第2章
第7話:テイム
軍隊蜂やウサ太と仲良く過ごした翌朝。
畑の前に立った俺は、朝ごはん代わりに生のレタスをバリバリと食べていた。
「まさか火がないとキッチンの機能が使えないなんてな……」
昨晩、軍隊蜂と花の世話で盛り上がったところまでは、とても充実した異世界生活だったと言えよう。
しかし、ウサ太たちと別れを告げて、日が暮れるまで水汲みをした後、俺は拠点の中で絶望した。
月明りだけを頼りに動かなければならない暗い部屋、野菜しかない食料、そして、スープすら作れないキッチン。
風呂がない。着替えもない。調味料もない。
まったく準備せずにキャンプにやってきたような状態で、どうすることもできなかった。
唯一助かったのは、【箱庭】の拠点にベッドが備え付けられていたことだけ。
なんだかんだで水汲みで疲れていたため、そのまま眠って空腹を誤魔化したんだが……。
「結局、朝起きたら同じことだよな。せめて、生のレタスにドレッシングを付けて食べたいと思ってしまう気持ちは、この世界だと贅沢になるんだろうか」
バリバリとレタスを食べ続ける俺は今、当たり前のように過ごしてきた日常生活のありがたみを痛感していた。
一方、おいしそうにモグモグと野菜を頬張るウサ太は、今日も元気いっぱいである。
「ウサ太はいいよな。生のレタスとニンジンがご馳走なんだから」
「きゅーっ、きゅーっ」
こうして朝から会いに来てくれると、悲観的な気持ちが和らぐので、それはそれでありがたい。
ウサ太が畑で作れる野菜を楽しみにしてくれていると思うと、もう少し頑張ってみようと、前向きな気持ちに切り替えることもできた。
まだまだスキルの仕様がわからないだけで、本当はもっと楽に過ごせる機能があるのかもしれない。
少なくとも、アイリス様は『素材を集めて拠点を成長させることでいろいろなことができるようになる』と言っていた。
その言葉を信じるのであれば、鍛冶や錬金術でもっと便利なものが作れるようになったり、火や明かりが使えるようになったり、改築できるようになったり……と、生活の質を大きく向上させることができるはずだ。
異世界生活二日目で
まずは【箱庭】について、もっと理解を深めよう。
食事に夢中になっているウサ太の隣でスキルを起動させると、俺はウィンドウ画面に不思議なものがあることに気づいた。
「ん? 今までウィンドウ画面にウサ太のアイコンなんて表示されていたか? いや、なかったよな」
これまで鍛冶や錬金術、畑にアイコンが表示されたことはあったので、スキルに干渉できるような時にそれが表示される仕組みなんだと思い込んでいたんだが……。
今、畑の前にウサギのアイコンが表示されている。
「これはどういう意味があるんだ? 名前をつけたことでテイムしたような扱いになり、位置情報でも見られるようになったんだろうか。アイコンをタッチしてみても、ウサ太に干渉するようなことはみたいだが――。あっ、そういえば……」
何か変化したのか考えていると、俺は自分の身に起きた不思議な現象を思い出した。
昨日、軍隊蜂に囲まれた時、なぜか危険がないと判断できたのだ。
もともとウサ太と軍隊蜂は交流がある様子だったから、テイムした魔物の経験や知識が俺に反映される仕組みなのかもしれない。
「どうやら【箱庭】スキルは、生活を補佐するだけのものではないみたいだ。これをうまく利用することができれば、異世界生活のハードルをもう一段階下げることができるようになるかもしれない」
ウサ太の知識を把握するため、異世界のことを思い描いてみる。
すると、周辺の地理にも詳しくなっていることに気づいた。
まだ踏み入れたことのない土地でも、なんとなく地形がわかるだけではない。
どんな野草やキノコがどこに生えているのかまで、詳細を把握することができる。
「この能力があれば、森で取れる木の実やキノコも食用かどうか見分けられるぞ。とはいっても、あくまで魔物目線だから、油断はできないけどな」
人間の俺と魔物のウサ太では、根本的に体の構造が違うはずだ。
ウサ太が野草やキノコを食べられたとしても、俺が食べられるとは限らない。
ましてや、火を通さずにキノコを食べる勇気は持てなかった。
「まあ、野草の知識を手に入れただけでも、メリットは大きい。これで野草を素材にアイテムを作る『錬金術』の機能も、有意義に使えるはずだ」
満足な食事ができないとわかった以上、動けるうちに素材を集めて、先に薬を作っておくべきかもしれない。
足腰の弱い現代人の俺にとって、山道や悪路は足がもつれやすく、転ぶだけでも大怪我をする恐れがあるのだから。
「今日は早くも筋肉痛だが、そんなことを言っている場合じゃないよな。よしっ、体が動くうちに採取に向かおう」
「きゅーっ!」
レタスとニンジンを食べ終えたウサ太と共に、今日も森の中へ歩み出していくのだった。
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