第24話 栄断流暗殺鍼灸

 『栄断流暗殺鍼灸。活性鍼』


 この技は栄断師匠が得意とする技の一つで、四肢のツボと眉間に針を刺し、身体中の経絡を活性化させる鍼灸術である。


(またこの技のお世話になるとは。こんな事ならば、ちゃんと学んでおくべきだった。持って3分か)


 栄断流暗殺鍼灸を極めていない豆田の活性鍼は、栄断師匠と比べると不完全で、短時間しか持たない。


『ドクン! ドクン!』


 豆田の身体中の血管が開き、身体から蒸気があふれ出す。


「何をした?」


 豆田の方を振り返ったフォルカーはその異変に警戒を強めた。


「悪いが、一気に行かせてもらう!」


 豆田の身体から溢れていた蒸気は、徐々に少なくなり、エネルギーが内包されていく。


「ほざけ!! その動けない身体で何を偉そうに!! さらに寄生金属の餌食にしてやる!!」


 フォルカーは、散弾銃を豆田の方に向けて放った。


『パスン!』


 豆田の前で炸裂した弾丸は豆田を直撃した。が、寄生金属は豆田の皮膚で停止し、体内に入らない。


「なに? 効かない?」


 フォルカーは驚愕した。


「コーヒー銃!!」


 コーヒーカップ上に浮遊していた『こだわりエネルギー』が、豆田の右手に集約し、銃に変化した。

 

 次の瞬間、フォルカーの散弾銃が宙を舞っていた。


「な? う、撃たれたのか?」


 フォルカーがそう認識した時には、豆田の拳が腹部にめり込んでいた。


(速い!!)


 フォルカーは、その身を壁まで飛ばされ強打した。

 豆田は、下肢に力をこめると、跳躍し、這いつくばるクロスの横に着地した。


「まめっち……。ごめん。その技を使わせてしまって……」

「クロス……。死ぬよりはマシだ。活性鍼のお陰か、体内の寄生金属は動きを止めたようだ。これなら戦える」

「でも、まめっちの身体が!!」


 クロスは涙を流した。


「クロス。もって3分だ。その間に何とかする。あとはシュガーを頼む。ぐっ!」

「まめっち!! もう反動が!!」

「大丈夫だ。まだやれる」


 豆田はクロスを担ぐと再び跳躍し、シュガーの横に着地した。


「豆田まめお……」


 シュガーは朦朧とした意識の中、豆田の後ろ姿を見た。帽子からはみ出る髪の毛が赤色に変化している。


「シュガー! いいか? 今から渾身の一撃を放つ。致命傷を負わせられたら、おそらく寄生金属は解除されるはずだ。その隙に逃げるんだ」

「豆田まめお……。嫌よ。私も逃げないわ」

「シュガー。琥珀色の目を持つ青年を探すんだろ? ここで死んではいけない」


 豆田はシュガーに話かける間も、フォルカーの方を凝視し、警戒を怠らない。


「豆田まめお。いやよ!」

「まめっち? 琥珀色の目?」

「ああ。シュガーはそいつを探している! クロスあとは頼んだ!!」

「まめっち! 待って! もしかして!」


 豆田はクロスの会話を遮り、集中し始めた。

 コーヒーカップから浮き出た『こだわりエネルギー』の塊も赤く光っていた。


「くそ! くそ! くそ!」


 フォルカーは、腹部を押さえながら立ち上がると、一本の大きな鉄柱にありったけの『こだわりエネルギー』を流した。鉄柱は、黒い光を放つ。


「もう寄生金属で遊ぶのはやめだ! 物量で潰してやる!!」


 フォルカーは両手で鉄柱を掴むと、壁から剥がし始めた。大きな鉄柱は『メリメリ』と音を立てながら、その全貌が露出する。

 剥がされた鉄柱をフォルカーが持ち上げると、その上部は天井を突き抜けた。


「潰れてしまえ!!!!」


 フォルカーは振り向きながら、その巨大な鉄柱を振り下ろした。天井の穴は広がり、倉庫中に振動と轟音が鳴り響く。


「これで決める。 スーパーコーヒー銃!!!!」


 赤く光った『こだわりエネルギー』の塊は、形状を変え、コーヒー銃になった。

 豆田は、迫りくる鉄柱に照準を合わせ集中力を高めていく。

 

「今だ!!!!」


 豆田はコーヒー銃の引き金を引いた。


『バゴーーーン!!』


 弾丸は振り下ろされた鉄柱に当たり、爆音を鳴らした。鉄柱と弾丸はせめぎ合い周囲に爆風が広がる。豆田の帽子が飛ばされた。


「こんなもの!!」


 フォルカーは歯を食いしばり、鉄柱にさらに力を込める。

 鉄柱が弾丸を押し返すように見えたその時、フォルカーの視界に、腰を落とす赤髪の豆田が見えた。豆田の眼球は鋭く光っている。


「嘘だろ?!!!」


 フォルカーは悲鳴に似た声をあげた。


 豆田は、コーヒーカップ上に浮遊する『こだわりエネルギー』に右手を突っ込み居合切りの構えをとっていた。


 そして、


「黒風一閃!!!!」


 豆田はそう叫びながら、右手を勢いよく引き抜いた。


 瞬時に発生したコーヒーの刃が斬撃を飛ばす。横一文字に飛ぶ斬撃は、フォルカーの腹部を貫通し、背後の壁を吹き飛ばした。


 フォルカーの身体は、地面に落ち、クロスとシュガーの体内に潜り込んでいた寄生金属は抜け落ち、2人の顔に生気が戻った。


「豆田まめお!!」


 シュガーは慌てて豆田に駆け寄った。

 ギリギリのところを踏ん張っていたクロスは気を失い、力を使い果たした豆田は、その場に崩れ落ちうつ伏せになっていた。


「豆田まめお! 大丈夫?!」

「ダメだ。もう反動がやって来ている。動けそうもない。この様子じゃ倉庫は崩れ落ちる。シュガー。お前だけでも逃げてくれ」


 豆田は目を閉じ気絶する寸前だが、言葉を絞り出した。


「豆田まめお! だめよ! 皆で帰ろ!」


 シュガーは瞳に涙を溜めながらそう言った。


『ガガガガ』


 倉庫中が崩壊し始め、大きな塊が天井から3人の上に落下してきた。


 その時、シュガーの横を風が通り抜けた。


「白風一閃!!」


 その声と共に鋭い斬撃が空に飛び、落下してきた塊を消滅させた。


「風雷さん!!」


 シュガーは思いも寄らない風雷の登場に驚きの声をあげた。


「豆田の兄ちゃん。ここから脱出しやすよ!!」


 風雷は倒れるクロスを担いでいた。


「風雷。来てくれたか」

「ソファーに座る少女に聞いて、慌ててやってきました。あの居合切り、見事でした」

「この様だがな」

「豆田の兄ちゃん。生きていれば、成功じゃないですか?」

「確かに……。風雷、後は頼んだ……」


 そう言った後、豆田は気絶してしまった。


「とりあえず、脱出しやすね」


 風雷は、豆田を肩にのせ、シュガーの抱きかかえると、一気にその場から走り去った。


 その直後、倉庫中の天井は崩れ落ち、フォルカーの亡骸を建物に埋めた。ギリギリの緊張が続いたシュガーもいつの間にか意識を失っていた。


 ***


 次の日の朝。シュガーは見慣れない天井の下で目を覚ました。


「ここは?」(ベットの上?)


 まだ状況が掴めないシュガーは、辺りを見渡す。


「あ。シュガーちゃん。目を覚ましたんだね」


 クロスは安堵の表情を浮かべた。


「私たち、助かったんですね」

「ああ。風雷さんが来てくれて、助かったよ」

「良かったー。あ。そう言えば豆田まめおは?」

「シュガーちゃん。残念だけど、技の反動が深刻で……」


 クロスは深刻な表情を浮かべた。


「え? 嘘!! 豆田まめおは、どうなったんですか?」


 シュガーはベッドから起き上がり、クロスに詰め寄った。


「シュガーちゃん。落ち着いて!」

「豆田まめおは? どこ?」


 シュガーは、泣きそうな声でクロスに尋ねる。

 クロスは、シュガーの隣のベッドを指差した。そこにはベッドに横たわる豆田の姿が見えた。


「シュガー。私はギリギリだが生きている」

「豆田まめお!!」


 シュガーは、ふらつく身体を走らせ、豆田の元に急ぐ。大粒の涙をボロボロこぼし、目の前は涙で何も見えない。


「豆田まめお。大丈夫? 私のせいで……。大変なことになったんじゃ……」

「シュガー。大丈夫だ。気にするな。全身筋肉痛で死にそうだが……」

「筋肉痛?」


 シュガーは、涙をぬぐいながら、聞き返した。


「シュガーちゃん。まめっちのあの荒業は、2日間の恐ろしい筋肉痛に襲われるんだ。それに……」

「それに?」


 シュガーは、深刻な事態を予想し、息をのむ。


「シュガー。それに身体が活性化し過ぎて、2日間寝られないんだ!」

「豆田まめお……」


 シュガーは、それで済んで良かったと思った。


「分かるか!! シュガー!! 本当に地獄だ! 動けないし、痛いし、寝られない! あと一日はこのままなんだぞ!」


 と、豆田は目を見開き必死にシュガーに訴える。


「はいはい。しっかり面倒みてあげるわね……。って、え? 豆田まめお。その目は?」

「ん? シュガー。どうしたんだ? 目がどうにかなっているのか? 出血でもしているのか?」

「あー。シュガーちゃん。まめっちは、この技を使うと、なぜか2日間、目が琥珀色になるんだ」

「「え?? 琥珀色?!」」


 豆田とシュガーは驚いた。


「そう。もしかしてだけど、シュガーちゃんの探していた琥珀色の目を持つ男って、まめっち?」

「はは。シュガー。どうやら、私が琥珀色の目をした青年らしいな。この状態の自分の目を見たことがなかったから分からなかった」

「豆田まめお……。琥珀色の目の青年が見つかって良かったけど、それよりも、まずは無事生きていてくれて……。良かった……」


 シュガーはそう言うと、またボロボロと泣き出した。


「シュガー。泣いているところすまないが、コーヒーが飲みたい」

「「え? 今?」」


 シュガーとクロスは驚きの声をあげる

「今だ!」


 豆田は、身体の痛みに耐えながらそう言った。


「まめっちらしいけど……。さらに寝られなくならない?」


 クロスは笑いながら、そう言うと、


「キッチン借りてくるね」と、言って部屋を出ていった。


「豆田まめお。ほんと、色々ありがとうね」

「ははっ。これでアシスタントの永久契約成立だな!」

「そうね! これからも宜しくね!」

「ああ。こちらこそよろしく頼む!」


 シュガーは満面の笑みを浮かべた。


「あ、そうだ! 部屋の空気を入れ替えるわね!」


 そう言うと、シュガーは窓を開けた。快晴の空には、3つの月が見える。


「ワイル博士。私、琥珀色の目の青年を見つけましたよ。この豆田まめおと世界を救いますね」


 そうシュガーは小声で呟いた。

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