第20話 シュガーの買い物

「シュガーちゃん。はい。フランスパンとクロワッサンね。豆田さんにも宜しくね」

「はい。ありがとうございます。ちゃんと伝えておきます」


 シュガーは笑顔を浮かべながら、パンを受け取ると、『ショパール』を後にした。


(どうしようかしら? 買い物は終わったけど、今帰っても豆田まめおの邪魔をするだけだしね。やっぱりこういう時は、『リスフラン』よね)


 と、シュガーは、自分に言い訳をして、お気に入りの小さな食品店『リスフラン』に向かう事にした。


『エスタ通り』から、北に二筋入った通りにある食品屋『リスフラン』は、小さな店舗ながら、店内は、『こだわり』の食材で溢れていた。


「こんにちはー」

「あら、シュガーちゃんじゃない! こんにちは」

「何か美味しいデザートってあります?」


 シュガーはここでデザートを買う事が自分への小さなご褒美になっていた。


「あるわよー。今日のおススメは、とろけるハニードーナツと、スッキリした味わいのレモンケーキ」

「えー。悩む。まずはハニードーナツで!」


 シュガーは満面の笑みでそう答えた。


「ふふ。今日は、お店が暇だから、どう? ここで食べて行かない?」

「えー。嬉しいー! 良いんですか? ちょうど豆田まめおが、コーヒー豆の研究でガチャガチャしてて、帰りにくかったんです!」

「そうなの? じゃー、ゆっくりできるのね。折角だし、私も一緒に食べようかしら? ちょっと待ってね」


 そう言うと、店主は店先に『クローズ』の看板を出した。


「えー。良いんですか?」

「今日は広場で何かやってるみたいで誰も来ないのよ」

「じゃー。ハンナさんのお言葉に甘えて」


 シュガーはニッコリ微笑む。


『リスフラン』の店主ハンナは、店舗の奥から、椅子を2脚持ってきた。


 カウンターの手前と奥にその椅子を置くと、店舗の商品棚からハニードーナツと、アイスティーを取り、カウンターに並べた。


「さー。おやつの時間ね。頂きます」


 ハンナは、嬉しそうにドーナツを口に運ぶ。


「頂きます!」


 シュガーもドーナツにかぶり付く。


「本当に美味しそうに食べるわね」

「本当に美味しいんです!!」

「ふふ。ありがとう! そう言えば、シュガーちゃんは、どんな経緯で豆田さんのアシスタントになったの?」


 ハンナは前々から疑問だったようだ。


「あー。それはあそこのカフェテラスなんですけど……」


 シュガーは、事のいきさつをハンナに話した。


「うそ! じゃー。あの騒ぎの原因はシュガーちゃんと、豆田さんだったのね」

「すいません。隠していた訳じゃないんですけど」

「いいよいいよ。気にしないで! でも、あの席に座っていたって事は、シュガーちゃんも『こだわリスト』なの?」

「いえ、違うみたいで『純人』って言われたんです」

「あ! 『純人』なの? 私は始めて会ったわ」

「あのー。『純人』って何なんですか?」

「あれ? 本人が知らないの?」


 ハンナはクスリと笑う。


「教えて貰っても良いですか?」


 シュガーは、ハンナの顔色を見た。


「いいわよ! じゃー。簡単に説明するわね」


 シュガーは大きく頷いた。


「『こだわリスト』っているじゃない? あれって、簡単に考えると、3種類に分かれるの」

「3種類ですか?」


 シュガーは首を傾げた。


「まず、一般的な『こだわリスト』でしょ。で、豆田さんみたいに特殊な能力が使える『こだわリスト』でしょ。あと、職人の『こだわリスト』がいるの」

「一般と、特殊と、職人ですか?」

「そう。一般的な『こだわリスト』は、単に『こだわりレベル』が低いのよね。初心者って感じ。で、職人の『こだわリスト』は、道具に特殊な能力を付ける人達ね」

「道具に特殊な能力ですか?」

「そう! ちょっと待ってね」


 ハンナは、鍵付きの引き出しから、ガムシロップを一つ取り出した。


「ハンナさん。これは?」

「これはね。職人の『こだわリスト』が作った物よ。使うと、5分間だけ高速で動けるの」

「凄い! そんなものがあるんですね!」

「そう。ここまでの話は分かるわよね?」

「はい! でも、『こだわリスト』の種類と『純人』がどう関係あるんですか?」

「それがね、凄く関係あるのよ。特に職人の『こだわリスト』がね」


 ハンナはガムシロップをライトにかざしながら、話を続けた。


「あのね。シュガーちゃん。職人の『こだわリスト』が作った道具は、本来その道具に関係する『こだわリスト』しか使えないの」

「じゃー。このガムシロップが使えるのは、ドリンクの『こだわリスト』ですか?」

「そうね。もしくは、甘いもの好きの『こだわリスト』とかかな?」

「へー。じゃー。豆田まめおも使えます?」

「どうかしら、ブラックコーヒーが好きで、砂糖を入れたくなかったら使えないかもしれないわね」

「へー。面白いですね!」

「でしょ。豆田さんが急に釣り竿を自在に使いこなしていたら、ビックリするでしょ」

「それは、確かに」


 シュガーは姿を想像して吹き出した。


「でね。『純人』はね。純粋なこころで、なんにでも接するから、職人の『こだわリスト』が作った物を何でも使えるの」

「え? そうなんですか?」

「そうよ。だから、シュガーちゃんは、職人の『こだわリスト』が作った特殊な道具を何でも使う事が出来るのよ」

「え!」シュガーは驚きの声をあげた。

「って、言っても職人の『こだわリスト』が作った特殊な道具は、そんなに出回っていないから、あんまり日常は変わらないかもしれないけど」

「そうなんですね。ビックリしました。じゃー。私が『純人』って、豆田まめおがすぐに分かったのは?」

「ふふ。あのテラス席の豆田さんが良く座る席はね。職人の『こだわリスト』が作った物なのよ」

「え。どんな能力なんですか?」

「それはね。家具やカフェに関係する『こだわリスト』か『純人』が触れると、普通の椅子何なんだけど、それ以外の人にとっては、あの椅子、岩みたいに重いの」

「えー。なんで、そんな椅子を使っているんですか?」


 シュガーは疑問を口にした。


「ふふ。それはね。あのカフェの店長さんは、昔豆田さんに命を助けて貰ったの。それから、感謝の印として、あの席を豆田さん専用の予約席にしたんだけど、札を置いてるだけじゃ。マナーの悪い人が札をどけるのよ。それで苦肉の策で、家具の『こだわリスト』にお願いして作って貰ったんですって」

「えー。それだけの為に!」

「でしょ! もう『こだわリスト』って変わった人が多いから!」

「確かにそうですよねー」


 シュガーは周りの『こだわリスト』の顔を思い出した。2人は顔を見合わせて、大笑いする。


「はー。楽しい。そうだ。これ、シュガーちゃんに一つあげるわね」


 ハンナは、先ほど取り出したガムシロップをシュガーに手渡した。


「え、こんな貴重なもの!」

「いいの! いいの! 取っといて!」

「ありがとうございます!!」


 そう言ったシュガーはショルダーバッグにガムシロップを入れた。


 ハンナとのオヤツタイムを満喫したシュガーは、そろそろ自宅に帰る事にした。


「ハンナさん。楽しい時間をありがとうございます」

「こちらこそ、ありがとうね。また『純人』にしか使えない物が入荷したら、置いとくわね」

「あ、嬉しいです! では、また遊びに来ますねー」


 シュガーは、そう言うと店から出ていった。


***


 シュガーは、自宅に戻る道の途中で人だかりに出くわした。


(あ。そう言えば、ハンナさんが、広場で何かやってるって言ってたわね)


 シュガーは、広場を横目に通り過ぎようとした。

 その時、チラリと広場の奥で開催されているイベントが目に入った。


(あれ? 大きなウサギの着ぐるみが沢山いるわね)


 シュガーが、そちらに視界を向けた時、ちょうど、司会の人が話し始めた。


「さー! いよいよ。本日の目玉イベントですよ! なんと、私とジャンケンをして、勝った人には、この指輪を差し上げます! 8名様限定です!!」

(え? 指輪? まさか……。豆田まめおに連絡しないと!)


 シュガーは、青ざめながら、後ずさった。

 その瞬間、背後に冷たい物を感じた。


「あら、あなた。どうしてこんな楽しいイベントから、逃げるように動くの?」


 シュガーに話しかけたのは、深紅のロングドレスを着た女だった。


(しまった!! このイベント自体が罠?)


 シュガーは、すぐさまその場から走り出した。


『ビヨ―――ン!!』


 逃げるシュガーの目前に、突如大きなウサギのぬいぐるみが現れた。


 上空から舞い降りたピンク色の巨体。大きな耳は一つが折れ、胸にバッテン模様が描かれている。

 行く手を阻まれたシュガーは、後ろを振り返る。後方からは、ロングドレスの女がゆっくりと距離を詰めてきた。


「すぐに、逃げるなんて、よっぽど色んな事を知っていそうね」

「あなたは何なの?」

「ふふ。質問をしてくるなんて余裕ね。ま。連れ帰ってから、色々聞かせて貰うわ」


 シュガーは、覚悟を決めて、風雷直伝護身術の構えをとった。


「へぇー。少しは戦えそうね」


 と、言いながらロングドレスの女は、シュガーに殴り掛かった。

 シュガーは、その拳を紙一重で躱すと、回し蹴りを放つ。


「ぐっ!」


 シュガーの放った回し蹴りが、女の腹部に命中した。


(私、少し戦えてる?)


 シュガーは、護身術が身になっている事を感じた。


 女は体制を立て直すと、


「じゃー。お遊びはやめて、そろそろ本気で行こうかしら?」


 と、言いながらフラリと構えた。


(この人の隙を付いて、逃げないと!)


 シュガーは目前のギャンガーの動きを捕える事に全神経をそそいだ。2人の間に緊迫した時間が流れる。

 シュガーは意を決して、攻撃を仕掛けようとした。その瞬間。後頭部に強い衝撃が走った。


(後ろから? あ。ウサギ。忘れてた)


 シュガーは薄れゆく景色の中、ピンク色のウサギを見た。


「やったわね。どうなる事かと思ったけど、こんなダメ元の罠に嵌ってくれて良かったわ。あとは、指輪を解除した人間を聞き出せば、この問題は解決ね」


 女は口笛を使いウサギのぬいぐるみを数体呼び寄せた。


「この子をアジトまで運ぶのよ!」


 女は、ウサギ達にシュガーを担ぐように命じると、その場から立ち去った。


「え? 今のはシュガーさん? もしかして連れ去られてる?」


 シュガーが連れ去られる様子を、パンの配達帰りのカエデが目撃した。


「大変! 豆田さんに伝えないと!」


 カエデは豆田探偵事務所に向かって全力で走り出した。

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