第12話:突然の来訪者Ⅰ

 トレントの爺さんと別れて、拠点に戻ってくる頃。


 軍隊蜂の巡回が始まっていたため、俺は急いでジョウロを洗い、栄養剤の入っていない普通の水をやることにした。


 今は綺麗に花が咲いているので、必要以上に栄養を与える必要はない。


 もし栄養剤を使用するのであれば、新しい芽が出てきたり、花の数を減らしたりした時の方がいいだろう。


 目当ての植物だけを成長させることができるのであれば、こんなことを考える必要はないんだが……。


 雑草を掘り起こすウサ太を見ていると、しばらくは様子を見ようと思った。


「きゅっ、きゅっ」


 成長剤を使用したら、どうしても雑草が生えてきてしまう。


 雑草を抜く係のウサ太の負担にもなるし、花を管理できなくなるほどそれが生えたら、俺が責められる恐れもある。


 異世界の生活を安定させるためには、まだまだやらなければならないことが多い。


 まずは自分たちの畑で栄養剤の効果を確認してから、しっかりと管理体制を整えるべきだと思った。


 ブーンッ♪


 蜜を集め終えた軍隊蜂が上機嫌になって帰った後、動けるうちに動いておきたい俺は、森にある木片や枝を採取することにした。


 最初は小さな木の枝を一緒に運んでくれていたウサ太だったが、だんだん飽きてきたみたいで、徐々に別行動を取り始めている。


 森に生える草を食べたり、川の水を飲んだりしているなーと思っていたら、知らない間に姿を消していた。


「今は遊んでやることができないし、すでにいろいろと手伝ってくれている。テイムしたとはいえ、仕事を押しつけるわけにはいかないよな」


 もともとこの地に住んでいたウサ太には、これまで過ごしてきた生活がある。


 俺と同じ時間を過ごしてくれることは嬉しいが、それを強制することはしたくなかった。


 この山には危険が潜んでいるとはいえ、ウサ太は交流関係が広そうだから、問題なく過ごせるだろう。


 どちらかといえば、野菜とリンゴを生で食べることしかできない俺の方が問題だった。


「川で水が確保できることはありがたいが、このままだと飢え死にするのも時間の問題だ。せめて、鍛冶システムでモリでも作って、魚を取れるようにならないとな」


 それほど高い身体能力と適応能力を持っていれば、すでに苦労していないような気もするが……。


 あまり悲観的になるべきではないと思い、日が暮れ始めたところで、俺は拠点に戻ってくる。


 すると、両手で大きな袋を抱えた一人の女性が拠点の前で立ち尽くしていた。


 動きやすそうな黒いスカートと、胸元を隠しながらも大胆に肩を露わにしたブラウスを着用していて、大人っぽい印象を抱く。


 どこか見覚えのある金色の髪と綺麗な碧眼を見れば、それが誰なのか容易に想像が付いた。


「どうかされたんですか? アイリスさ――」

「シーッ。その名前で呼んではいけないわ。私の名前は、イリスよ」


 異世界に知り合いのいない俺の元を訪ねてくる人なんて、女神様か迷子くらいだろう。


 今日はエレメンタルキャットを連れていないみたいだが、見た目も声もそっくりとなれば、アイリス様以外に考えられなかった。


「どう見ても女神さ――」

「今は女神じゃなくて、冒険者なの。こちらの都合で申し訳ないけれど、そういうことはあまり口にしてはいけないわ。だから、よろしくね? トオルさん」

「ああー……はい。わかりました」


 イリスさんが真剣な目で訴えかけてくるため、俺は深く追及しないでおこうと心に決める。


 女神様にしかわからない複雑な事情でもあるんだろう。


 誰も見ていないはずなのに、冒険者として接するように言われてしまった。


 わかりやすくコホンッと咳払いをしたイリスさんは、抱えていた大きな袋を差し出してくる。


、山の中で小屋を見つけられてよかったわ」


 すでに俺の名前を呼んでいるが、おそらく初めて出会った設定で通したいんだと思われる。


 そんなことを口にするわけにはいかないので、俺も口を合わせることにした。


「最近、この山に暮らし始めたんですよ」

「あらあら、それはよかったわ。ちょうど食料を手に入れたばかりなのだけれど、食べる場所がなくて困っていたの。食材を分けてあげるから、ご一緒にどうかしら」


 チラッと見せてくれた袋の中には、大きな鶏肉の塊だけでなく、いくつものパンが入っている。


 どうやら異世界に転移させたはいいものの、心配で様子を見に来てくれたみたいだ。


 空腹で苦しんでいた俺にとっては、まさに神様みたいな人に見えた。


 ……いや、本当に神様ではあるんだが。


「貴重な物資を分けていただけるのであれば、ありがたい限りです。狭いところで申し訳ないですが、中にどうぞ」

「いいえ、とても素晴らしい小屋だと思うわ。特にこのあたり窓なんて、外の景色が綺麗に見える絶好の位置にあるし、素敵なデザインね。よく見たら、この小屋の材質も素敵な木材を使って……」


 こうして俺は、スキルを調整した女神様による自画自賛のこだわりポイントを聞いた後、彼女を招き入れるのだった。


 そういえば、ちょっと子供っぽいところがあったなーと思い出しながら。

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