第13話:突然の来訪者Ⅱ
イリスさんを拠点の中に招き入れると、いただいた食材を調理するため、二人でキッチンの方に進む。
テーブルの上に荷物を置いたイリスさんが、パン・鶏肉・岩塩……と取り出してくれたところで、俺はあることに気づいた。
「すみません。そういえば、火が使えないんですよね……」
スキルに料理システムはあるものの、火元がないため、調理に制限がかかっている。
異世界で快適に暮らすには、大きな障害となっているのだが――。
「やだわ、もう。こんな素敵な設備が整っていて、火が使えないはずがないじゃない。もしかして、火の魔石をご存じないの?」
得意げにそう言ったイリスさんは、袋から赤い鉱物のようなものを取り出して、手渡してくれる。
「生産系のスキルを使う人は、火の魔石からそのエネルギーを抽出することが多いの。トオルさんも、これで火を扱うことができるようになるんじゃないかしら」
どや顔を決めたイリスさんによるチュートリアルが始まったみたいなので、俺は【箱庭】スキルを起動して、料理システムに魔石が適用されるか確認する。
「確かに、これで火を扱えるようになるみたいですね。これがあれば、温かいものが作れるようになります」
「そうでしょう? ちなみに、光の魔石を使うことで、部屋も明るくできると思うわ」
イリスさんからパール色の魔石を受け取ると、すぐに【箱庭】に反映されて、ライト機能が使えるようになった。
こうして機能が増えていくだけでも、どんどんと可能性が広がることを実感する。
拠点レベルが上がれば、もっと快適に過ごせるようになると思うが……ひとまず、腹ごしらえだ。
「では、食材をありがたく頂戴して、料理を作らせてもらいますね」
「お任せするわ。私は気長に待っているわね」
テーブルの椅子に腰を下ろしたイリスさんに見守られながら、俺は【箱庭】の調理システムでレシピを選択する。
せっかくトレントの爺さんからリンゴをもらったから、アップルパイを作りたいところだが、バターや砂糖などの材料が足りない。
リンゴとパンだけで作れる『アップルパイ風トースト』なら選択可能なので、今回はそれにしておこう。
後は、イリスさんからもらった鶏肉と岩塩を使い、シンプルに焼き鳥を選択して、完成するまでの時間を待つことにした。
「ところで、こちらの食材はどこで手に入れられたんですか?」
「パンに関しては、ここから一時間ほど歩いた場所にある街よ。小屋の裏手の方角にあるから、ちょうど森の木々で見えないんじゃないかしら」
「なるほど、そういう感じだったんですね。思ったより街が近くて、安心しました」
街の方角さえわかれば、山をくだる途中に大まかな場所くらいは確認できるはずだ。
日用品や食料も調達したいので、できるだけ早めに足を運びたい。
そのためにも、まずは筋肉痛を回復させて、金になりそうなものを用意する必要がある。
しばらくは体力の回復に時間を費やして、準備が出来次第、下山することを考慮するべきだろう。
「パン以外の食材はどうされたんですか?」
「この山の麓で鳥の魔物を見かけたから、狩って手に入れたの。岩塩も近くの洞窟にあったわ」
何食わぬ顔で魔物を退治したと教えてくれるが、鳥の魔物にしては、明らかに大きな肉だった。
もしかしたら、異世界転移する前の不穏な言葉と関係しているのかもしれない。
確か『今はちょっと危険な魔物もいるのだけれど……』と言っていたから、わざわざ倒しに来てくれたんだと思う。
わざわざ様子まで見に来てくれるくらいだから、間違いない。
やっぱり女神様は根が優しい人なんだなーと思っていると、キッチンで作成していた料理が完成する。
細い串にいくつもの鶏肉が刺さっているシンプルな料理、焼き鳥だ。
「完成しましたので、お先にどうぞ」
「そう? ありがとう」
焼き鳥を手にしたイリスさんは、小さな口でそれを頬張る。
「ん~っ! ちゃんと鳥の旨味が閉じ込められていて、おいしいわ。火加減もバッチリね」
自分で調整した【箱庭】スキルが正しく動いていることに満足したのか、イリスさんはご満悦だ。
その姿を見た後、腹ペコの俺も一緒に焼き鳥をいただく。
「くう~! 鶏肉の旨味を塩が引き立てていて、最高ですね」
口に入れた瞬間、鶏肉の芳ばしい香りを感じるだけでなく、滴り落ちる脂が甘い。
皮のカリッとした食感も絶妙だが、それ以上に肉の旨味が強かった。
コシがあるのに柔らかく、噛めば噛むほどジューシーな肉汁が溢れてくる。
その味を岩塩がしっかりと引き締めてくれるため、最高においしい焼き鳥になっていた。
「とてもおいしい鶏肉ですね。これはなんていう魔物の肉なんですか?」
「コカトリスよ」
「ふぐっ……、ゴホッゴホッ」
「あらっ? 大丈夫かしら」
「は、はい。失礼しました」
あまりにも有名な魔物の名前を聞き、俺は思わずむせ返してしまった。
この世界の詳しい魔物の情報はわからないが、コカトリスといえば、地球のゲームや神話に出てくる魔物で、途轍もなく強いことが多い。
別名、バジリスクとも呼ばれる鳥の怪物であり、かなり危険な魔物に分類されるはずだ。
そんな凶悪な魔物が森の木々をなぎ倒していたのではないかと思うだけで、背筋がゾッとしてしまう。
「俺、この場所に住んでいても大丈夫なんですかね……」
「心配しなくても、コカトリスはまだ成長を始めたばかりの変異種みたいなものよ。ああいった魔物は、滅多に姿を現すことはないわね」
わざわざ危険な魔物を倒しに来てくれた女神様が言うのであれば、その言葉を信じよう。
どのみち魔物がいるような世界であれば、絶対に安全な場所なんてないはずだから。
「そんな恐ろしい魔物に勝ってしまうなんて、イリスさんはお強いんですね」
「少し腕が立つ程度ね。このくらいのことができなければ、めが……女性冒険者が一人で旅はできないわ」
焼き鳥に夢中になっていた影響か、ちょっぴり油断したイリスさんは、女神だと言い間違えそうになっていた。
こういった場合、聞き流すことが優しさである。
好きな子にちょっかいをかけるような小学生男子みたいな真似は、決してやってはいけない。
「女性冒険者も大変ですね」
「そ、そうなのよ。大変なの」
無事にイリスさんの発言を誤魔化し終えると、ちょうどアップルパイ風トーストが完成したので、それを差し出すことにした。
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