第33話 酸素濃度
今回は、杖職人の『こだわリスト』の依頼で、ある人物の素性を調べる事になった。杖の製作を依頼しに来たその人物が酸素濃度を上げる杖を悪用するのか、もしくは平和的に利用するのか、見極める必要がある。
しかし、その人物が杖を受け取りにくるまで、残された時間は少ない。
豆田はキッチンを借り、コーヒーを淹れながら作戦を練ることにした。杖職人の小屋の中に、柔らかいコーヒーの香りが広がる。
豆田は出来上がったコーヒーを一口飲むと、まとまった思考を話し始めた。
「爺さん。色々確認したい。杖の引き渡し予定は、何時だ?」
「あと、2時間ほどじゃ」
「時間がないな。杖の依頼主が、どんな目的で【酸素濃度を上げる杖】を使うかさえ分かれば良いな?」
「あぁ。そうじゃ」
「危険な使い方なら売らず、そうでなければ売りたい。と言う事だな?」
「あぁ。そうじゃ」
「分かった。では、今日はまだ出来ていないと言って帰って貰えばよくないか?」
「それはダメじゃ。午前中に依頼主から電話があって、完成したと伝えてもうた」
「な......」
豆田は、絶句し視線を落とした。
「豆田まめお。困ったわね......」
「そうだな......」
「もう。本人に直接聞く?」
「はは。それで真実が分かるなら苦労は無いが......」
豆田はそう言いながら、コーヒーを一口飲んだ。
「いや、待てよ......」
「豆田まめお。何か閃いいたのね!」
「あぁ。シュガーの言うように、直接聞いてみることにしよう......。まー。危険な賭けだがな」
そう言った豆田の瞳に決意が宿った。
「爺さん。依頼主が来たら、心のまま正直に悪用するのなら売れないと、言ってみてくれ」
「それを言うて、嘘をつかれたらどうするんじゃ?」
「私は、大体の嘘は見破ることが出来る。任せてくれ」
「そうか、そうじゃな。先程見せて貰った観察眼にかけるとするか......。豆田探偵よろしく頼む」
「ああ。出来るだけのことはやってみる」
豆田はそう言うと、身を潜めれる場所を探し始めた。
***
【酸素濃度を上げる杖】の依頼主が訪れる予定まで、10分を切った。豆田とシュガーは身を潜めその到着を待つ。
「豆田まめお。もっといい隠れ場所なかったの?」
「はは。シュガー。狭いが仕方ない」
「ちゃんとお爺さんの姿、見えてる?」
豆田達は、普段工具を入れている壁面収納の中に隠れていた。この収納の扉にも杖を飾っていて、外から見ると、収納があるようには見えない。狭い隙間に2人が無理矢理入り、身を隠す。
「豆田まめお。やはり2人で隠れるには、相当厳しいわ……」
「しかし、他に隠れるところがない!」
「私が店舗の外で待っていれば……」
「……。シュガー。確かに!」
「もう。じゃー私は外で待ってるわね」
「シュガー。ダメだ。来たみたいだ」
「え……。このカッコで長時間は……」
豆田は、人差し指を口元に持っていき、『シィー』の合図を送ると、店舗内の様子に集中しだした。
シュガーは無理な姿勢のまま耐える事になった。
『ギギギー』
古びた扉が開き、そこからシルバー色のロングヘアーの青年が現れた。キツネのような目つきの彼は、右手をロングコートのポケットに入れたまま。視線を店主に向けると、低い声で話し始めた。
「店主。頼んでいた杖を受け取りにきた」
「あぁ。よく来てくれた。ここに杖は出来とるんじゃが。何点か、確認したいことがあるのじゃが......」
「まずは現物を見せて貰えないか?」
「いや。すまんが確認出来んことには見せることは出来ん」
「ほう......」
青年は明らかに不満そうな目で、店主を見つめた。
「私は、この杖たちに魅了されたんですよ。この素晴らしい作品をどうしても手に入れたくてね」
「それは嬉しい限りだ。だが......。極端に酸素濃度を上げた杖は何に使いなさる? 少し酸素濃度を上げたこの杖ではダメなのか?」
「ええ。私は依頼したものが欲しいんですよ」
「それは、お前さんが使うのか?」
「......。ええ......。そうですよ」
豆田の裾をシュガーが引っ張る。
「シュガー。分かっている......。奴の姿勢から嘘とは分かるが、確信が必要だ」
豆田は細心の注意をはらい小声で伝えた。生唾を呑みこんだシュガーに豆田はコーヒーカップを渡した。
「何に杖を使うんだ?」
「はは。これは困ったもんだ......。何も知らない方が良いという事もある!!」
水色の長い紐のような物を青年はポケットから取り出した。
「何をする気じゃ!!」
「おとなしく素直に渡しておけばいいものを、妙な知恵をつけやがって!」
青年は取り出した水色のヒモの両端を手で掴んだ。ヒモが床に垂れ下がる。
「豆田まめお!!」
「あぁ。分かっている。シュガー。コーヒーを頼んだ。コーヒー銃!」
シュガーが持つコーヒーカップから、『こだわりエネルギー』が浮かびあがり、銃と弾丸が作り出された。それを手にした豆田は、すぐに発砲した。
弾丸は壁面収納の薄い壁を貫通し、青年に向かって走る。
「誰かいたのか!! 5重跳び!!」
青年は手に持ったヒモを高速に回転させた。縄跳びだ。高速に回転するその縄に弾丸が弾かれてしまう。
『ビュビュビュ』
凄まじい速度で縄を回しながら、青年は声を張る。
「隠れていないで出てきたらどうだ! この爺さんをこの縄で切断するぞ!」
「コーヒー銃!!」
コーヒーの弾丸を再度走らせながら、豆田は壁面収納の扉を開け、飛び出した。弾丸はいとも簡単に青年の回す縄に弾かれる。
「爺さん! こっちだ!」
「おお。豆田探偵」
爺さんは後退り、豆田の後ろに隠れた。
「貴様は何だ?」
「貴様こそなんだ! こんな狭いところで、縄跳びを回すな! 『こだわり』の杖が壊れたらどうするんだ!!」
豆田は青年に向かって激昂した。
(豆田まめお! 怒りをあらわに! 珍しいわ! でも、怒りの焦点がそこ?!)
シュガーは、そのポイントに怒る豆田に驚く。
「いいか? 今すぐ縄跳びをやめろ! さもないと、大変なことになるぞ!」
「はは、どう大変になるって言うんだ!! 店舗がか!! 7重飛び!!」
縄跳びのスピードがさらに上がる。空気が揺れ、小屋がガタガタと震え出した。
『カッカッカッ』
青年の縄が床と天井を削る。
「くそ! 爺さん『こだわり』の店舗が! 許さん! コーヒー銃!!」
「無駄だ!!」
青年がコーヒーの弾丸を意識した瞬間に、豆田はその距離を一気に詰める。弾丸が縄跳びに弾かれた瞬間、豆田は銃をソードに変えた。
「忠告はしたからな!! コーヒーソード!!」
豆田は青年の頭上からコーヒーソードを振り下ろした。コーヒーソードは高速で回る縄を、いとも簡単に切断した。
「あー!! 僕の大切な『ナッワ5世』がー!!」
青年は目を見開き、大声をあげると、切断された縄を握り締める。その青年に豆田は冷やかな視線を送りつつ、コーヒー銃を作り出し、弾丸を飛ばした。青年の顔面は天井を見上げ、そのまま床に崩れ落ちた。
「ふー。杖が無事で良かった」
「豆田まめお! 大丈夫?」
「ああ。私は問題ない。爺さん! すぐに杖たちが大丈夫か確認してくれ!」
その言葉を聞き、爺さんは頷くと、急いで壁中の杖が無事か確認した。
「あぁ。豆田探偵。全部の杖が無事なようだ。巻き込んですまんかったな」
「気にするな。しかし、店舗がメチャクチャになってしまった。すまない」
「いや、いいんじゃ。それより、わしは大切な『こだわり』をなくさんで済んだようじゃ。礼を言わせてくれ……。本当にありがとう」
「『こだわり』を守れたのは良かった。しかし、後始末をどうしたものか......」
「豆田まめお。この杖の依頼主は暴れた訳だし、警察に言ったらいいんじゃない?」
「そうだな。クロスに引き渡すか。それが手っ取り早いな」
「そうよね。お爺さん。電話お借りしますね」
そう言うとシュガーは電話を借り、警察署に連絡した。
***
「まめっち。これはお手柄だね」
杖職人の店舗までやってきたクロスは、犯人に手錠をかけると、豆田にそう言った。
「ん? 何かの凶悪犯か?」
「ああ。犯罪組織アギトのメンバーみたいだ。縄跳びの『こだわリスト』。トビオって言うコードネームみたいだね。少額だけど懸賞金が掛けられているよ」
「そうか、いくらだ?」
「金貨100枚ちょうどだね」
シュガーはそれを聞いて、
「豆田まめお! これで家賃を支払えるわね!」と言った。
「いや、シュガー。この懸賞金は、ここの店舗の修繕費に使って貰おう。この『こだわり』の店舗は早急に修理する必要がある」
(うそ?! 優しいところもあるのね)
シュガーは豆田の発言に驚きを隠せない。
「豆田探偵! いいのか? わしは『こだわり』を救って貰っただけで十分なんじゃが」
爺さんは困った表情を見せながら、クロスの方を見た。
「お爺さん。まめっちの善意に甘えた方がいいよ。こうなったら、お爺さんが断っても、どうせ懸賞金を受け取らないから......」
「すまない。豆田探偵。ありがとう。ありがとう」
爺さんは涙を浮かべながら感謝の言葉を述べた。
「でも、爺さん。依頼料に金貨5枚は貰うからな!」
「それはもちろんじゃ」
爺さんは、泣きながら笑顔でそう言った。
「じゃー。クロス。あとは任せていいか?」
「ああ。大丈夫だよ。懸賞金はお爺さん渡しておくね」
「頼む。それに犯罪組織アギトの目的も分かったら教えてくれ」
「もちろん。【いさりの指輪】といい。なんか目的があるようにみえるよね」
「ああ。危険な香りがするな」
そう言うと、豆田は杖職人の小屋をあとにした。シュガーはそれを追いかける。
豆田は小屋が見えなくなるところまで、進んだところで急にしゃがみ込んだ。
「シュガー......。どう考えても金貨50枚だ」
「何が?」
「いや、歩きながら、天井と床の修繕費を考えていたんだが、やはりどう考えても金貨50枚で足りる」
「? だから?」
「やっぱり懸賞金は半額もらうことにしよう!」
豆田は180度向きを変え、歩き出そうとした。
「えー!! 豆田まめお!! それはカッコ悪すぎるわ! やめて!」
「なんでだ? 修繕費金貨50枚が妥当だ!」
「あのまま。立ち去ったらカッコいいから! やめて!」
杖職人の小屋に戻ろうとする豆田を必死に止めるシュガー。
「あ! そうだ! 豆田まめお! コーヒー! 冷めそうよ!」
「ん? それは大変だ。急いで自宅に帰るぞ!」
豆田は慌てた様子で、自宅に向かって歩きだした。
シュガーは、大きな溜息を一度ついた後、豆田の後を追いかけた。
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