第29話 ベンノの依頼

「じゃー。また近いうちに遊びに来るね!」

「豆田の兄ちゃん。また何かあれば言ってくだせい。すぐにやってきやす」


 そう言ってクロスと風雷は豆田探偵事務所を後にした。

 能力の検証を終えた豆田とシュガーは、夕食の用意を開始した。豆田は棚の奥からパエリア鍋を出してきた。


「シュガー。今日はパエリアだ。私はお祝いの日はパエリアと決めているんだ」

「お祝いの日? 何のお祝い?」

「シュガーが、正式にアシスタントになった記念だ。盛大にお祝いしないとな!」

「あー。そっか、色々あったから、忘れてた。今日も色々あったしね」

「あー。『純人』の件か。ま、そんなに気にする必要はない」

「え? どうして?」

「そもそもシュガーが『純人』だと言う事は、私とクロスと風雷。それに雑貨屋『リスフランス』のハンナしか知らない。ハンナには先日口止めしておいたし、何の問題もないだろう」

「そっか! 私が『純人』と分かられなければ問題ないんだ」

「あぁ。それに職人の『こだわリスト』が作った道具には頻繁に会えるものでもない。日常は『純人』だからといって、そう変わる訳ではないだろう」

「そっか。じゃー。あんまり考えなくて、良いのね?」

「あぁ。それより、今日のお祝いの方が大事だ」


 豆田は、サフランを軽く火で炙ると、粉状にしてスープを作る鍋の中に入れた。サフランの食欲をそそる香りがたつ。


「豆田まめおは、パエリアにも『こだわり』があるの?」

「いや、そこまでの『こだわり』は無いんだが、以前、依頼人から教えて貰ってな。その時から、特別な日は、パエリアと決めたんだ」

「へぇー。依頼人との繋がりかぁー。いいなー」

「シュガーもすぐにそうなる」

「そう?」

「あぁ。こんな私でもそうなるんだ。シュガーなら、すぐだな」

「ふふ。それはそうかも」


 シュガーの顔に笑顔が戻った。


「あ! シュガー。すまない。レモンを買い忘れた。すまないが買ってきてくれないか?」

「えー。絶対必要なの?」

「絶対必要だ。レモン無しでは、『こだわり』のお祝いは出来ない……」

「はぁー。仕方ないわね……。じゃー買いに行ってくるわ!」

「シュガー。助かる! よろしく頼んだ」

「はいはい」


 シュガーはそう言うとショルダーバッグを片手に階段を降りていった。


***

 

 近くの果物屋さんで、レモンを購入したシュガーは、急いで自宅に戻ってきた。


 玄関の扉を開け、階段を昇るシュガーの耳に、リビングからの声が聞こえる。

 

「ダメだ。依頼は受けない。帰ってくれ」

「そこを何とかお願いします! 本当に困ってるんです」

「それは分かるが、その金額では受けられない」

 

 階段を昇り終えたシュガーの視界に、豆田とソファーに座る少年が見えた。

 年齢は10歳ほどで、紺色のターバンのような物を頭に巻いている。

 

「豆田まめお。どうしたの?」

「シュガー。良いタイミングで帰ってきてくれた。この子が依頼を持ち込んできたんだが、銀貨1枚しか持ってきてなくてな」

「え? 銀貨1枚だと、パン1つしか買えないわ」

「だろ? 悪いが帰って貰ってくれ。私が言ってもダメなんだ」

「えー。私が言うの?」


 豆田は困った表情を浮かべるシュガーからレモンを受け取ると、キッチンの方に向かっていった。

 

「豆田さん! お願いします!」


 少年は諦めず豆田に訴えかけるが、豆田は少年の言葉を無視する。

 シュガーは、溜息をつくと、少年に話しかける。

 

「ねー。お名前はなんて言うの?」


 涙目の少年は、言葉を絞り出す。


「僕は、ベンノ」

「ベンノ君は、何に困って、ここに来てくれたのかな?」

「シュガー!! 話は聞かなくていい! 帰ってもらえ」

「豆田まめお! 話を聞くだけなら、良いじゃない!」

「私は、何もしないぞ!」

「分かったわよ!」


 少し怒った表情を浮かべた豆田は、大きい溜息をついた後、パエリアの準備を再開した。

 

「じゃー。ベンノ君。お姉さんに話してくれるかな?」

「……。分かった」


 シュガーもソファーに腰掛けた。ベンノの斜め前の位置である。

 

「僕のお父さんのお店に、最近怖い人が来るんだ」

「怖い人?」

「うん。お父さんは、その人が言う仕事をしたく無くて、断ったのに、しつこくやってくるんだ」

「お父さんは、何の仕事をしているのかな?」

「お父さんは、ステンドグラスを作る職人なんだ」


 その言葉に豆田の耳がピクリと動く。

 

「僕のお父さんが作るステンドグラスには、不思議な力が宿るから、皆欲しがるんだ」

「不思議な力?」

「うん。ステンドグラスに描かれた物や人が浮かび上がって、ステンドグラスの周りでダンスするんだ! 本当に綺麗なんだよ!」


 ベンノは、父親の仕事を自慢げに話す。

 

「へー! 凄いわね! お父さんはステンドグラスの『こだわリスト』なのかしら?」

「そうだよ!! ホントに凄いんだ」

「で、そのステンドグラスが狙われてるの? 販売してるんでしょ?」

「うん。小さいステンドグラスは、お店で販売してるんだけど、大きいのは依頼があってから作るんだ。で、その怖いお客さんは、教会を建てるらしくて」

「教会? 良い事じゃないの?」

「そう思って、お父さんも話を聞きに行ったんだけど、『あいつらの教会には、俺のステンドグラスは使わせない!』って、言いながら帰ってきたんだ」

「何があったのかしらね?」

「分からない。でも、次の日から、怖い人が毎日お店までやって来て怒鳴るんだ」

「なんて、言ってるの?」

「こっちは金を払うって言ってるのに作らないのか! 作らないなら、ここの店で、仕事を出来ないようにしてやろうか!! って、大きな声で怒鳴るんだ。僕本当に怖くて」

「そうなの……」

「で、ステンドグラス作りの教室の生徒さんも怖がって、誰も来なくなってしまったんだ……」


 ベンノは、涙目になってしまった。

 

「豆田まめお! 何とかしてあげれ無いかしら」

 

 シュガーは、キッチンの方を見るが、そこには豆田はもういなかった。

 

「で、少年。そのステンドグラスの教室では、体験はしているのか?」

「うわ!! びっくりした!!」


 豆田は、いつの間にか、シュガーの真横に座っていた。

 

「豆田まめお。いつからそこにいたの?」

「ステンドグラスに興味があってね……」


 シュガーは、ステンドグラスに興味を持つ豆田を見て、チャンスだと思った。

 

「ねー。ベンノ君! 豆田への依頼料だけど、そこのステンドグラス教室の体験にしてくれないかしら?」

「え?」

「シュガー! そんな無理を言ってはいけない」


 シュガーは、ベンノに向かって、ウィンクで合図をおくる。

 

「あ。大丈夫です! 僕からお願いしたら、お父さんは『いいよ』って言ってくれます」

「本当か!! 少年! ベンノ君と言ったか。お願いできるか?」

「もちろんです! で、依頼なんですが、受けて貰えますか?」

「ああ。もちろんだ! それよりステンドグラスの体験に必要な物を教えてくれ」

「手ぶらで大丈夫です! レンタルがあるので」

「そうか! では、早速明日にでも出かけることにしよう。シュガー。いいか?」

「豆田まめお。良いわよ!」


 シュガーはそう言うと、豆田に隠れて、ベンノ君とハイタッチをした。

 ベンノは、満面の笑みを見せた。

 

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