第26話 妖精

 寄生金属の『こだわリスト』との戦いから、半月がたったある日の早朝。

 

『コツコツ。コツコツ』

 

 シュガーは、窓を叩くリズミカルな音で目が覚めた。

 

(もう朝? こんなに早い時間に何? 何の音?)


 まだ寝ぼけた頭でシュガーは、音の出処を探す。

 

『コツコツ。コツコツ』


 リズミカルな音は止まる気配が無く、しつこく鳴り続いている。

 シュガーは、上体を起こし、大きな伸びをする。 ボサボサの髪を手ぐしで整えながらベッドから降りると、音の出どころをさがした。


  その音は、ロフトに上がる階段の途中の短い廊下から聞こえるようだ。よく見ると、廊下にある四角い窓をコツコツしている鳩が見えた。

 

(何で鳩がノックしているのかしら?)


 シュガーが思考をまとめていると、メインフロアから豆田がササっと上がってきた。

 シュガーは、その様子をボーっと眺める。

 

 短い廊下に上がってきた豆田は、鬼のような形相をしていた。

 

『ガラッ!!』


 と、四角い窓を開けた豆田は、コツコツしていた鳩を掴むと、大きく振りかぶり、そのまま遠くに掘り投げた。

 

「豆田まめおーー!!!! なにしてるの?!」


 シュガーの目が一気に覚めた。


「シュガー! この空間にコツコツは似合わない」

「もう! 豆田まめお! あなたバカなの!! なんてことを!」


 シュガーは、急いで階段を駆け下り、自宅を飛び出していった。

 

(えーっと。あの窓から、まっすぐ投げたから、あっち?)


 豆田の家のすぐ裏にある小さな公園の方に急いで向かう。


 公園と言っても遊具などは無く、空き地のようなスペースになっている場所である。

 

(あ! いた!)


 公園のど真ん中に落ちている鳩をみつけたシュガーは、急いで駆け寄る。


(あれ? 2羽いる?)


 シュガーは、横たわる鳩の傍に、背中に羽を生やした小さな少女が倒れているのを見つけた。


 手の平に簡単に乗りそうなサイズの少女は、ゆっくりと目を覚ました。


(え? 妖精?) 


 シュガーは驚きを隠せない。


「あいたたた! もう豆田さんは乱暴なんだから!」


 そう言いながら、痛そうに身体を起こす小さな少女。


「ごめんなさい! うちの豆田が。大丈夫? 怪我はない?」


 シュガーは、妖精と思われる少女に声をかけた。


「あ。あなたが豆田さんのアシスタントのシュガーさん? 大丈夫! 怪我はないわ」

「私のこと知っているの?」

「有名よ! 豆田さんのアシスタントが出来るなんて、なんて心の広い人がいたんだろ? って!」

 

 シュガーは苦笑いを浮かべた。 


「ところで、あなたは、妖精さん?」

「そうだよ。私はベル。鳩のバルと爽やかな風に乗ってお城から、やってきたんだ! あそこで、まだのびてるのがバルだよ」

「あー! ごめんなさい。大丈夫?」


 シュガーは横たわる鳩の方に視線を向ける。


「バルは頑丈だから大丈夫だよ。それより王様から豆田さんに連絡があるんだけど、あの人、話を聞いてくれないからー」

「王様から直々? そうなの? ごめんなさいね。私が何とかするわ。とりあえず家にくる?」

「ほんと? 助かるよ。ほら! 起きてバル!」


 ベルは気絶している鳩の顔を手の平でペチペチする。


『ポロッポー』


 鳩は目を覚まし、顔を横にブルブルと振った。


「バル、行くよ」

(鳩のバルさんも無事ね。良かったわ)


 シュガーは、ベルが他人の目に付かないように、細心の注意を払いながら、自宅までもどる。

 

 シュガーは、玄関を開け、階段を登りながら、リビングにいるであらう豆田に声をかける。


「豆田まめお! 妖精さん達に謝ってね!」

「ん? コツコツしたのは、あいつらだろ?」

「もう。そうだけど。投げなくても良いじゃない!」

「あれが、一番手っ取り早い」

「もう! 何かあったらどうするのよ!」


 豆田は、シュガーの話を意図的に無視する。

 

「豆田まめお。聞いてる?」


 豆田はコーヒーを一口飲む。

 シュガーは、怒っても無駄だと悟り、思考を切り替える。

 

「そうだ! 豆田まめお。妖精さん達が豆田に用事があるって」

「ん? まさか連れてきたのか?」


 豆田は露骨に嫌そうな顔をする。

 シュガーの背後から、ヒョコっと顔を出すベル。

 その顔を見た豆田は、大きな溜息をつく。

 

「豆田さん。王様からの伝言が有るんだ」


 ベルは豆田の様子を見て、申し訳なさそうに話し始めた。


「断る! 帰ってくれ! 忙しい!」

「ふふ。そう言うと思って、王様から手紙を預かってきたんだ」

「あー。面倒な。シュガー。読んでくれ」


 豆田は気だるそうにカウンターチェアに腰掛ける。ベルから手紙を預かったシュガーは、手紙を広げ読み始めた。

 

『豆田くんへ。


 私の城まできてくれ!大事な依頼があるんじゃ!

 話だけでも聞きに来てくれ。

 もし、来なかったら、

 毎朝コツコツの使者を送り続ける。


 王様』

 

「くそー!! あのタヌキおやじめ!!!! 私の嫌がることをよく知ってる!!」

「豆田さん。来てくれますか?」

「来てくれますか? じゃない。これでは強制じゃないか!!」

「豆田まめお。話だけでも聞いたらいいじゃない!」

「あー。シュガー! あのタヌキおやじの依頼は、ろくでもないんだ!!」

「豆田さん! 私たちも毎朝、投げられるのは嫌ですよー-!!」 


(投げられるのは前提なのね!)と、シュガーはツッコミたかった。


「あー。くそ! 分かった! 快適なコーヒー空間の為に行くことにする!」

「豆田さん! ありがとう!!」


 心底嬉しそうなベルとバルは、顔を見合わせて喜んだ。


「では、改めて、お昼過ぎにお迎えに伺いますね」

 

 豆田に手紙を渡し終えたベルとバルは、満足気な様子で窓からパタパタ飛んでお城に帰って行った。

 

***


「豆田まめお。もう流石にびっくりする事はないと思っていたのに、まだ私の知らない事があるのね」

「ん? シュガー。妖精は初めてみたのか?」

「初めて見たわ。おとぎの世界の話だけだと思ってた」

「はは。異界からたまに彷徨って来るみたいだ。なぜか、『こだわリスト』や『純人』にしか見えないようだが」

「そうなの? なんで?」

「それは、私には分からないが……」

「そうなんだー。あれ? 異界からって事は、妖精さん以外もいるの?」

「ああ。エルフや、ドワーフとかかなー」

「えー! 凄い! 会ってみたいわ」


 シュガーは、まだ知らない世界がある事に心躍った。反対に豆田は、


「あー。気が乗らないな。仕方ない。気分転換に近くのカフェに行こうか。そこで朝ご飯を食べる事にしよう」

「ほんと? じゃー。すぐ用意するね!」


 シュガーは、嬉しそうに支度をはじめた。

 

***

 

 お昼の1時過ぎ、約束の時間に自宅の前に馬車が止まる音がした。


『ギギギー』


 玄関の扉が開く音がし、そこから男性の声が聞こえてくる。


「豆田様。お迎えにあがりました。下に馬車を停めてあります。支度が出来ましたら、お越しください。」


 その声を聞いた豆田は露骨に嫌そうな顔をする。


「来たか。仕方ない。行くか」


 豆田はそう言うと、コーヒーを片手に階段を降りて行った。


「豆田まめお。馬車なのにコーヒー持って行くの?」

「ああ。何かあったら大変だろ? コーヒーは必須だ! しかし、あのタヌキおやじ。馬車とは嫌がらせの天才か?!」


 今日の豆田からは、愚痴しか聞こえてこない。


『ギイイ!』


 玄関の扉を開くと、目の前に豪華な装飾が施された馬車が停まっていた。


「豆田様。シュガーさま。お迎えにあがりました」

 

 タキシードに身を包んだ男性は、豆田達に頭を下げると、素早く馬車の扉を開けた。


 黒と金色で飾られた大きな6人乗りの馬車。

 豆田とシュガーは馬車の後部座席に乗るように促された。


 豆田の手には、熱々のコーヒー。

 それを見て、シュガーは、(これは危険だ)と感じ、豆田と距離を開けて座る。

 

「では、向かいますね!」


 御者席に座るもう一人の使者は、そう言うと、馬に『パチン』と鞭を打った。


 馬車は、ゆっくりと動き出した。

 

***

 

『ガタガタ』


 激しい揺れではないが、石畳を進む馬車は快適とは言えない。

 

「熱っ! くそ!」


 熱々のコーヒーが馬車の振動でこぼれる。

 どうやら、豆田のシャツにかかったようだ。


(やっぱり。そうなるわよね)と、シュガーは思った。


「豆田まめお!」

「なんだシュガー? 今、こぼれないようにバランスをとるのに忙しいんだ!」


 シュガーは、呆れながら、


「豆田まめお。コーヒー銃にすれば、こぼれないんじゃないの?」

「ん? シュガー。試した事がないな」

「え? 戦ってる時も、ずっと水平に持ってたの?」

「ああ。出来る限りそうしていたが……」

「じゃー。今度試しに自宅でやってみる?」

「コーヒー銃!」


 コーヒーカップから、『こだわりエネルギー』が浮かび上がり、球体となった。

 さらに無数に分裂した球体の一部は、豆田の右手に集まり、拳銃の形状になる。残った球体は、弾丸になり、銃に装填される。


「よし。完璧だ!」

「豆田まめお! 聞いて! 今じゃなくていいわ! ねー!」

「よし! 行くぞ」


 豆田は、コーヒーカップを大胆にひっくり返した。


「豆田まめおー!!」

「おー! シュガー! 見てくれ! 全然こぼれない! シュガー素晴らしいアドバイスだ!」

「良かったわね。ビックリしたわ。急にやり出すから」

「しかし、どう言う原理だ? コーヒーから『こだわりエネルギー』を抜き出している間は、カップに残った液体は、コーヒーではないのか?」


 豆田は、自身の能力を研究し始めた。


「じゃー。次は……」

「豆田まめお! それ以上は、ダメよ!」


 豆田は、コーヒーカップをシュガーに渡す。シュガーは思わず受け取ってしまった。


「ダメよ! 何考えてるの! 今やらなくていいわ!」


 豆田は聞く耳を持たない。


『ガタン!!』


 一際、大きな揺れがやってきた。


「きゃ!」


 シュガーの身体とコーヒーカップは、大きく揺られるが、コーヒーは溢れない。


「素晴らしい! シュガー! 完璧だ」

「豆田まめお。納得出来た?」

「ああ。シュガーが持っても溢れないのは分かった! しかし、『純人』の特性かもしれない」

「豆田まめお! 聞いて! あなたこのままだと、溢れるまでやるわ!」

「んー。確かに! でも、ここまで来たら、どこまでやれるか気になるだろ?」

「気になるけど、家でやればいいじゃない!」

「しかし、気になったのは、今だ!」


(普通に言っても無理ね。そうだ)とシュガーは思った。


「豆田まめお! こぼしたら、コーヒーが勿体ないわよ!」


 豆田は、ハッとした顔をする。


「本当だ! 危ない危ない。帰ってから、器の上でやろう」


 シュガーは、ほっと胸を撫で下ろした。


(シュガー様! ナイスです!)


 従者席に座る王様の使者は、心の中で、シュガーに拍手をおくる。


***


 しばらくゆられると、馬車はお城の城門の前で止まった。大きな城門には、2匹の竜の装飾がされている。


 従者席の男達は、素早く降りると、馬車の扉を開けた。


「シュガーさま!! ご苦労様です! 馬車の乗車お疲れでないですか?」

「え? 大丈夫です! ありがとうございます 」


 使者達はシュガーに飛び切りの笑顔を見せる。


「シュガー様が、豆田さんのアシスタントになって、本当に良かったです! ありがとうございます!」

「はは。シュガー。感謝されて良かったな!」 


 シュガーは深い溜息をついた。


 豆田は検証結果に満足したのか、軽やかに馬車を降り城門に向かった。

 シュガーは、馬車から降り、豆田の後に続く。


 城門の前に付いたシュガーは、お城を見上げ、


「凄く大きなお城ね!」


 と、感動の言葉を漏らした。


「ああ。腹が立つな!」

「もう。そんなこと言わないの!」

「仕方ないサッサと行って、終わらせるか」


 そう言うと、豆田は城門の中に入って行った。

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