第8話:木の魔物
テイム機能のおかげで地理に詳しくなった俺は、昨日とは違う森をウサ太と共に歩いていた。
このあたりは開けた場所も多くて、日当たりが良い。
ポーションの材料になるヒール草や、錬金術で使いやすいハーブが数多く自生していて、とても良い採取場所になっていた。
「初めて訪れたはずなのに、思っていた通りの場所だな。やっぱりテイム機能の影響を受けていると判断して間違いないだろう」
「きゅー?」
なお、テイムされたであろう本人は、何も感じていないらしい。
この場所には遊びに来たと思っているのか、心を弾ませているように見える。
そんなウサ太には悪いが、まずは生活の基盤を安定させることが最優先だ。
腹が減っては戦もできぬ、というからな。
元気よく駆け回るウサ太を横目に、俺は素材を集めるべく、ハーブの一種であるミントを採取する。
すると、その姿を見たウサ太は、同じようにミントを掘り起こしてくれた。
もしかして、こういう遊びだと勘違いしているんだろうか。
いや、レタスやニンジンを食べた分、しっかりと働いて返そうとしてくれているのかもしれない。
試しにローズマリーを採取すると、また同じようにローズマリーを掘り起こしてくれた。
意外な労働力を得たと知った瞬間である。
これは早いうちに畑にニンジンの種を植えて、ウサ太の食料をしっかりと確保した方が良さそうだ。
金の切れ目が縁の切れ目とよく言うが、ニンジンの切れ目が縁の切れ目になってほしくはない。
「次はこっちのよもぎを取っていくぞ」
「きゅーっ!」
無暗に摘み取るわけにはいかないので、場所を変えながら採取を続けていると、突然、ウサ太がひときわ大きな木の方に向かっていった。
木々が生い茂る森の中で不自然なほど枯れかけていて、とても老いた印象を受ける。
日当たりが悪い影響か、どうにも色味が悪く見えて、様子が変だった。
その木の根元にウサ太がたどり着くと、トントントンッと、何度も手で叩く。
すると、老いた木がゆっくりと
「……」
どうやら普通の木ではなく、木の魔物であるトレントだったみたいだ。
「うまく木に擬態しているもんだな。様子が変だとは認識していたが、魔物だとは思わなかったぞ」
テイム機能のおかげで、ウサ太の知識や経験を共有しているとはいえ、すべての情報を得られるわけではないらしい。
トレントの爺さんが目を開けるまで、俺は普通の木だと追い込んでいたのだから。
異世界にはこういう危険もあるんだな……と思うと同時に、年老いた生き物を眺めるのは、何とも言えない気持ちを抱いてしまう。
優しい笑みを浮かべたトレントの爺さんは、ウサ太に挨拶を返すものの、それ以上の行動を取る様子は見られない。
体を動かす元気がないみたいで、すぐに瞳を閉ざしてしまった。
残念ながら、人も魔物もいつかは命を失う運命にある。
ここまで衰弱していたら、助けられるとは思えなかった。
ウサ太が寂しそうな表情で見上げているので、トレントの爺さんに生きていてほしいのかもしれないが……。
常識的に考えて難しい、そう諦めかけようとした時だ。
俺は、ふとあることを思い出す。
「普通の魔物であればともかく、植物の魔物であれば、まだ可能性があるかもしれない」
まだ使用したことはないが、確か【箱庭】の錬金術を用いれば、植物用の栄養剤が作れたはずだ。
魔物に使用するのであれば、どれほどの効果が期待できるかはわからない。
それでも、やってみる価値はあるだろう。
ちょうど素材となるハーブも集めたばかりで、小屋に戻れば、すぐに作り始めることができる。
後は、死を受け入れるかのようにジッとしているトレントの爺さんの気持ち次第だ。
恐る恐るトレントの爺さんに近づいた俺は、思い切って声をかけてみる。
「トレントの爺さん。効果は保証できないが、植物用の栄養剤なら用意することができる。このまま死を待つくらいなら、一か八かで使ってみるか?」
「……」
再び瞳を開けたトレントの爺さんは、頷くようにゆっくりと瞳を縦に揺らした。
ウサ太に至っては、壊れたロボットのように何度も頷いている。
「よしっ。じゃあ、いったん拠点に戻って、栄養剤を作ってみよう」
「きゅーっ!」
気合いを入れた俺は、少し急ぎ足で森の中を歩き出していく。
食料問題が解決しなかったら、明日は我が身だな……と、トレントの爺さんが他人事だと思えなくなるのであった。
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