第9話:栄養剤

 拠点にたどり着いた俺は、採取してきた素材をアイテムボックスに入れて、【箱庭】を起動させた。


 ウィンドウ画面に表示された栄養剤のレシピを選択して、作業を実行するためにポーションのアイコンをタップする。


 すると、作業台の上にいくつものハーブが並び、淡い光を放ち始めた。


 後は完成するまでの間、のんびりと待つだけなんだが……。


「三十分もかかるのか。意外に長いんだな」


 鍛冶でジョウロを作った時とは違い、今回は待ち時間が長い。


 当たり前のような気もするが、手間暇がかかるものは、作業時間がかかる仕組みみたいだった。


「まあ、こればかりは仕方ないか。失敗することはなさそうだから、気長に待つとしよう。ちょうどやっておきたいこともあるからな」


 作業台を離れた俺は、小屋の外に出て、畑の前に立つ。


「安全に食料を確保できているのは、この畑の野菜だけだ。早めに次の野菜を仕込んでおかないと、命に関わる恐れがある」


 トレントの爺さんの影響で、食料問題に強い危機感を抱いた俺は、再び【箱庭】を起動させる。


 ウィンドウ画面の畑付近に、植物の芽が描かれたアイコンがあるため、タップするだけで種を植えられるはずなんだが……。


 なぜか今は斜線が引かれていて、それが使用できなくなっていた。


 おそらく、野菜を採取したまま放っておいたことで、システムは『畑が荒れている』と認識しているんだろう。


 土に種を植えられる状況ではないため、スキルがうまく機能しなくなっているんだ。


「女神様が作ってくれたとはいえ、さすがにそこまで万能なスキルではないか……。畑整備なんてやったことはないが、見よう見まねで挑戦してみよう」


 アイリス様が予め用意してくれていたクワを手に取り、農作業に勤しむことにする。


「これも体が動くうちにやっておきたい作業の一つだからな」


 サラリーマンの貧弱な体に鞭を打ち、畑を耕していると、すぐに状況は一変する。


 畑に向かってダイブを決めた魔物が、全身を使って土を移動させ、畑を整備し始めたのだ。


「ウ、ウサ太……。お前、そんなこともできるのか?」

「きゅーっ!」


 素早い身のこなしで作業を進める姿は、もはやベテラン農家の風格を放っている。


 途中で邪魔な雑草を発見すると、器用に後ろ脚で抜いて、畑の外に放り出してくれていた。


 これは嬉しい誤算である。


 俺よりもウサ太の方が畑仕事が得意だったなんて、夢にも思わなかった。


「よしっ。栄養剤が完成するまでの間に畑を整えて、ニンジンの種を植えるぞ」

「きゅーっ! きゅーっ!」


 一段と動きのキレが増したウサ太と共に、畑に種を植えられるように整備を進めていく。


 薄々と気づいていたが、ウサ太もトレントの爺さんも、俺の言葉を理解していると判断して間違いない。


 これも魔物と友好関係を築きやすくなる加護の影響なんだろうか。


 彼等を悪く言うつもりはないが、下手な言葉は使わないようにしよう。


 ――――――――


 そのままウサ太と作業を続けていると、システムの認識が変わり、スキルで種を植えられるようになった。


 早速、畑仕事を終えた俺は、【箱庭】でニンジンの種を植えてみる。


 植物の芽が描かれたアイコンをタップすると、アイテムボックスから次々にニンジンの種が飛んでいき、土の中に吸い込まれていった。


「きゅーっ! きゅーっ!」


 これには、頑張ってくれたウサ太も大喜びである。


 ニンジンを収穫するまで時間はかかると思うが、自分で育てた野菜が食べられると思うと、俺も嬉しい。


 無事に収穫できるようにちゃんと栽培して、ウサ太と喜びを分かち合いたいと思った。


 そんなこんなで無事に畑作業を終える頃、錬金システムのカウントもゼロになり、栄養剤が完成する。


 少しドロッとした緑色の液体で、草木の香りがブワッと広がるほどには、濃度が濃い。


 どうやら原液で使用するものではなく、希釈して使うタイプの栄養剤みたいだ。


 素材を多く消費した影響か、何十回分もの量ができてしまった気がする。


「普通の植物に使うわけではないから、ちょっと多めに作ってみたんだが……。まさかこんなにもできるとはな。まあ、ちょうど畑にニンジンを植えたばかりだし、そっちにも栄養剤を使って、成長を促すとするか」


 できるだけ無駄にはしたくないと思い、早速、俺はジョウロに栄養剤を移し替えた。


 アイテムボックスに入れてある水を使い、栄養剤を薄めて、種を植えたばかり畑にそれをかけていく。


 シャーッ


 緑色の水が畑に降り注ぐ光景は、何とも言えないが……。


 それ以上に気になることがあった。


「ウサ太。これは植物用の栄養剤だから、飲んじゃいけないぞ」

「きゅー……」


 どうやら畑仕事をこなして、喉が渇いたらしい。


 栄養剤入りの水を飲もうとして、ウサ太が顔を近づけてきていた。


 水汲み作業がしんどかった以上、最初のうちだけでもいいから、川まで行って飲んできてほしい気持ちがある。


 しかし、ウサ太の方が農作業を頑張ってくれたため、労ってやりたい気持ちもあった。


 本格的にウサ太を飼おうと思えば、遅かれ早かれ飲み水を用意する必要があるんだ。


 まだ自分の身の方が心配だが、ここは飼い主としての責任を果たすとしよう。


 小屋の中に入った俺は、鍛冶システムを起動させて、ウサ太用の水を飲む入れ物を作った。


 あっという間にできたため、すぐに外にいるウサ太の元に行き、そこに水を入れてあげる。


 一心不乱に飲み始めるウサ太を見て、そんなに喉が渇くまで頑張ってくれたんだなーと、微笑ましく思っていると、不意に妙な光景が視界に映った。


「な、なんでニンジンの芽がもう出ているんだ?」


 種を植えたばかり畑の土から、可愛らしい芽がひょっこりと顔を出している。


 普通はこんなにも早く成長するはずがないので、栄養剤による影響なのは間違いない。


 でも、それにしては効きすぎだ。


 これはもう、アイリス様のスキル調整に不備があるのではないかと、疑ってしまうレベルである。


「きゅっ! ……きゅっ?」


 思わず、水を飲み終えたウサ太も、喜びよりも疑問の方が勝ってしまったみたいで、綺麗な二度見を決めていた。


 なんでやねん……と、真顔で突っ込んでいるように見えるため、これは異世界でもおかしい状況だと理解することができる。


「まあ、悪い被害が出ないのであれば、それでいいか。トレントの爺さんも、これだけ強力な栄養剤を使えば、元気になってくれるだろう」

「きゅーっ!」


 あまり深く考えないようにした俺は、ジョウロに栄養剤を入れ直して、ウサ太と共にトレントの爺さんの元へ向かっていくのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る