第6話:鍛冶システム

 水の入った桶を置いて、急いで拠点の中に戻ってきた俺は、荷物袋に入っている素材をアイテムボックスに移す。


 採取できた素材は少ないが、木片や木の枝を中心に集めていたため、ちょっとしたものなら作れるはずだ。


 すべての素材をアイテムボックスに移し終えると、金床に近づいて、鍛冶システムを起動させた。


「これから花の栽培を続けていくなら、やっぱりジョウロはあった方が便利だよな」


 花に水をやりすぎるのは良くないことだと、サラリーマンの俺でも知っている。


 そのため、人間らしく知恵を活かした方法で、花の栽培を手助けするつもりだ。


 ウィンドウ画面に表示されたジョウロのレシピを選び、金床の近くにあるハンマーのアイコンをタッチする。


 鍛冶システムが起動して、ウィンドウに三分の時間が表示されると共に、現実の金床に木の枝が現れた。


 アイテムボックスから自動で素材を取り出してくれたみたいで、俺が何か作業する必要はないらしい。


 木々が淡く光り始めると、少しずつ形を変えていく。


「この光っているものが、アイリス様の言っていた魔力だろうか。鍛冶システムが大気中から魔力を集めて、エネルギーとして使用しているような気がする」


 本来であれば、この魔力を用いた技術が、魔法・錬金術・鍛冶といったものになるんだろう。


 それらに挑戦したい気持ちはあるものの……、三十歳を過ぎたオッサンの俺には、さすがに遅い気がする。


 単純に考えて、異世界の文化に触れることで潜在能力が開花する、なーんて漫画みたいな展開が起こるはずがないのだから。


「三十五年も生きていれば、自分が凡人であることくらいは自覚するからな」


 異世界に来るという特別な経験をしていたとしても、俺自身が変わったわけではない。


 あくまで女神様の恩恵を受けているだけで、特別な存在に生まれ変わったわけではないのだ。


 だからこそ、この有用なスキルをうまく活用するべきである。


 ウサ太たちと戯れる時間を作って、幸せな異世界生活を送るためにも!


「スキルが全自動で作ってくれるなんて、ありがたい限りだ。素材を採取していたり、寝ていたりする間にも、作業ができるぞ。並行して違うことができるという意味では、マルチタスクをしているようなものなんだよなー」


 あまりにも便利なスキルに感嘆の声を漏らしていると、スキルに表示されている時間がゼロになり、木製のジョウロが完成する。


 表面が研磨されているかのようにツルツルで、思った以上に出来栄えがよかった。


 早速、使い心地を確認しようと、拠点の外に出て、桶から水を注ぎ入れる。


 何をしていたのか興味を持ったのか、先ほど水をあげた時に敬礼してくれた軍隊蜂とウサ太が近づいてきた。


「花に水をあげる道具ができたぞ。これを使えば、効率が良くなるはずだ」

「きゅー?」


 ウサ太と軍隊蜂が共に首を傾げているので、見せた方が早いと思い、花に水をやることにした。


 シャーッと緩やかな勢いで水が出てくるため、花を傷める様子は見られない。


 おまけに、手早く違う花にも水やりができるし、水分量の調整がしやすくなることから、節水効果も期待できるだろう。


 近代的な方法……とは言い難いものの、魔物である軍隊蜂にとっては、衝撃的な方法だったみたいだ。


 驚愕の表情を浮かべた軍隊蜂は、ワナワナッと体を震わせた後、すごい勢いで仲間を呼びに行き、戻ってくる。


 そして、ジョウロで水をあげるという簡単な作業を見せてあげると、その連鎖がどんどんと広がっていき、今度は良い意味で軍隊蜂に囲まれてしまった。


 今回は威嚇するような羽音は鳴っていないし、逆に次々と敬礼をされ、敬意を表してくれる。


 たったそれだけのことが、小さな子供たちのヒーローになったような気がして、妙に嬉しかった。


 しかし、彼らの気持ちは反応で読み取るしかできなくて、ちょっぴり寂しくも感じてしまう。


 軍隊蜂の様子を見る限り、小人のような姿をしていても、会話をすることはできないみたいだった。


 彼らには言語を使う文化がないのか、言葉を発する器官がないのか、それほどの知能がないのか……って、俺は魔物に何を求めているんだろうか。


 会話なんてしなくても、意思疎通ができるだけで十分だというのに。


「異世界に訪れたばかりで、すべてのことを無邪気に楽しんでいられるほど、俺は子供じゃないんだろう。いい年した大人だからこそ、先のことを考えて、不安に思うのかもしれない。そんなことを考えても、意味がないとわかっているはずなのにな」


 余計な考えを追い払うように首を振った俺は、軍隊蜂に敬意を払うべく、改めて彼らに敬礼を返した。


 なんだか子供の頃に戻ったみたいだなと、ほっこりとした気持ちを抱きながら。

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