第22話 炎の秘密

 ぬいぐるみ達に引火した炎は瞬く間に広がり、入り口を炎の海に変えていた。


「噓でしょ!! 10体のウサギが一瞬で!!」


 愛しのウサギ達を失ったギャンガーは唇を噛みしめる。


「ギャンガー。アイツが、白虎を倒し、【いさりの指輪】を奪い返した奴か!」

「フォルカー。きっと、そうね。炎の『こだわリスト』なら、私の白虎ちゃんがやられたのも納得だわ」


 ギャンガーは、そう自分に言い聞かせ、心を落ち着けようとした。


 激しく燃えたぬいぐるみ達は、跡形もなくなった。煙がおさまり、徐々に視野が回復していく。

 入口には帽子をかぶった男が、フォルカー達に剣先を向けていた。


「私のアシスタントを返して貰おう」

「え? 豆田まめおなの?」


 シュガーは、なぜか炎の攻撃を繰り出した。豆田に困惑した。


***


 時は、豆田とクロスがフォルカーのアジトに乗り込む5分前にさかのぼる。


「クロス。このコーヒーをBOXに入れてくれ」

「BOX1! ストレージモード」


 クロスが開いたBOXに豆田はコーヒーを丁寧に収納した。


「で、まめっち。その大きなカバンには何が入っているの?」

「ああ。これを入れてきた」


 豆田は持参したカバンの中身をクロスに見せた。


「これは? 風雷との特訓の時にまめっちが使ってた刀? と?」

「オリーブオイルと、ガスバーナーだ」

「え? 何に使うの?」

「まず、オリーブオイルをこの刀に塗るだろ?」

「……?」


 クロスはさっぱり理解できないようだ。


「そして居合の構えをとってだ。左手にこうやってガスバーナーを持つだろ?」


 豆田は実際に居合の構えを取り実演する。前方からはガスバーナーは見えないようだ。


「で、居合切りをしながら、ガスバーナーのレバーを引けば」


『ボワッ!!』


 と、炎の刀が誕生した。が、すぐに鎮火した。


「ま、一回だけなら、炎の斬撃を飛ばせる」

「まめっち。意味あるの?」

「あるだろ! 相手からはガスバーナーが見えない。上手くいけば、炎の『こだわリスト』と間違えてくれるだろ? そうすれば、ぬいぐるみの『こだわリスト』に対して有利に展開出来るだろ?」

「あ、なるほどね! 相変わらずコスイね!」

「それは誉め言葉だな。じゃー。そろそろ突撃するぞ。クロス。手筈はこうだ」


***


 そして、現在に至る。


(さー。運良く目視で確認出来る範囲のぬいぐるみはすべて燃やせたが、問題はここからだ。簡単にはいかないと考えておくべきだが……)


 豆田は、鞘に戻した剣を握り、相手の出方を見つつ、周囲を観察した。


(敵は2人。周囲の壁には、鉄パイプ、スコップ、チェーン、銃、ブーメラン? 金属だらけだな。シュガーは、生存しているが、右手を押さえている。おそらく寄生金属にやられているな……。人質を取られた状態で、どこまではったりが効くかだな)


「おい!! 動くんじゃねーぞ!! こいつがどうなってもいいのか?」


 フォルカーは、シュガーの髪を掴み持ち上げ豆田に見せつけた。

 豆田は、その言葉を無視して腰を落として居合の構えを再度とった。


「ほう。助けに来たのにコイツの事を見捨てるのか?」

「豆田まめお! この男が寄生金属の『こだわリスト』よ! こいつを倒して!」

「煩い!」


『バコン!!』


 フォルカーは、シュガーの腹部に横蹴りをかました。その衝撃でシュガーの身体は、壁にぶつかり、バッグの中身が散乱した。


「やめろ!!」

「やめて欲しければ、まず、その刀をこっちに投げろ!」

「分かった……」


 豆田は刀をフォルカーに向かって投げた。


「で、次はもう1人、隠れている奴! 出てこい! 両手をあげてだ!!」


 フォルカーは破られた窓の方を向き、大声をあげた。


「とっとと出てきなさいよ!!」


 ギャンガーも苛立ち怒鳴る。


「くそ!」


 両手をあげたクロスが、豆田が突入した扉から現れた。

 クロスは悔しそうな表情を見せながら、豆田の横にさりげなく並んだ。


「って、ことは、あなたが寄生金属を解除したのかしら?」


 ギャンガーがクロスに問う。


「どうだろうね? 他の仲間かもね」


 クロスは、ワザとらしくとぼけた。


「いい事? あなた達が出てきた時点で、この子の人質の価値はないのよ。分かってる?」


 そう言うと、銃を取り出し、シュガーに向けた。


「やめろ! 僕が人質になる。彼女を離してくれ!」


 クロスは、そう訴えかける。


 銃口を向けられたシュガーは、泣き叫ぶでもなく豆田の眼を凝視していた。


(シュガー。なんだ? 決意の表情が見える。しかし、何を伝えているんだ?)


 豆田はフォルカー達には見えないように眼球のみを動かし、空間全体を再度観察するが、意表をついて反撃出来るような物はない。


 豆田は視界をシュガーに戻した。未だシュガーは真っ直ぐに豆田を見つめていた。


(覚悟の目? いや、私に向けた信頼の目か……)


 豆田の瞳に決意が宿った。


「誰が風雷の寄生金属を外したのか白状しないと、この子を殺すわよ!!」

「ギャンガー! もういい!! その女は殺して、次はアイツらを拷問すればいい!!」


 フォルカーは、この膠着状態を嫌った。


「分かった! 降参だ。白状する」


 豆田はそうフォルカー達に言葉を切り出した。


「ほう。帽子男お前は賢いな。1番最後に殺してやるよ」


 フォルカーは、悪い笑顔を作った。


「それは光栄だ。しかし、まずはBOX1だ」

(え?! まめっち! 今?! 予定と違うよ?)


 一瞬、クロスはうろたえるも豆田の策を信じてすぐに動いた。


「BOX1オープン」


 クロスのBOXが豆田の前に現れ、そこから、先ほどBOXに入れたコーヒーが出現した。


「なんだ? カップ?」


 フォルカーとギャンガーは、突如現れたコーヒーカップの意味を考え、動きを止めた。


 その一瞬のスキを豆田は、逃さない。豆田は、コーヒーカップを受け取ると、そこから溢れ出る『こだわりエネルギー』を使い、コーヒー銃を作り出した。自動拳銃の形状に変化したコーヒー銃を構え、銃口をフォルカー達に向けた。


「まめっち。『こだわりエネルギー』いつもより多くない? それに銃がいつもと違う!」

「ああ。新しい豆だ。それを使ってブレンドを作った。豆の違い見せてやる!」


「アイツは炎の『こだわリスト』じゃなかったの? くっ! せめてこの子だけでも!」


 と、ギャンガーはシュガーを仕留めようと振り返ったが……。そこにはもうシュガーはいなかった。


『バババババ!!!』


 豆田のコーヒー銃から、弾丸が連射され、フォルカー達に迫る。フォルカーとギャンガーは素早く横に飛び、間一髪それを躱した。


「豆田まめお。捕まってしまって、ごめんなさい」


 豆田の耳にシュガーの声が聞こえる。ギャンガーの横にいたはずのシュガーが、豆田の横に立っていた。

 豆田は口角を上げると、


「シュガー。気にするな。無事で何より。しかし、そのスピードは、どんなカラクリだ?」と言った。

「ハンナさんから、魔法のアイテムを貰ったの」


 寄生金属の痛みに耐えながら、シュガーは、そう答えた。


「なるほど。ハンナのアイテムか。いいじゃないか。詳細は後で聞こう。まずはアイツらだ」


 豆田はコーヒー銃を再度構えた。


「豆田まめお。気をつけて。私に付けた金属は3時間の遅効性って言っていたわ。だから、即効性の寄生金属もあるのかも……」

「なるほど。分かった」


 豆田はそう返事すると、クロスに向かって、


「クロス! タイムリミットは3時間だ! コーヒーが冷める前に片付けよう!」

「OK! まめっち。急がないとね」


 豆田のもとに駆け寄ったクロスはそう言いつつ、懐から拳銃を取り出した。シュガーも痛みを堪えつつ、風雷流護身術の構えをとった。


「シュガー。そのスピードは後どれくらい持つ?」


 豆田は小声で確認した。


「あと、3分かしら?」

「OK! その間は、守らなくても大丈夫だな?」

「ええ。大丈夫よ。銃弾でも避けられるわ」

「わかった。では、あと少し頑張ってくれ! クロス!! 行くぞ!!」


 豆田とクロスは、シュガーをその場に残し、フォルカーを倒すべく走り出した。


***


 一方、豆田のコーヒー銃に不意を突かれたフォルカーとギャンガーは、作業台の陰に隠れていた。


「くそ! あの銃はヤバい……。金属じゃないものは致命傷になるぞ! おい! ギャンガー! あいつらの能力は結局何なんだ?」


 フォルカーはイラついていた。


「フォルカー。見て分からないの? 炎と、収納ボックス、コーヒーの銃、それにスピード強化でしょ?」


 ギャンガーは呆れつつそう言った。


「だから、3人に4つの能力は、おかしいだろ!!」

「少し考えたら、分かるでしょ? もう一人敵がいるのよ!」

「はぁ? お前もう1人の敵を見たのか?」

「見てないわよ!! 状況を見たら分かるでしょ?」

「なんだと? 偉そうに言うな!! お前はぬいぐるみを失い、女を逃がしただろうが!!」

「はぁ? うるさいわね! 今はそんなことより。この状況をどうするかでしょ?」

「あ゛―? うるさいだと? 全部お前のミスだろうが!!」

「はぁ? 今はそんなこと言っている場合じゃないでしょ? バカなの?」

「バカ? バカだと……。分かった。もういい。全員殺してやる」

「ちょ、え……」


 ギャンガーは、後ずさった。

 怒りで我を失ったフォルカーは、身を低くしたままギャンガーを追いかけ、腹部に強烈な蹴りを放った。

 ギャンガーの身体はぶっ飛び、先ほどまでウサギを吊るしていた壁にめり込んだ。


「なんだ? 仲間割れか?」


 豆田はコーヒー銃を構えながら、警戒した。


 フォルカーは、身を隠したまま作業台の引き出しを開け、釘の束を掴み取るとそれに『こだわりエネルギー』を流した。釘の束は、淡く発光し、寄生金属となった。


「お前ら!! ぶっ殺す!!」


 フォルカーは釘をクナイのように持つと、作業台の裏から立ち上がり、豆田に向かって投げつけた。

 フォルカーの攻撃を警戒していた豆田は、飛んでくる釘に照準を合わせると、それをいとも簡単に撃ち落とした。


「くそ! ウザい銃だ! これでならどうだ?!」


 フォルカーは、壁に掛けられた散弾銃を手に取り『こだわりエネルギー』を流した。


「コーヒー野郎! これなら、狙い撃ちは出来ないぞ!! ヒハハハハ!!」


 散弾銃から放たれた弾丸は炸裂し、中から大量のビー玉大の細かい丸が飛び散る。


「それなら、コーヒーシールド!!」


 豆田は前方に薄いフィルムのようなシールドを作り出し、高速回転させた。


『パシン! ピシピシピシピシ!!』


 コーヒーシールドに弾かれた弾丸は周囲に飛び、壁にめり込んだ。


「シールドだと?! 銃だけじゃないのか!! くそ!」


 フォルカーは、大声を上げながら、壁を叩いた。


『ウィーン』


 機械音と共に、倉庫中の窓や扉の上部からシャッターが降りた。

 豆田達は退路を完全に絶たれてしまった。


「まめっち! 閉じ込められたね」

「ああ。私達を逃がすつもりはないらしい。それはこちらにとっても好都合だが」


 豆田は帽子をかぶり直し、フォルカーを睨んだ。


「フハハー。逃げられると、また面倒だからな! ここで全員殺す!!」


 そう言いながら、むき出しになった鉄柱の一本に手を当てた。


「俺をコケにした罪を償え!!」


 フォルカーは大きく息を吸いこんだあと、鉄柱に『こだわりエネルギー』を流し出した。

 鉄柱が淡く発光し、ついで伝染するように、部屋中の金属も淡く光だした。


「まめっち。これって?」

「ああ。部屋中から寄生金属が飛んでくるだろうな……」

「って、ことは……。絶体絶命ってヤツだね」


 クロスは生唾を飲んだ。

 豆田達に緊張が走った。

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