第21話 突入

 豆田探偵事務所の2階。豆田はキッチンに籠り、作業をしていた。


「ついに完成した! 今できる完璧なブレンドだ!! シュガー! 飲んで見てくれ!」


 豆田は、ソファーの方を見るが、そこにはシュガーはいない。


(あ。買い物に行くと言っていたか……)


 豆田は、抜群の配合を行ったコーヒー豆のブレンドを瓶の中に入れ、満足気な表情を浮かべた。


『ギギギギ!』『ドタドタ!!』


 玄関のドアが開き、階段を勢い良く昇る音がした。


「カエデ。そんなに急いでどうした?」

「豆田さん!! 大変なのシュガーちゃんが!!」


 カエデは、先程見た事を早口で説明した。


「なに? シュガーが指輪を配るイベント会場で、ウサギのぬいぐるみに連れ去られた?」

「そうなんです!! どこに連れ去られたか分からないんですけど」

「カエデ。大丈夫だ。場所のあたりは付いている! 連絡助かった!!」


 豆田はそう言うと、ソファー横の黒電話まで走り、クロスに電話をかけた。

 カエデは邪魔にならないように、ソファーに座った。


「クロス! そうなんだ! シュガーがぬいぐるみに連れ去られた。一刻を争う。至急来てくれ!!」


 電話を切ると同時に、豆田はキッチンに入り、コーヒーを挽き始めた。

 緊迫した空気の中、コーヒー豆の芳醇な香りが部屋に漂った。


***


『ファンファンファン!!』


 サイレンを鳴らした黒いパトカーが爆走しながら、豆田ハウスに向かってきた。

 その音を聞いた豆田は、大きな革製のカバンとコーヒーを持参し、階段を駆け下りる。


『キキキーー―!!』


 黒いパトカーは急ブレーキをかけ、豆田の前で停止した。


 窓が開き「まめっち!! 乗って!!」と、クロスの声が聞こえた。


 豆田は助手席に素早く乗り込む。クロスは、それを確認すると、すぐさまパトカーを走らせた。


「まめっち。大変な事になったね」

「ああ。こちらの予想より随分早い。やられたな」

「でも、なんで、シュガーちゃんがさらわれたんだろ?」


 豆田は、コーヒーを一口飲み、少し考えると、


「そうだな。ぬいぐるみが指輪を配っているのを見て、阻止しようとしたか、私を急いで呼びに行こうとした不審な動きを見られたか……」

「シュガーちゃんが連れ去られたって事は、イベント会場でぬいぐるみが配ってた指輪は【いさりの指輪】ってことだよね? って事は……」

「ああ。金属の『こだわリスト』と、ぬいぐるみの『こだわリスト』はチームだったという事だ。私達が討伐出来なければ、沢山の人が亡くなる事になるな」

「くそ! 人の命を何だと思ってるんだ!」


 クロスはハンドルを叩いた。


「早急に、シュガーを救出して、寄生金属の『こだわリスト』を倒さないとな」

「まめっち。策はあるの?」

「あるにはあるが……。クロス。そう言えば、寄生金属を通さない素材は見つかったか?」

「残念ながら、全く……」クロスは唇を噛んだ。

「そうか。時間が足らなかったか……」


 豆田は少し悩むと、


「覚悟を決めないといけないな。おそらく厳しい戦いになる」

「だね。まめっち死なないでね」


 クロスは、深刻な顔で豆田を見た。

 豆田は、返事の代わりに片眉を上げた。


「まめっち! もうすぐカチス湖だよ。サイレンを切るね」


 そう言うと、クロスはパトカーのサイレンを止めた。


「クロス。その辺りにパトカーを停めて、このコーヒーをBOXに入れてくれ」

「了解。あそこに停めるね」


 そう答えたクロスは、湖岸にパトカーを静かに停めた。


***


 カチス湖の湖岸に建つ一軒の倉庫。その作業スペースは、バスが2台置けそうなほど広く天井も高い。

 壁の一面には、10体の大きなウサギのぬいぐるみが掛けられていた。その他のスペースには、スコップや鉄板、鉄パイプなど、様々な金属が壁や天井に所狭しと貼り付けられていた。


 囚われたシュガーは、その倉庫の柱に括り付けられていた。

 気を失ったままのシュガーの前にはフォルカーとギャンガーが立っている。


「ギャンガー!! 凄いじゃないか! で、この女が【いさりの指輪】を解除できる『こだわリスト』か?」

「フォルカー。まだ何にも聞きだせてないから、分からないわ」

「じゃー。早くやれ!!」

「フォルカー。煩い!」


 怒鳴る2人の声でシュガーは、目を覚ました。


(ここは? 敵のアジト? 豆田まめお。ゴメン。捕まっちゃった)


 シュガーは、自分の未熟さを恨み、唇を噛んだ。


「おっ!! 目覚めたか?」


 シュガーは、フォルカーをきりっと睨みつける。


『パシン!』


 苛立ったフォルカーはシュガーの頬を平手打ちした。

 シュガーの身体が大きく横に揺れた。頬が赤くなる。


「こいつ! 生意気な目で俺を見やがった! 殺してやる!!」


 フォルカーは大きく振りかぶり、殴ろうとした。


「フォルカー。待ちな!」

「ギャンガー!! 何故止める!!」

「この子が、【いさりの指輪】を解除できるのか確認するのが先でしょ。この子じゃないなら仲間が解除できる人間のはずよ。情報をしっかり聞き出さないといけないでしょ?」

「くっ!! 面倒だな!! どうやって確認するんだ?」

「簡単でしょ。寄生金属をこの子に取り付けたらいいのよ。あの痛みに耐えられる人間など、そうそういないわ。解除できる能力持ちなら、すぐに外すわ」

「あー。確かにそれは簡単だな。そうしよう」


 そう言うと、フォルカーはテーブルの上に置いてあった金属を手に取り、『こだわりエネルギー』を流した。エネルギーを帯びた金属は淡く発光した。


「ギャンガー。心臓まで3時間でいいか?」

「そうね。それくらい遅い方が色々聞き出せるし、いいわね」

「分かった。さー! 手を貸せ!」


 フォルカーは、拘束を解いたシュガーの腕に、出来上がったばかりの寄生金属を置いた。寄生金属はシュガーの腕に溶けるように潜った。 


「いやーーーーー!!」


 シュガーはあまりに強烈な痛みに腕を押さえ、悶えた。


「さー!! 早く解除してみな!!」


 ギャンガーは怒鳴り声をあげるが、シュガーはもがき苦しんでいるだけであった。


「ギャンガー。どうやら、こいつではないな」フォルカーは冷静にそう言った。

「そうみたいね。寄生金属を解除したのはこの子の仲間かしら?」

「じゃー。さらに痛めつけて、そいつの情報を吐き出させるか!」


 そう言うと、フォルカーはもう一本鉄の棒を取り出した。ギャンガーはシュガーのこめかみに銃口を向けている。


「次の寄生金属は足に入れる。さっさと解除した人間を教えろ!」


 フォルカーは、遅効性の寄生金属を作り出し、シュガーの足に近づける。


「私は、知らないわ!!」


 シュガーがそう言った瞬間、フォルカーの平手打ちが飛ぶ。


「ギャンガー!! もうコイツは殺す!!」

「フォルカー。人質がいなくなると面倒よ」

「うるさい!! もう死ね!!」


 フォルカーは、ギャンガーの持つ銃を奪い取ると、引き金に力を込めた。


(豆田まめお!!!! 助けて!!)


 シュガーは、恐怖から目をつぶった。

 その瞬間。


『バコン!!』


 と、倉庫の扉を蹴破る音が聞こえた。


 フォルカーは、そちらに視線を向けると、嬉しそうに


「来たか! そうこなくっちゃなー!!!!」と、叫んだ。


「フォルカー!! どんな敵か分からないんだよ! 用心しな!!」


 そう言うと、ギャンガーは、手のひらをぬいぐるみ達に向かってかざし、『こだわりエネルギー』を注入した。ウサギ達の目が赤く光り、始動し始めた。


『シュン! シュシュン!』


 目覚めたばかりの10体のウサギ達は素早く飛び跳ねながら、蹴破られた扉の元に急いだ。移動したウサギ達は、扉の前に陣取り、敵の出現を待った。


 一瞬の静寂の後、


『ガシャン! パンパン!!』


 蹴破られた扉とは別方向の窓ガラスが割れ、そこから銃弾が飛び込んできた。予期せぬ方向からの攻撃に、フォルカー達の視界がそっちに向いた。


 その瞬間の隙を付き、蹴破られた扉から、男が倉庫内に飛び入った。

 男は身体を低くして構えると、


「燃えよ! 炎風一閃!!!!」


 と叫びながら、居合切りを放つ。斬撃は、炎をまとい前方に飛んだ。


 慌てて逃げるウサギ達にその炎が引火した。ウサギ達は逃げ回りながら、炎を伝染させて行く。


 男の居合切りは、瞬く間に辺りを火の海に変えた。


「何だと!!!!」


 フォルカーは咆えた。


「くそ! まさか。炎の『こだわリスト』!!」


 ギャンガーの顔が引きつった。


 炎の海の中、帽子を被り直した男の姿が見えた。


(炎の『こだわリスト』? 誰?)


 シュガーは、痛みに耐えつつ、その光景を眺めていた。

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