第32話 杖職人の『こだわリスト』

 シルクハットが似合う杖職人のお爺さんの後に続き、『エスタ通り』から南に三筋入った通りにやってきた。


 ここは、古い書籍や、古道具を扱う店が多い通りになる。観光客が多い『エスタ通り』と比べると、人通りも疎らで、地元の人に愛されている通りになる。


 その一角にある小さな小屋のような建物にシルクハットのお爺さんは、入っていった。


『ギギギギ』


 錆びたような音をたてながら、玄関扉が開く。建物の中は薄暗く、湿度が高いように感じた。


「この杖たちには、日光には当たって欲しくなくてな。日中でも暗くなるようにしてるのじゃ。ちと、待っておくれ。ライトを点けるからの」


 そう言うと、小屋の奥に入り、照明のスイッチを押した。白熱灯の赤い光が部屋を優しく照らした。


 壁一面に、一本一本丁寧に飾られた杖が、照明に照らされほんのり輝いて見える。


「爺さん。凄い『こだわり』だな。杖に生命力が宿っているようだ」

「おぉ。よく分かったの! そうじゃこの杖たちは生きておるのじゃ」

「生きている? 動くのか?」

「動きはせん! 動く杖は不便じゃろうが」


 爺さんは、笑い声を上げながら、部屋の隅にあるロッキングチェアーに座った。


「どうじゃ。ここの杖には、どんな『こだわり』があるか当ててみないか? ゲームじゃ。見事に正解すれば、一本くれてやろう」

「本当か? それは是非チャレンジしたい」


 豆田は、パズルを貰った子供のように無邪気に喜んだ。


「まー。お主らでは、貰っても使えないじゃろうがな」

「ふはは。爺さん。この私のアシスタントは、『純人』だからな。使えるぞ!」


 急にカミングアウトする豆田にシュガーはビックリした。


「ちょっと! 豆田まめお! 言っても大丈夫なの?」

「シュガー。見てみろ。この小屋内の『こだわり』を! 細部までこだわり尽くしている。こんな店の店主がヒミツをバラすはずもない!」

「確かに。それはそうかもしれないけど」

「だろ?」


 豆田は、何故か得意げな表情を見せた。


「何と、そなたは『純人』だったのか。では、ここの杖は全て使えるのじゃなー。長生きはするもんじゃのー。まさか『純人』に会える事になるとは」

「ま、爺さん。この子が『純人』と言う事はヒミツにしておいてくれ」

「それはもちろんじゃ。ただゲーム中は、『純人』のその子は杖を手に持ってはならんぞ。コーヒーのお前さんだけで、ここの杖の『こだわり』を当ててみよ」

「分かった。ここの杖全部に共通する『こだわり』だな?」

「ああ。そうじゃ」

「私は手に取ってもいいか?」

「あぁ。構わん。好きにしてくれたまえ」


 そう言うと、爺さんは、背中に体重をかけ、ロッキングチェアーを揺らし出した。


 豆田は、壁に飾られた杖を一本手に取り、細部まで観察し始めた。


(全く無駄の無い作りだ。一本の木から作りあげたような統一されたフォルム。これは凄い『こだわり』がある事は間違いない……。しかし……。この百はある杖、全体の共通項となると、中々難しいぞ)


 豆田は、視界を部屋全体に向けた。


(大きく分けると、3種類に分かれるようだな……。普通に足を補助するような杖と、仕込み刀の杖、魔法使いが使いそうな形の物……)


「爺さん。そう言えば先程杖が生きていると言ったな」

「ほほほ。そう言うたのー」

「と、言う事は、木が生きている……」

「中々鋭いのー。じゃが、それでは10点じゃ」


 豆田はアゴに手を当て、深く思考し始めた。


(薄暗い部屋。杖の為……。ん? もしかして)


「なるほど。謎が解けたぞ」

「ほう。では、聞かせて貰おうかのー」

「おそらく、ここの杖たちは、息をしている」


 シルクハットの爺さんは、無言のまま揺れている。


「豆田まめお。息をしてる事が『こだわり』?」

「シュガー。そうではない。息と言っても、光合成だ。ここに日光が入らないようにするのは、光合成させない為だ」

「何で、光合成させたらダメなの?」

「それは酸素の濃度が上がるからだ」

「それの何が問題?」

「高濃度過ぎる酸素は、身体に悪い。また発火のリスクも上がる。ここには100本を超える杖があるが、この全てが酸素を作り続けると、相当危険だ」


 ロッキングチェアーで揺れていた爺さんは、ニッコリと笑うと、ゆっくり立ち上がった。


「ほほほ。凄いのー。当たりじゃ! ここの杖は酸素を作り出す。使用者の周りの酸素濃度があがるのじゃ。少し濃度が高い程度なら、身体に良いからのー。リハビリをするような者には、素晴らしい杖になるはずじゃ」

「なるほど、確かに素晴らしい杖だな」

「じゃろ? 木々の葉から葉緑体を見事に取り込んだのじゃ。それによって、光合成を行う杖を作り出したのじゃ」

「お爺さん。人の為になる素晴らしい『こだわり』ですね」


 シュガーは、その志に感動した。


「じゃー。爺さん、約束通り一本貰って良いか?」

「あぁ。いいとも。コレでも良いかの?」


 爺さんは、壁にかかった一本の杖を手に取った。

魔法使いが持ちそうなその杖は、持ち手に月桂樹の装飾がなされていた。


 爺さんはそれをシュガーに手渡した。


「ありがとうございます! 大切に使わせて頂きます」

「ほほ。『純人』に使って貰うのは本望じゃ」


 豆田は、部屋中の杖を眺め直したあと、


「爺さん。先程の依頼の件だが、杖の依頼主の事が少し分かってきた」

「なんと!」

「おそらく、依頼された杖は、放出する酸素量が多いんじゃないか?」


 爺さんは、瞳孔が一瞬開き、息をのんだ。


「と、なると、酸素の濃度が上がるとプラスになるような『こだわリスト』か、魔法使いか」

「え? 豆田まめお! 魔法使いっているの?」

「『異界の者』の話はしただろ? エルフの中には魔法を使える者もいるらしい」

「本当に?! 凄い!」

「そうかー? 『こだわリスト』と同じようなもんだろ?」

「えー。違うわよー。魔法は絵本の中の話だと思ってたのに、現実にあるなんて、素敵だわ」


 豆田は帽子を被り直すと、少し溜息をついた。


「いいか? シュガー。その魔法使いが、皆んな平和主義者なら、問題ないんだがなー」

「そっか。『こだわリスト』と同じで、いい人と、悪い人がいるって事?」

「そうだ。で、この酸素濃度を無理矢理あげた杖を買おうとする者が、どちらか……。と、言う事だな」


 お爺さんは、片眉をあげ豆田の方をじっと見た。


「爺さん。もうソロソロ、私たちを試すのは、終わりでいいんじゃないか?」

「え? 豆田まめお。何を言っているの?」

「この爺さんは、初めて会ったにも関わらず、私を試すような事ばかりしている。これは私が情報通りの人間か確認しているとしか思えない」


 お爺さんは微笑すると、


「流石、豆田探偵。聞いていた通りの推理眼だ」

「で、爺さん。本題は何だ?」

「ほう。誰からお主らの事を聞いたか聞かないのか?」

「そこを聞かれたら、困るんだろ? 杖を貰ったお礼に、要件だけを聞いてやる」

「本当に、素晴らしい推理だ。感動を覚えるほどじゃよ。では、ありがたく要件だけ言わせて貰うのぉー」


 お爺さんは、壁にかけられた杖の一本を手に取った。魔法使いが好むようなその杖は、濃い緑色をしていた。


「これが、依頼されたその杖じゃ。酸素の濃度を極端にあげる。わしは依頼された物を何に使うかは知らなかったのじゃ。作れるから作ったと言ったら良いかの? しかし、完成した時にふと考えた。コレは人の為になるのか? と。わしは人々の健康のために杖を作っているのじゃ。仕込み刀の杖も、もちろん舞台用で真剣ではない模造刀じゃ」

「人の為にならない杖は『こだわり』に反する。という事か?」

「そうじゃ。おそらくその杖を売ってしまうと、わしは『こだわリスト』ではなくなってしまう」

「『こだわり』を捨てれば、『こだわリスト』ではなくなるからな」


 豆田は鋭い目線を爺さんに向けた。


「そこで、頼みがあるんじゃ。この杖を依頼主した人物を調べて貰えんかのー。この杖が悪用されるようなら、破棄したい。それが何らかの平和的な利用であるならば、このまま引き渡そうと思っておる。わしの『こだわり』に関係する。大切なことじゃ」

「なるほど。確かに『こだわり』の為には譲れないところだな」

「頼まれてくれんかの?」

「少し確認させてくれ。杖の依頼主は誰か分からないんだな?」

「あぁ。そうじゃ。素性は分からん」

「しかし、破棄することになった場合は、代金はどうするんだ? 返金か?」

「いや、それはお主らを試すために言っただけで、本当はまだ貰っておらん。それに、3年前に依頼されたが取りに来ないと言うのも嘘じゃ。半年前に依頼され、引き渡しは今日じゃ」

「おい。爺さん。このタイミングで出来ることなどないぞ!」

「なんと! リッカはこのタイミングでも豆田探偵なら何とかすると言っておったぞ」

「はぁー。情報屋リッカから聞いたのか......。爺さんは、つまり、依頼主がどういう目的で杖を使うかが分かれば良いだけだな?」

「ああ。そうじゃ」


 豆田は、帽子を深く被り、再度悩みだした。


「豆田まめお。リッカさんなら、その依頼主の情報を持ってそうなのにね」

「シュガー。リッカとしては、爺さんの為もあるだろうが、金欠の私達を助けるつもりもあるんだろう」

「あ。そう言うことかぁー」

「余計断れないな......。爺さん! コーヒーを淹れながら悩みたい。すまないがキッチンを借りれるか?」

「ああ。好きに使っておくれ」


 豆田は、小屋の奥にあるキッチンに向かった。

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