第19話 風雷の特訓

 風雷が豆田の自宅にやって来た次の日の早朝。豆田達は郊外にある警察の訓練場にやってきた。以前、風雷とやってきた場所である。


「風雷。朝、早くからすまない」

「いや、豆田の兄ちゃんの頼みだ。断るはずない」


 風雷は優しい表情を見せた。


「まめっち。おはようー」


 クロスは目をこすりながら、眠そうだ。


「朝早くない? まだ空が薄明るいよ。それに訓練場の手配はお願いされたけど、なんで僕までここに呼ばれたの?」

「それは、今から風雷に特訓を付けて貰うからだ」

「え? 今から皆でやるの? え? まさか僕も?」

「ああ。そのまさかだ」

「じゃー。シュガーちゃんも?」


 クロスはシュガーの方に視界を向けた。


「クロスさん。そうなんです! 私もやります」

「えー。風雷さんの指導でしょ? まめっち。怖すぎるよ」


 クロスは露骨に嫌がる。


「はは、大丈夫だ。じゃー。それぞれが今からやる特訓の内容を発表するぞ」


 豆田は教官っぽい演出を始めた。それに釣られクロスとシュガーは豆田の前に横一列に並んだ。


「まず、大前提として、金属の『こだわリスト』との戦闘はいつになるか分からない。なので、なるべく早く成長することを目指す。いいな?」

「「はい!」」


 クロスとシュガーは元気に返事をした。


「では、まずは、シュガー!」

「はい!」

「シュガーは、風雷から護身術を習うように。昨日風雷に必要な事は伝えてある」

「護身術かー。でも、それだけじゃ。厳しいわよね?」

「ああ。もちろん。しかし、それすら出来なければ話にならない」

「……。確かにそうね。頑張るわ!」


 シュガーは、ココア色の長髪をポニーテールにして、気合を入れた。


「次はクロスだ!」

「まめっち。僕は何をすればいいの?」

「クロスは、BOXを使った回避術の練習だ」

「回避術? なにそれ?」

「ああ。クロスのBOXのストレージモードを使う。上手く使えれば、敵の攻撃をBOXの使用回数分だけ回避できる」

「敵の攻撃をBOXの中に入れる。ってこと?」

「ああ。そう言うことだ。今回は金属の『こだわリスト』が相手だ。と、いう事は、攻撃も金属である可能性が高い」

「そっか! 生物じゃないなら、BOXに入れられるもんね。確かにやる価値はあるね」

「ああ。数回分だけでも回避してくれれば、私が敵の攻撃を観察できる。それに上手く騙されてくれれば、その攻撃を使うこと自体を躊躇してくれるかもしれない」

「なるほどね。そうか! 頑張ってみるよ! でも……」

「でも?」

「風雷さんでやる必要なくない? 恐いよ」

「はは。風雷の攻撃で出来れば、誰の攻撃でも出来るだろ?」

「理屈はそうだけど……」

「クロスの兄ちゃん。手加減はする。そうビビりなさんな」


 クロスは、それでも嫌そうな顔をした。


「で、私は風雷が用意した刀で居合の練習だ。午前中はそう言う流れだ」

「豆田まめお。午後からはどうするの?」

「午後からは、クロスは引き続き寄生金属を通さない素材の開発を急いでくれ、私は『オヤジの豆屋』に行ってくる」

「豆田まめおもコーヒーじゃなくて、寄生金属の事、頑張ってよ!!」

「いや、シュガーさん。豆田の兄ちゃんは、コーヒーに『こだわった』方がいいんですよ」


 風雷がそう答えた。


「風雷さん。どういうことですか?」

「シュガーさん。『こだわリスト』は、その『こだわり』の強さによって、強くなる」

「って、ことは、豆田まめおは、コーヒーに『こだわる』と、強くなる。って、ことですか?」

「シュガー! そう言う事だ」


 豆田は嬉しそうにそう言った。


(そう言う事だと、分かっても一人だけ凄く楽しそうなのは、なぜか腹が立つわね)と、シュガーは思った。


「で、シュガーは、買い出しを頼む」

「豆田まめお。いつも通りじゃない!」

「ああ。いつ戦いが始まるか分からない状態だ。なるべくいつも通りの方がいい」

「そか。そうよね……。分かったわ」シュガーは、思い悩むのをやめた。


「では、3人とも用意はいいですかな?」


 風雷さんの周りの空気が一気に重くなった。


「ああ。宜しく頼む!」


 こうして風雷による地獄の特訓が始まった。


***


 瞬く間に風雷の特訓開始から一週間が経った。

 現状を把握し、作戦を考案するために、これまでの成果の確認をすることにした。


「皆。順調か? まだ一週間だが、成果は現れたか?」

「まめっち。地獄の特訓だったからね。成果が表れないはずがないよ……。本当に地獄だった。夢にまであの恐ろしい光景が出てきて、何回うなされて起きたか」

「はは。そう言っている間は、まだ余裕がある。大丈夫だ。では、まずは私の成果の発表からだ。風雷。刀を貸してくれ」

「豆田の兄ちゃん。一週間の成果を楽しみにしてますよ」そう言った風雷は豆田に刀を手渡した。

「風雷さんも豆田まめおの成果をまだ見てないんですか?」

「あっしは、クロスさんとシュガーさんの修行の手伝いにかかりっぱなしでしたので……。一週間ぶりに豆田の兄ちゃんの居合を見ることになりやす」

「ま、風雷。最低限は出来たはずだ。見ていてくれ」


 そう言うと、豆田は立てられた丸太の前に立ち、ブツブツと呟きだした。


「まず、鞘の後方先端を30度上方に向け、刀を鞘から落下させる。それを加速させるタイミングで、鍔を親指で弾く。次いで、内腹斜筋と外腹斜筋のバネを使い、体幹を捻り、上腕三頭筋で一気に刀を引き抜く!」


 呟き終えた豆田は丸太から1メートルほど離れた。

 そして、全身の力を抜き、ゆらりと揺れてから、居合の構えをとった。

 一週間前とは違い、その様は、一流の剣客のようだった。


「行くぞ! 白風一閃!!」


 豆田は素早く刀を引き抜くと、剣先は空気を切り裂き、横一文字に斬撃が飛んだ。鋭い斬撃は丸太を綺麗に両断した。


「な! 一週間で、ここまで持ってくるとは! 構えは、あっしそのものですな」


 風雷は豆田の才能に震えた。


「まめっち、凄いよ! 風雷さんみたいだよ!」

「いや、ダメだ。体内に『こだわりエネルギー』を流せないと、せっかく教えて貰った居合切りもこの程度の威力にしかならない。それにまだ『白風一閃』だけだしな。そうだろ? 風雷」

「ほう。流石、豆田の兄ちゃん。確かに、まだ他にも居合の型はありやす。だが、大した物だ。一週間でここまでのレベルに持ってくるとは……。これで、体内に『こだわりエネルギー』を流せられれば……」


 風雷の無いはずの目が光った気がした。


「いや、それは無理だ! 後継者にはならない。私はコーヒーの『こだわリスト』だ。そうだ! 次はシュガーの成果を教えてくれ」


 豆田は、風雷からの期待の眼差しを軽く受け流し、話題を変えた。風雷は少ししょんぼりとした。


「豆田まめお。私の番ね! では、風雷さんお願いします」


 シュガーは風雷に向かって一礼した。


「了解しました。練習通り、今からあっしがシュガーさんに攻撃を仕掛けます。それを躱しつつ反撃してください」


 風雷は刀を置き、両こぶしを前に構えた。


 シュガーがコクリと頷いたのを確認した風雷は地面を蹴り、距離を詰めた。


 風雷のプロボクサー並みの右ストレートがシュガーを襲う。

 シュガーは弧を描く動作で攻撃を躱すと、その回転を利用して、風雷に足払いをしかけた。

 風雷はそれを難なく飛んで躱すと、手刀に変えた右手を大きく振り上げ、シュガーの頭に向かって振り下ろした。シュガーはそれをまた弧を描く動きで躱した。


「まめっち。凄いよ! 見た? あのシュガーちゃんの動き!」

「風雷が加減してくれているとはいえ、これくらい動ければ、余ほどの『こだわリスト』でない限り、足手まといにはならないな」


 護身術を見せ終えたシュガーは、豆田の元に駆け寄った。


「どう? これで私も戦闘に参加して良い?」

「そうだな。最低限はクリアだが、まだまだ甘い。だが、この調子であとひと月ほどやれば、なんとかなりそうだな」

「ホント?! 私、頑張るわ!」


 シュガーは、成果を認めて貰えたことを素直に喜んだ。


「で、最後はクロスだな。特訓の成果を充分確認させて貰おう」

「まめっち。分かったよ。まー。見ていて。風雷さんお願いします」


 風雷とクロスは豆田達から少し離れた。


「では、クロスの兄ちゃん。準備はいいですか?」

「はい。いつでもいけます」


 風雷は腰を深く落とし、居合の構えをとった。クロスは、右手を前方にかざし、「BOX2!!」と、叫んだ。右手の前に30センチ四方の箱が出現した。


「クロスの兄ちゃん。良いですか? 今から使うのは、『烈風突き』だ」


 クロスは、頷く。額に冷や汗をかいているのが見えた。


 風雷は『こだわりエネルギー』を刃に込めると、刀を抜いた。


「烈風突き!!」


 と、叫んだのち、身体を右に捻った反動を利用して刀を前方に突き出した。

 刃の先から、衝撃波を放つ斬撃が真っ直ぐ飛んだ。


「ストレージモード!!」


 クロスのBOXの前方が開きそこに、


『バシュ――――ン』


 大きな音をたてながら、風雷の放った斬撃が飛び込んだ。


『ブシュ――』


 煙を上げながら、風雷の放った斬撃が、クロスのBOX2に収納された。


「凄い!! クロスさん! 風雷さんの斬撃を吸収するなんて!!」

「クロス。やるな」豆田は感心した。

「はは。まめっち。凄いだろ」


 と、言うクロスの足元は恐怖でガタガタ震えていた。


「で、どうだ? 風雷。クロスのBOXは実戦で使えそうか?」

「そうですな。まだ使えるレベルではありませんねー。直線の攻撃限定なら収納できやすが、実際の戦闘では、そんな単調な攻撃はまず有り得ないですしね」

「そうか。確かにな……」


 豆田は、腕を組み悩む仕草をみせた。


 しばらくの沈黙の後、


「金属の『こだわリスト』との戦闘はまだ早いな……。このままでは、死ぬために行くようなものだ。しばらくこの調子で成長を目指すか」と、言った。

「そうだね。まめっち。なるべく急いで上達するよ」


 全員の成果の確認を終え、一同は解散した。


***


 豆田とシュガーは真っ直ぐ自宅まで戻ってきた。豆田は階段を軽やかに昇ると、嬉しそうにキッチンに向った。


「あれ? 豆田まめお。嬉しそうにしてどうしたの?」

「シュガー。モンシン産の特別なコーヒー豆が手に入ってねー」

「特別な豆? 珍しい豆なの?」

「ああ。モンシンに凄腕のコーヒー豆栽培者がいてな。その方のスペシャルな豆がついに手に入ったんだ」

「へー。昨日の夜に出かけていったのは、その為だったのね。オヤジさんの所で買ったのの?」

「ああ。買ってすぐ、オヤジに完璧な焙煎をして貰ったんだ。で、今から私好みのブレンドを作ろうと思ってね」

「へー。豆田ブレンドね」

「おー! いいね! そうだ。豆田ブレンド。豆田ブレンドスペシャルの方がいいか? 待てよ。豆田スーパーブレンド……」


(あ。自分の世界に入ったわね)


 シュガーは、呆れて豆田を放置した。


「豆田まめお。私、買い物に行ってくるわね!」


 豆田は、軽く手を上げたが、聞いているのか定かではない。

 シュガーはショルダーバッグをかけ、階段を降りていった。

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