなかった。
どちらかといえば、今はもっと異世界の情報が欲しい。
「そういえば、このあたりには街があるんですよね。繁栄しているんですか?」
「大きくもなく小さくもないわ。それなりに栄えているから、困ることはないんじゃないかしら。治安も悪いとは思わないわね」
「なるほど。一定以上の水準を満たしているような感じですね」
「そんなところね。でも、街に入ろうと思うのであれば、お金か身分証明書が必要よ」
「やっぱりそうなりますよね。そのあたりは、何とかなりませんか?」
「もう、仕方ないわね。じゃ、じゃあ……そこのリンゴを一つ買ってあげてもいいわ」
リンゴのようにほんのりと頬を赤く染めたイリスさんは、恥ずかしそうにリンゴを求めた。
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