第31話 やりすぎ注意

「豆田まめお。今日は何だかいつもより上機嫌ね」

「んー。シュガー。分かるか?」

「鼻歌を歌いながらコーヒーを淹れているし、すぐに分かるわ」


 豆田はスピーカーを指差し、耳を傾ける仕草。


「もしかして、音?」

「流石シュガー。そうだ。新しいスピーカーに変えたんだ。店員さんが、本当にこだわった方でね。私のこだわりにも付き合って話を聞いてくれてねー」

「へー。素敵ね。いくらしたの?」

「たった金貨60枚だ」

 

 シュガーは口に含んでいた、コーヒーラテを吹き出す。

 

「豆田まめお。あなたバカなの?!」

「はははー」


 豆田は嬉しそうな様子だ。


「褒めてない!! もしかして、先月の報酬を全部使ったの?」

「足らなかったから、すこし足した」

「こら――!!」

「はははー。こだわりに勝るものはないからね」

「この勝手こだわリスト!!」

「良いねー! 勝手こだわリスト!」

「だから、褒めてないって!!」

 

『ギギギーーー』


 扉が開く音が聞こえる。

 豆田はハッとし、逃げるように、2階のメインフロアから4段下がった土間に行く。シュガーはそれを目で追う。

 

「シュガー。私はいないと言ってくれ」


 豆田は小声でそう言うと床に手をかけ、その一部をスライドさせた。スライドさせた床の下には隠された階段があった。


 すぐさま豆田はその内部に滑り込み。スライドさせた床を元に戻した。


(あんな所に階段があったの?)

 

 豆田が隠れると同時に、派手な衣装のおばさんが階段から上がってきた。


「あら? 豆田さんはいるかしら?」

「あいにく、豆田は席を外しておりまして」

「そうなのね。あなた? アシスタントさん?」

「はい。最近アシスタントになりました。あの。ご依頼でしょうか?」

「ふふふ。違うわ。私はこのお家のオーナーなの」

「あ、オーナーさんですか! 失礼しました」

「いいのよ」

「今日はどのようなご用件で」

「何も聞いていないのね。豆田さんには困ったもんだわー」


 オーナーは、手のひらを頬に当て、困った表情を浮かべた。シュガーは首を傾げた。

 

「家賃を頂きに来たの。半年分の!」

「払っていないのですか?」

「そうよ! あなたからも早く払うように言ってちょうだい!」

「申し訳ありません」

「今月末までに支払わないと、ここから出て行ってもらいますからね!」

「しっかりと、言っておきます」


 オーナーはドタドタ足音を鳴らしながら、帰って行った。

 

 豆田は、床から慎重に顔を出した。


「シュガー。行ったか?」

「豆田まめお!! スピーカーなんて、買ってる場合じゃないでしょう!」

「はは。そうだったみたいだ」

「なんで払わないの?」

「私はなー。忘れる才能があるんだ」

「それは才能とは言わない!」

「忘れることで、新しいことが閃く! ゆえに才能だ」


 シュガーは呆れて大きな溜め息をついた。

 

「その忘れる才能の為に家賃を忘れたと言いたいのね?」

「ああ」

「まー。いいわ。早く家賃を払ってきて」

「ははは。貯蓄はスピーカーに消えたよ!」


 シュガーは絶句してしまった。

 

「え? 嘘でしょ? 半年分の家賃よ! どうするの?」

「んー。そうだな。色んな依頼をこなすか?」

「それしかないわよね。月末までのあと半月かぁ」

 

 シュガーは、深いため息をついた。


***

 

「シュガー。作戦はこうだ!」

「こうだ! じゃないわよ。スピーカーを返却してくればいいんじゃない?」

「シュガー。その選択肢はない」

「はぁー。もういいわ。とりあえず何とか仕事を探さないと」


 と、言っても普通に依頼をこなしているだけでは、半年分の家賃を半月で集める事は不可能に近い。

 豆田達は、まず溜まっていた日々の依頼を早急に解決することにした。


 迷子ペットの捜査。

 ご近所トラブルの仲裁。

 身辺捜査など。忙しい3日間を過ごした。


「シュガー。どうだ? 少しは貯まったか?」

「豆田まめお。全然ダメだわ。家賃半年分で金貨66枚でしょ? こんなに頑張っても、3日で金貨8枚よ。間に合わないわ」

「それに頼まれていた依頼も、すべて消化し切ってしまったからなー」

「「んーーー」」


 豆田とシュガーは、頭を抱える。


「とりあえず、チラシでも配ろうかしら?」

「気乗りしないな」

「誰のせいでこうなったのかしら?」

「誰だろ?」


 豆田はとぼける。


「忘れる才能を発揮した豆田さんのせいですよね?」

「シュガー。分かった。チラシを配ろう」

「はい。これ!」

「ん?」

「前々から、いつか必要になると思って作っといたの」

「流石。シュガー! 素晴らしい」

「はいはい。じゃー。町に出るわよ」

「了解……」


 豆田はしぶしぶ町に出る用意をする。


 壁にかけられた帽子を被り、熱々のコーヒーが入ったカップを左手に持つ。


(毎日の事だと、この光景にも見慣れるものね)


 シュガーは、クスリと笑うと、玄関を出る豆田の後に付いて行った。


***


「豆田探偵事務所です! 何かお困りの事があればすぐに解決します!」


 豆田とシュガーは、首都コルトの『エスタ通り』でチラシを配り始めた。

 知り合いの人々はチラシを受け取ってくれるが、他の人はチラシを手に取ってもくれない。豆田はコーヒーが冷めかけるたびに、カフェに入りコーヒーをテイクアウトしてくる。


「豆田まめお。中々、厳しいわねー」

「そうだな。3時間配って、まだこんなに余ってるからな」


 豆田は、残りのチラシの束をシュガーに見せる。


「受けっとった人がすぐに依頼をくれるわけじゃないし、今月末までじゃ厳しいかな」

「何か他に手はないか?」

「んー。何かあるかしら?」


 豆田とシュガーは、途方に暮れ立ち尽くしていた。


 すると、そこにシルクハットを被り、杖を持ったお爺さんが傍にやってきた。


「あのー。先程、このチラシを貰ったもんなんじゃが、今からでも仕事を頼めるかのぉー?」

「あ。もちろん大丈夫です!」


 シュガーは朗らかな笑顔で対応する。


「じつはのー。人を探しておるんじゃが、協力して貰えないかのー。そなた達は、『こだわリスト』じゃろ?」


 シュガーは咄嗟に豆田の方を向いた。


「爺さん。どうして私たちが『こだわリスト』だと思うんだ?」

「それは、そうじゃろ。先程からチラシを配っておられるが、『異界の者』にも配っておったぞ。あやつらを見ることが出来るのは、純粋な目で見る『純人』か、常識を疑う目を持つ『こだわリスト』だけじゃ」

「なるほど。『異界の者』にもチラシを配っているのが分かるという事は、爺さんも『こだわリスト』なんだな?」

「あぁ。わしも『こだわリスト』じゃ。そなた達は、何の『こだわリスト』じゃ?」


 豆田は、シュガーの方をチラリと見たあと、


「私はコーヒーの『こだわリスト』だ。アシスタントのこの子はお菓子の『こだわリスト』だ」

「ほう! コーヒーとスイーツか! 最高の組み合わせじゃのー」


 お爺さんは、楽しげに笑いながら、長い髭を触っている。


「豆田まめお。お菓子って」

 

 シュガーは細心の注意を払いながら、小声で豆田に話しかける。


「シュガー。いざという時は、ハンナのガムシロップの能力を隠れ蓑に使おう」

「なるほどね。分かったわ」


 豆田とシュガーは素早く口裏を合わせる。


「で、爺さんは何の『こだわリスト』なんだ?」

「おー。そうじゃの。わしも言うた方が話が早いの。わしは、杖職人なんじゃ」

「杖職人? 杖の使い方に、こだわっているのか?」

「いや、わしは職人の『こだわリスト』じゃー」

「ほう。それは珍しい」

「そうじゃろ。そうじゃろ。わしの杖は凄いぞ。なんせ、かの有名な源太郎も愛用しておる」

「源太郎? 知らないな......」


 爺さんは、心底驚いた顔を見せた。


「なんと! 源太郎を知らんのか?! おぬし、舞台は見んのか? 仕込み刀の現太郎じゃぞ?」

「舞台は見ないなー」

「そ、そうか。ま、まー良い」

「ところで、爺さん。依頼は何だ?」

「おぉ。そうじゃった。実は、わしはある者に依頼されて、杖を作ったのじゃが、どこに住んでおるのか、聞いておくのを忘れてのぉー。依頼主を探してくれんかの?」

「なるほど。じゃー。特徴を教えてくれないか?」

「そうじゃの。依頼主は、サラサラのロングヘアーの青年じゃ」

「ほう。それだけでは探せないぞ。もっと大きな特徴があるだろ? 例えば背が高いとか、耳が長いとか。ツノがあるとか」

「んーー。そうじゃのー。思い出しても特徴がないのー。なので、困っておるのじゃ」

「杖が出来た後は、どうやって品物を渡す予定だったんだ?」

「取りにくると、言っておったのじゃが、もう3年も音沙汰無しなのじゃ」

「3年?! じゃー。それはもう取りに来ないんじゃないか?」

「んー。やはりそうかのー。しかし、こんな高価な物を取りに来ないとは、考えにくいんじゃがのー」

「爺さん。作った杖は、そんなに高いのか?」

「あぁ。ざっと白金貨10枚分じゃ」

「え! そんなに!!!」


 シュガーは、思わず会話に割り入った。


「お爺さん。それはお代を貰わないと、大変なんじゃ」

「ほほ。お嬢さん。それは前金で貰っておるので、大丈夫じゃ。しかし、取りに来てもらわないと、常に気になってのぉー」

「爺さん。確かに、それは常に気になるな」


 豆田もお爺さんの気持ちを察して、依頼を受けるか検討しているようだ。


「どうじゃ引き受けてくれないか?」

「いや、しかし、ヒントがなさ過ぎる」

「そうかぁー。残念じゃ。お代は弾もうと思っておったのじゃが」

「え! お代を弾んで貰えるんですか?」


 シュガーは、報酬代が気になるようだ。


「いや、それは相場で構わないが、どうしたものか……」

「お爺さん。その方は、どんな杖を頼まれたんですか?」

「ん? それは依頼主の秘密をバラすことになるからのー。言えないじゃが……」

「あ。そうですよねー」


 シュガーは軽率な言葉に反省した。


「爺さん。じゃー。せめて他の杖を見せてくれないか? そこからヒントを得るなら問題ないだろ?」

「なるほど。それは大丈夫じゃ。では、わしの工房に向かうとするか」

「よし。そうしよう」


 豆田達は、シルクハットが似合うお爺さんの後に着いて行くことにした。スタスタと脇目を振らず歩いていくお爺さんの隙を見て、豆田は小声でシュガーに話しかける。


「シュガー。いいか? 職人の『こだわリスト』が作る杖だ。もしかすると、シュガーが使うのに良いアイテムもあるかもしれない」

「あ。そっか。でも、高いんじゃー」

「見るだけはダダだ」

「それはそうだけど……。て、言うか豆田が興味深々なだけでしょ?」

「はは。バレたか。人の『こだわり』と接するのは、良い刺激になるからなー」


 豆田はキラキラした目をしながら、お爺さんに着いて行った。

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