第35話 西の町カイナタウン 前編

 豆田達は王様からの依頼で、カイナタウンまで向かう事になった。


 グロアニア王国の首都『コルト』の城壁から、車で西に向かって約45分。

 途中ヒアト山脈の麓の険しいカーブが続く道を抜けて、カイナタウンの市街地がある低い丘を目指すことになった。


 豆田はコーヒーをシュガーに預け、運転をするが、そもそも車の運転が嫌いなようで、王様から借りた車にずっと何かしらの文句を言っている。座席が硬いだの、ミラーが小さいなど様々だ。


 カイナタウンまで、列車が出ていれば良いのだが、首都『コルト』から出る列車はすべて国外に向かうための物で、国内の移動は馬車か車になる。


 ガタガタ揺れる山道を抜けると、ポツポツと民家が見え始めた。

 王様から貰った地図によると、現在地はどうやらカイナタウンの郊外のようだ。首都『コルト』とは違い城壁はない。気が付いたら、町に入っていたと言う感覚が一番正しい。先程から視界に入る建物は平屋ばかりで、空が広く見える。広大な畑が、のどかさを演出するのに一役立っていた。


 山道を抜けてからは、豆田は少し落ち着いて運転している。


「豆田まめお。カイナタウンに入ったみたいね」

「そうか。まー。のどかな町だな」

「この町で大変な事件が起こっているのね。早く原因を探してあげないと」

「ああ。家賃の為に急ごう」

「まずは、市役所に寄るように言われてたわね。あ。そこを右に曲がるみたい」

「OK!」


 市役所がある町の中心部に向っていくと、少しずつ建物が増えてきた。この辺りだけ商店などがあり栄えているといった印象である。


***


 このカイナタウンの中で唯一の2階建ての建物がカイナ市役所のようだ。

 豆田達が駐車場に車を止めると、職員が慌てて玄関から、走り出てきた。


「豆田様。シュガー様、お待ちしておりました」


 細身の七三分け、黒ぶちメガネのいかにも真面目そうな雰囲気の職員は、呼吸を整えもしないで、話し続ける。


「今回の事件、大変悲惨な状態になっています。なにとぞよろしくお願いします」


 ひどく神妙な顔つきで、深々とお辞儀をする。


「ああ。出来る限りのことをするつもりだ。こちらこそ宜しく頼む!」

「ありがとうございます。 では、早速なのですが、こちらが今回の被害者の一覧になります」


 黒いファイルに被害者の情報が記載された紙が挟まれている。

 豆田はその紙に目を通した。


(氏名、住所、年齢、家族構成……。子供を中心に68名か)


「この方たちに直接話は聞けるのかな?」

「御家族の方には、役所の方から調査団がもう一度話を聞きに行くと連絡をしております。原因究明の為のヒントだけでも見つけてきて下さい。お願いします」

「んー。分かった。とりあえず早急に解決できるように手を尽くしてみる!」

「ありがとうございます」


 深々と頭を下げる職員。もう自分たちで出来る事は無いのだろう。藁をもすがる気持ちが、そのお辞儀からも伝わってくる。


 豆田はキッチンを借り、コーヒーを淹れなおし聞き込みの準備をする。

 まずは役所から1番近い被害者宅から向かう事になった。


「豆田まめお。どうやって原因を探すの?」

「そうだなー。とりあえずは一人一人ご家族の話を聞いていくしかないな」


 カイナ市役所から車で5分の被害者宅を目指して移動する。


***


 1軒目の被害宅は黄土色の外壁でシンプルなお庭の一軒家。

 豆田はコーヒーを片手に壁に取り付けられた呼び鈴を鳴らした。


「すまない。役所からの調査団だ。お手数だが、もう一度話を聞かせて貰えないか?」

「あ。いらっしゃい。役所の方ね。もう話す事はないと思うけど」


 ドアを少し開け、若い女性が顔をのぞかせる。


「今、お子さんはどうだ?」

「今日も部屋で寝ているわ」

「見せて頂く事は……」

「ごめんなさいね。安静が大事と医師に聞いたので……」

「なるほど」

「では、お母さん。寝たきりになられたのはいつから?」

「うちは5日前からですね……。もういいですか? 何度も同じこと聞かれて、もう参っているんです。ほっといて貰えますか?」


 シュガーは豆田の袖を引き、豆田の前にでる。


「すいません。大変な時に申し訳ありません。ご協力ありがとうございました」


 シュガーは豆田の対応のフォローをする。


『バン!』


 若い女性はドアを勢いよく閉めた。


「豆田まめお。中々難しいわね。皆さんもう疲れ切っているのねー」

「そうだな。まともに話が聞けない状態だな」

「根気が要りそうね。頑張りましょう!」


 シュガーのやる気とは裏腹に2軒目、3軒目、4軒目、5軒目と同様の返答が続く。

 その中には3人兄弟すべてが寝たきりのお宅もあった。


 豆田はファイルに書かれた被害者の一覧を再確認する。


「ここまで規模が大きくなると、やはり『こだわリスト』の関与を疑った方が良さそうだな。全員に関係があっても怪しくない場所となると……。学校とかか?」

「でも、学校だと、もっと規模は大きくならない?」

「確かにそうだな……」


 豆田達は、さらに数軒聞きこむが、どこも門前払い。


「まともに話を聞けない状態で、どう原因にたどり着くんだ!」


 豆田は苛立ちを隠せない。


「困ったわね。何か良い方法は無いかしら?」


 困り果てながら、次の被害者宅まで車を走らしていった。


「シュガー。次の家が見えたぞ!」


 畑の中に、ポツリと建つ家。

 豆田はアゴに手を当て考えたあと、呼び鈴を鳴らした。


「すいません! 私立探偵です。話をお伺い出来ますか?」

「え? 豆田まめお。役所からって言わないの?」


 シュガーは慌てつつ小声で豆田に尋ねる。


「役所からと言うと、さっきまでと同じ結果になるだろ? 一度発想を変えてみよう!」


 ドアがゆっくりと開く。隙間から白い髭のお爺さんが顔を出した。


「ん? 私立探偵じゃと?」


 眉にしわを寄せながら訪ねる。


「ああ。私の事務所に依頼があり、この寝たきり事件に関して色々調べている!」

「ん? ちょっと待て」


『キー――』


 扉を開けて、お爺さんは豆田とシュガーを観察する。


「あんたらが探偵か?」

「ああ。私は豆田まめお。探偵だ」

「私はアシスタントのシュガーです」

「ん? 確かに役所の者では無さそうだな? なんだ。何を聞きたい?」


 お爺さんは扉を開け、外まで出てきてくれた。


「ああ。実は役所からこの事件の情報を貰ったんだが、肝心なことを何も聞いてないようで、全く役に立たないんだ!」

「ん? そうじゃろ! あいつは同じことを何度も何度も。その割に原因が分からんと言いよる!! もうわしは腹が立って!!」

「お爺さん。私たち力になりたいの。もう一度話して貰えませんか?」

「ん? おぬし、力になりたいと言うのか……。分かった、イチから話す。なんでも聞きなさい」

(シュガー! ナイスだ)


 豆田は、ポケットから手帳を取り出した。


「では、爺さん。子供が寝たきりになったのは、いつからなんだ?」

「孫が寝たきりになったのは、2週間前からなんじゃ」

「2週間前からか……。学校でも同じように寝たきりになった者がいるのか?」

「いや。実は、わしの孫は3か月前から体調を崩していての……。そこから、学校に行けてないのじゃ」

(と、いう事は、学校の線は消えるな)


「では、この3か月は全く出歩いてないという事か?」

「ん? いや、全くではないぞ。わしは孫が元気になればと思って、一度祭りに連れて行った事があるのじゃ。あの、ほれ! あそこの祭りじゃ」

「その祭りに参加してから、すぐに寝たきりになったのか?」


 爺さんは自身の記憶を探る。


「……。そうじゃの! あの祭りの次の日からじゃ!!」


 シュガーと豆田は互いの顔を見合わせてうなずく。


「なるほど。その祭りの場所は分かるか?」

「ん? 分かるぞ。ちょっと待っとれ!!」


 爺さんは慌てて家に戻る。ドタドタ音がした後、地図を手に玄関に戻ってきた。


 玄関先の地面に地図を広げる。


「ここじゃ! ここ!!」

「その祭りは、今もやっているのか?」

「ああ。ひと月続く祭りじゃし、あと1週間はあるのー」

「お爺さんありがとうございます!!」


 シュガーはお爺さんに深々と頭を下げる。


「参考になったかの?」

「もちろんです!!」

「そうか! 良かった!! 何とか、孫の為に。頼む……」


 こらえきれず涙を見せるお爺さん。最後の方は声になり切っていなかった。


「わしの孫以外にも被害者が多いそうじゃな? お主たちだけが頼りじゃ。頼む!!」


 そう言うと豆田とシュガーの手を順番にきつく握るお爺さん。


***


 車に戻った豆田とシュガー。豆田はエンジンを素早くかける。


「シュガー。おそらく祭りみたいだな」

「その可能性が高いみたいね」

「一度役所に戻って、被害者全員に電話で確認を取って貰おう」


 豆田たちは車を走らせカイナ市役所に戻った。

 駐車場に着くと先ほどの職員が玄関から走り出てくる。


 車から降りたての豆田に息を切らしながら尋ねる。


「どうでしたか?」

「どうやら、祭りが関係している可能性が高い」

「え? そうなんですか? まさか、お祭りが?! すぐに被害者の皆さんに、祭りに参加された事があるか確認してみます!!」


 そう言うと走って市役所にもどった。


 市役所の待合室で待つ事となった豆田とシュガー。

 しばらくすると、奥から職員が出てきた。


「豆田様!! 確認しました! やはり被害者の全員が寝たきりになる前日にお祭りに行ってました!」

「やはりそうか……。これで原因場所が特定できた。解決の糸口を探すという依頼は完了だな。王様に報告して終わりだ」

「豆田様。シュガー様。本当に。本当にありがとうございます! 早急に祭り停止させるか検討します」


 豆田とシュガーは、王様からの依頼を終え、カイナタウンを後にした。


 首都『コルト』に向かう車内。


「ねー。豆田まめお。このままお祭りを調査しに行けないかしら?」

「ん? 私たちの依頼は終わりだぞ」

「だって、あのお爺さん……。何とかしてあげたい……」


 豆田は深い溜息をつく。


「ま、どっちにしても王様に報告に行かないとな」

「そうだね」


 シュガーは下を見たまま頷いた。


***


 首都『コルト』に戻ってきた豆田たちは、自宅に戻らずに、そのままお城に向かう事にした。


 お城の謁見の間に到着した豆田達に王様はニコニコとした笑顔で話しかける。


「豆田くん。シュガーくん。調査ご苦労じゃったの。役所の職員からの報告では、祭りに原因があるようじゃのー」

「ああ。それで間違いない。その祭りをやめさせれば、被害者は増えないはずだ」

「なるほどのー。じゃが、それじゃと、犯人は分からんままじゃのー」

「確かにそうだが、依頼の内容は原因解明の糸口を見つける事だ」

「そうじゃの。すまぬ。ご苦労であった」

「あの、王様。お祭りの何が原因で寝たきりになるか、特定するところまで、調べさせて貰えないですか?」

「ん? わしとしては、それは大変嬉しい事じゃが……」

 

 王様の口元が緩む。豆田はそれを見逃さない。


「シュガー! これ以上は危険だ。おそらく『こだわリスト』が関係しているはずだ。リスクが高すぎる」

「だって、お爺さんと約束したじゃない……」


 シュガーはボタボタと大粒の涙を流す。豆田はその様子を黙って見つめる。


「豆田まめお! お願い!」


 豆田は険しい顔になった。


「うむ。わしもそのお爺さんの気持ちが分かる。どうじゃろか? もしこの先の調査も続けてくれるのなら、追加で報酬も渡すがどうじゃ? 今は豆田君も困っとるんじゃろ?」


 王様はまだ答えを出さない豆田の隙をつくように提案を出してくる。


「え? 王様!! それはいくらですか?」


 シュガーは一気に泣き止み。追加の報酬に興味を持った。


「そうじゃの。『こだわリスト』も関係しておるじゃろうしのー。報酬は金貨30枚追加でどうじゃ?」

「ありがとうございます! やります!!」

「豆田まめお。どうかしら?」

「んー。やっぱり気が乗らないな」

「豆田まめお! 家賃! 忘れる才能!」

「分かった分かった。シュガーの勝ちだ」


 シュガーの顔からはすっかり涙が消え、笑みが浮かんでいた。


(お爺さん。私たち頑張るわ!)

「王様!! 依頼を受けます。よろしくお願いいたします」

「うむ。豆田くん。シュガーくん。よろしく頼むのー」

「ああ。やるからには最善を尽くす」


 王様はワザとらしく何か閃いた素振りを見せると、


「そうじゃ。わしの部下からも一人派遣するとしよう」


 王様は部屋の端にいた執事を手招きして呼び、耳打ちする。

 執事は頭を下げ退席。誰かを呼びに行ったようだ。


「わしの部下の中でも飛び切り有能な部下を同行させるとしよう!」

(このタヌキおやじの案だ。ろくな事がないぞ)


 豆田は警戒を強めた。


『コツコツ』

「失礼します!!」


 ドアの向こうから、豆田に掴み投げ飛ばされた妖精ベルが鳩に乗って現れた。


「あ。ベルさん!」

「ん? この妖精が同行者か??」

「ふぉふぉふぉ。惜しいのー」


 豆田とシュガーは、首をかしげる。


「今回は別の者じゃ!」


 ベルは鳩から降りる。


「シュガーさん! この子が同行者よ!」


 シュガーと豆田は周りを見渡すが、ベルたち以外は誰もいない。


「どなたもいないのですが?」

「ふふ。いるじゃない!! さ、挨拶をして!」


 ベルは隣にいる鳩に挨拶を促す。


「同行者は、私でございます! 同行鳩ですけどね!」

「え? 鳩が喋ってるわ!! 王様。この国では鳩も話すんですか?」

「ふぉふぉふぉ。シュガーくん。普通の鳩はしゃべらん。安心するのじゃ。このバルが特別なだけじゃ。」

「私は優秀ですよ!! ポロッポ!」

「こいつがどう役立つんだ? ただの話せる鳩だろ?」


 バルは不敵な笑みを浮かべた。

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