第27話 王様
現グロアニア王が住むお城は、白い外壁と水色の屋根を持つ。小高い丘に建ったその姿は、気品を醸し出している。
「大きくて、綺麗なお城ね」
シュガーは、お城を見上げながら、その迫力に圧倒され感動している。
豆田は、その横で明らかに嫌そうな顔をしていた。
「豆田まめお。そんなに嫌なの?」
「シュガーは、あのタヌキおやじを見た事がないからだ。本当に不快なんだ。なんせ、言葉と身体に矛盾がありすぎる」
「へー。そうなんだ」
シュガーは、適当に豆田の言葉を受け流す。
「シュガー様。豆田様。どうぞ」
豆田達を連れてきた使者は、龍の豪華な装飾がなされた城の大きな扉を開いた。
『ギギギギー』
大きな扉は軋んだ音を立て、ゆっくりと開いた。
その扉の奥には、タキシードを羽織った執事がゾロリと並んでいた。
「豆田様。シュガー様。お待ちしておりました」
執事の1人が豆田達に深々とお辞儀をした。
城の内部は、白を基調とした上品な空間になっていた。入ってすぐの大広間は高い天井と赤い絨毯。中心部に小さな噴水。大広間の左右端から、弧を描いた二階へ上がる階段が見える。
「あ、宜しくお願いしますです」
シュガーは、その重厚な雰囲気に呑まれ、おかしな受け答えをしてしまった。
「シュガー様。気楽になさって下さい」
執事は優しい笑顔をシュガーに向けた。
「ありがとうございます。こんな凄い場所、はじめてで……。あ! 凄く綺麗なお城ですね」
「ふふ。ありがとうございます。王も喜びます」
「ホント素敵です。ね。豆田まめお。そう思うでしょ?」
シュガーは返事を求めて、後ろを振り返るが、そこには豆田の姿はなかった。
「あれ? いない?」
シュガーは豆田をキョロキョロ探す。
「シュガー様。大丈夫です。豆田様はいつもこうです」
「あ。もしかして、キッチン?」
「流石。さようでございます」
(豆田まめお。どこに行ってもブレないわね)
と、シュガーはその一貫した行動にある意味感心した。
「シュガー様。王は2階でお待ちです」
「豆田を待たなくても?」
「はい。いつもコーヒーをお淹れになられる時間がありますので、王は先にシュガーさんと話がしたいと申しております」
「なるほど。分かりました」
執事に連れられシュガーは2階の謁見の間に向かった。
階段を昇ると、そこには一際豪華な装飾がされた扉があった。執事がその重厚な扉を開く。
扉の奥の謁見の間は、広々とした空間で、高い天井からは光が差し込んでいた。
部屋の奥にある玉座は、背が高く、金と赤色の豪華な装飾がなされている。
その玉座へと向かう絨毯の横には、ナイトが両サイドに並んでいる。
「よくきた! 君がシュガーくんか!」
「王様。お招き頂き、光栄です。」
シュガーは、中央の玉座に座る王様に向かって深々と頭を下げた。
玉座に座わりニコニコしている王様は、くるりとしたヒゲに大きな王冠。丸みを帯びた体型をしている。
その傍らには、左右2名ずつ護衛が付いている。
「ふぉふぉふぉ。堅苦しいのは良い。なるべく普通に話すのじゃ!」
「分かりました。ありがとうございます」
「どうじゃ? 豆田くんのところのアシスタント業には、慣れたかな?」
「はい。大変な事も多いですが、なんとか慣れてきました。毎日楽しんでやらせて頂いてます」
「この前の寄生金属の事件では、国の危機を豆田くんと共に救ってくれたようだの。感謝する」
「いえ、そんな……。当たり前の事をしただけで」
「ふぉふぉふぉ。当たり前と! 素晴らしい」
王様は目が見えなくなるほど、ニッコリと微笑んだ。
(ん? あれ?)
シュガーは、その笑顔に少し違和感をおぼえた。
「シュガーくんは、このグロアニアに来て、一月くらいかな?」
「そうです。それくらいになります」
「前はどこの国にいたのじゃ?」
「おそらくアルテミス王国だと思います。でも、本当にその国にいたのかは、分からなくて……」
シュガーは、申し訳なさそうに答えた。
「貴様! 分からないだと?! そのような嘘をつくのか?!」
護衛の1人が声を荒げつつ剣を構えた。
「すいません。本当に分からなくて!」
シュガーは、怯えながらそう答える。
「これ。リーク。わしが話しているのじゃ。お主は黙っておれ」
「はっ!」
リークと呼ばれた護衛は、剣を下ろした。
「依頼を聞きにわざわざ来たのに、失礼な対応だな。兵士の教育がなってないな」
豆田はコーヒーを淹れ終わり、謁見の間に現れた。
「豆田まめお……」
シュガーは豆田の姿が見えて安堵した。
「ふぉふぉふぉ。リークが声を荒げ、すまんかったな」
王はサラリと謝罪した。
「で、タヌキおやじ! 今日は何のようだ?」
「貴様!! 相変わらず無礼な奴だ!!」
リークは、再度、剣を構えると、豆田に切りかかる。
その太刀は、豆田の喉元を狙う。
「これ!! 待たぬか!!」
王は声を荒げた。
リークの動きがピタリと止まる。
(え? 何が起こったの?)
シュガーは、状況を把握できない。
「王様。申し訳ございません」
リークが固まった身体から、声を絞り出す。
「リークよ。豆田君たちは、この国を脅威から守ったのじゃ。お前の態度とどちらが無礼じゃ?」
王はリークを戒める。
「王様。申し訳ございません」
リークの硬直は溶け、身体に柔軟さが戻る。リークはすぐさま、膝を付き、頭を下げる。
「ふぉふぉふぉ。豆田くん。すまんかったな」
「これは、別に構わないが、窓を『コツコツ』するのはやめてくれ」
「ふぉふぉふぉ。そうでもせんと、城には来てくれないじゃろ?」
「で、依頼はなんだ?」
「実は、カイナタウンで起こった事件なんじゃが……」
「カイナタウン? 遠すぎる! 無理だ!」
「そう言わず、どうじゃ? 報酬は弾むが……」
「断る!! 私は、金では動かない」
「ふぉふぉふぉ。相変わらずじゃのぉー」
「簡単な依頼なんじゃが」
「なら、自分で解決すればいい。とりあえず、ここまできたんだ。毎朝の『コツコツ』はやめてくれ」
「ふぉふぉ。分かった分かった。まぁ良い。今日はシュガー君と会えたという収穫はあったからの」
「シュガー!! 帰るぞ!!」
そう言うと、豆田はサッサと謁見の間を出ていった。シュガーは、慌てて豆田に付いて行く。
***
帰りの馬車の中。
「豆田まめお。大変だったわね」
「だろ? 依頼を頼むにしても強引過ぎるんだ。しかも、依頼の内容もろくでもない事が多い。断った方が無難だ」
「カイナタウンで事件があるって言ってたわね。カイナタウンってそんなに遠いの」
「ああ。車で山道を抜けて、45分はかかる」
「近くない?」
「ん? 私は車の運転が嫌いだ!」
「なんで?」
「そりゃ。コーヒーが持てないだろ? その状態で45分は地獄だ」
「あ、そう言う事?」
「ああ。そう言う事だ! しかし、待てよ。コーヒー銃を維持しながらなら、溢れないか……。そもそもシュガーにコーヒーを持って貰えば……。これは検証する必要があるな……」
自分の世界に入っていった豆田をシュガーは、ほっておく事にした。
(妖精さんに、王様かぁー。『こだわリスト』だけじゃないんだ……。私が知らない事は、きっとまだまだあるわね)
シュガーは馬車の窓から空を眺めた。
3つの月が今日も綺麗に並んでいた。
***
謁見の間。リークは、王様の元に向かう。
「王様。なぜあのような無礼な行いを許されるのですか?」
「リーク。良いか? 利用出来る者は、何でも利用しなければならんのじゃ」
「それは、王様。どういう事ですか?」
「ふぉふぉふぉ。お前は何も知らなくてよいのじゃ。もう下がっておれ」
「はっ!」
リークは、納得せぬまま頭を下げ、退室していった。
王様は、窓から空を見上げると、
「時と言うのは、恐ろしいものじゃ」
と、つぶやいた。
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